感覚刺激とオキシトシンがもたらす健康促進のメカニズム

出典

Uvnäs Moberg, K., Julius, H., Handlin, L., & Petersson, M. (2022). Editorial: Sensory stimulation and oxytocin: Their roles in social interaction and health promotion. Frontiers in Psychology, 13, Article 929741. https://doi.org/10.3389/fpsyg.2022.929741

論文の背景と目的

本論文は、感覚刺激(sensory stimulation)と、そこから誘発されるオキシトシン(oxytocin)の分泌との関連性、さらにその心理的・生理的効果を包括的に整理したエディトリアル(特集号の序文)です。

筆頭著者であるKerstin Uvnäs Moberg氏は、オキシトシン研究の世界的第一人者であり、本稿では20年以上にわたる関連研究の知見を基盤としつつ、「触れること(タッチ)がどのように人間の健康や社会的結びつきに貢献するのか」という問いに多角的にアプローチしています。

オキシトシンの基本的な役割

オキシトシンは古くは「出産や授乳に関わるホルモン」として知られていましたが、近年ではその役割が拡張され、以下のような広範な生理・心理作用があることが明らかになってきました。

  • 抗ストレス作用:コルチゾールの分泌を抑制し、HPA軸(視床下部-下垂体-副腎系)の活動を低下させる。
  • 鎮痛効果:中枢神経系において疼痛閾値を上昇させ、痛みを感じにくくする。
  • 抗炎症作用:免疫系の過剰反応を抑え、慢性的炎症を和らげる。
  • 親和性・共感性の増強:他者との結びつきや信頼を促進し、社会的絆を形成する。

感覚刺激(特に触れること)とオキシトシン分泌

論文では、「やさしい触覚刺激(gentle touch)や、皮膚への一定の圧(moderate pressure)といった感覚入力」が、視床下部に働きかけてオキシトシン分泌を促進することが、複数の動物実験およびヒト研究から支持されていると述べられています。

特に重要なのが、以下の点です:

  • 感覚刺激の非侵襲性:強すぎる刺激ではなく、快適で心地よい刺激が必要。
  • 皮膚と中枢神経の密接な関係:皮膚は“外部に露出した脳”とも言われ、社会的信号の受容器でもある。
  • C触覚線維(CT fibers)の活性化:ゆっくり・やさしくなでるような刺激がCT線維を活性化し、これがオキシトシン系に働きかける。

オキシトシンの臨床的な可能性

本論文では、オキシトシンを介した介入が、以下のような心理・身体症状の軽減に有効である可能性を提起しています:

  • うつ病・不安障害:安心感や社会的つながりを増すことで症状を和らげる。
  • 慢性疼痛:痛覚感受性の低下と筋緊張の緩和。
  • 自閉スペクトラム症(ASD):対人関係の困難さを補助する。
  • 高齢者ケア:触れ合いによる孤独感の軽減と免疫機能の向上。

指圧療法とオキシトシンの関係性

指圧療法の基本

指圧(Shiatsu)は、1957年に日本で正式に定義された伝統的手技療法であり、親指や手のひらによる持続的な圧(sustained pressure)を体表面に加えることで、筋緊張の緩和や内臓機能の調整を目的とします。

この「ゆっくり・持続的・安定的な圧刺激」は、前述のC触覚線維を活性化する条件と一致しており、オキシトシン分泌を引き起こす最適な刺激様式と考えられます。

指圧 × オキシトシン:5つの統合的効果

  1. 副交感神経の活性化と自律神経調整
    持続的な指圧は、副交感神経を優位にし、オキシトシン系を介して「リラックス状態」へ導く。これは、指圧施術後の深い眠気や心拍低下などからも観察されます。
  2. 精神的安定と情緒調整
    不安や緊張を和らげ、「自分は安全で守られている」という安心感を促す。これは、愛着理論における“安全基地”の概念とも一致します。
  3. 慢性痛・筋緊張の緩和
    オキシトシンによる中枢性の鎮痛効果と、指圧による末梢筋膜系の緩和作用が相乗的に働き、慢性肩こりや腰痛の改善が期待されます。
  4. 免疫・内分泌系のバランス促進
    ストレス軽減によるコルチゾールの低下は、自然免疫系の活性化とホルモン分泌の安定化をもたらします。これは、指圧が「風邪をひきにくくなる」「体調を崩しにくくなる」と言われる経験的知見とも合致します。
  5. 対人関係の改善・ケア関係の深化
    指圧師とクライアントの間に生じる「触れ合いによる信頼関係」は、オキシトシン分泌によりさらに深まり、心身の癒し効果を高めます。

おわりに:今後の展望と指圧の科学的価値

本論文は、「触れること」がオキシトシンを介して人間の健康に深く影響を与えることを強く支持しています。そして、指圧はまさにその科学的メカニズムに則った実践であり、西洋医学とは異なるアプローチでありながら、心身のバランスを回復させる極めて重要な手段であると言えるでしょう。

今後は、指圧中のオキシトシン濃度の変化測定や、ストレス・疼痛・免疫に関する生理指標との相関研究を通して、東洋の知と西洋の科学の融合がさらに深まることが期待されます。