足の太陽膀胱経の経穴に関する包括的な臨床的・科学的考察

序論

足の太陽膀胱経の枢要な役割

東洋医学の経絡学説において、足の太陽膀胱経(以下、膀胱経)は、人体で最も長く、最も多くの経穴(67穴)を有する、極めて重要な経脈である 。その名称にある「太陽」は、六経(太陽、陽明、少陽、太陰、少陰、厥陰)の中で最も外層に位置することを示し、人体の陽気(特に衛気)が最も盛んな領域を主る 。このため、膀胱経は外界の病邪(特に風寒の邪)に対する第一の防御線として機能し、身体の「藩籬(はんれい、垣根)」と称される。   

この膀胱経の重要性は、後漢時代に張仲景が著した臨床医学の金字塔『傷寒雑病論』において、その冒頭で「太陽病」が外感性疾患の第一段階として詳述されていることからも明らかである 。太陽病は、悪寒、発熱、頭痛、項強といった、現代でいう感冒の初期症状を呈し、人体と病邪との最初の闘争がこの経脈の領域で繰り広げられることを示している 。したがって、膀胱経の機能を理解し、その経穴を適切に用いることは、急性感染症の初期対応から、その後の病の進展を防ぐ上で不可欠である。   

さらに、膀胱経の流注は、内眼角から始まり頭部を覆い、背部を二条の線で下行し、下肢の後面を通り足の小指に終わるという広大な体表面を走行する 。この経路には、各臓腑の気が背部に注ぐとされる「背部兪穴」がすべて含まれており、膀胱経は単なる体表の防御ラインに留まらず、全身の臓腑機能と密接に連携し、それを調節する司令塔としての役割も担っている。   

古典の叡智と科学的エビデンスの統合という現代的要請

このページの目的は、この膀胱経の多岐にわたる機能を深く掘り下げ、その全67経穴の効能と作用機序を、古典医学の深遠な知見と現代科学の客観的エビデンスの両側面から包括的に解明することにある。鍼灸医学が現代医療の中でその価値をさらに高めていくためには、『黄帝内経』や『傷寒論』といった古典籍に記された理論体系を尊重しつつも、その作用機序を現代的な言語で説明し、治療効果を客観的に検証することが急務である 。   

近年、機能的磁気共鳴画像法(fMRI)や陽電子放出断層撮影(PET)などの脳機能イメージング技術、ランダム化比較試験(RCT)、そして神経生理学や免疫学の進展により、特定の経穴刺激が中枢神経系、自律神経系、内分泌系、免疫系に及ぼす具体的な影響が次々と明らかにされている 。例えば、膀胱経の経穴刺激が、痛みを制御する脳内ネットワークや、内臓機能を調節する自律神経反射に作用することが示されている。本報告書では、これら最先端の科学的研究成果を、古典医学の理論的枠組みの中に位置づけることで、両者の間に橋を架けることを試みる。この統合的アプローチこそが、臨床における治療効果の向上、患者への説明責任の遂行、そして鍼灸医学の学術的地位の確立に不可欠であると確信する。   

第一部 足の太陽膀胱経の基礎理論

1.1 経脈の流注(足の太陽膀胱経の走行)

膀胱経の気血が流れる経路を理解することは、その生理機能と病理、そして各経穴の治療作用を把握するための根幹をなす。その経路は、単なる解剖学的な線ではなく、機能的な関連性を示す地図そのものである。『霊枢』経脈篇やWHO/WPRO標準経穴部位の記述を統合すると、その流注は以下の通りである 。   

外経路

膀胱経は、目の内眼角にあるBL1(睛明)に起こる 。そこから額を上り、頭頂部(BL7 通天)で督脈と交会する。頭頂部から分かれた支脈は、耳の上角に至る 。   

本経は頭頂部から後頭部を下り、項(うなじ)の後ろ(BL10 天柱)に至り、ここで二つの並行する路線に分岐して背部を下降する 。   

  • 背部第一側線(内側線): 後正中線の外方1.5寸を走行する。ここには、五臓六腑の「背部兪穴」が位置する 。   
  • 背部第二側線(外側線): 後正中線の外方3.0寸を走行する 。   

この二つの路線は、殿部を下り、大腿後側を下降して、膝の裏にある膝窩(BL40 委中)で再び合流する 。そこから下腿後側(腓腹筋部)を下り、外果(外くるぶし)の後方(BL60 崑崙)を通り、足の第五趾(小指)外側の末端にあるBL67(至陰)に到達し、ここで表裏関係にある足の少陰腎経へと連なる 。   

内経路

膀胱経の真価は、その広範な内経路にある。

  • 頭頂部から入った支脈は、脳に絡む(入絡脳)。   
  • 背部を下降する主経脈から分かれた支脈は、脊柱の両側の筋肉(傍脊柱筋)を貫いて体腔内に入り、本経が絡む「腎」に到達し、本経が属する「膀胱」を纏う(属膀胱)。   

この流注経路は、膀胱経が単に体表を走行するだけでなく、中枢神経系(脳)および泌尿生殖器系(腎・膀胱)と直接的に、機能的に連結していることを示している。この「神経-泌尿生殖器軸」とも言える構造が、膀胱経の多様な治療効果の基盤となっている。頭部の経穴が精神神経症状に、背部の兪穴が内臓疾患に、そして腰部や下肢の経穴が泌尿器系や腰痛に効果を発揮する理由は、この内外を貫く流注経路によって説明される。

1.2 膀胱と表裏をなす腎の生理と病理

膀胱経を理解するためには、その属する腑である「膀胱」と、表裏関係にある臓である「腎」の生理機能と病理を深く把握する必要がある。

膀胱の機能:州都の官

中医学において、膀胱は「州都の官」と称され、津液(体内の正常な水液)が集まり、尿として貯蔵・排泄される場所とされる 。その主な機能は以下の二つである。   

  • 貯尿(尿を貯蔵する): 腎から送られてきた不要な水分を一時的に貯留する。
  • 排尿(尿を排泄する): 一定量が貯まると、体外へ排泄する。

これらの機能は、膀胱自体の力だけでなく、腎の「気化作用」によって制御されている。

腎との表裏関係:気化作用の重要性

膀胱の貯尿・排尿機能は、腎の陽気による「気化作用」に完全に依存している 。気化とは、腎陽(腎の温める力)が膀胱を温め、津液を蒸騰させて清(有用なもの)と濁(不要なもの)に分離し、濁を尿として生成・排泄させる一連のプロセスを指す 。   

このため、膀胱の病理は、ほとんどの場合、腎の機能失調に起因する 。   

  • 腎陽虚: 腎の温める力が不足すると、気化作用が減退し、水液を十分に尿に変えられない、あるいは膀胱の開閉を制御できなくなる。これにより、頻尿、夜間尿、遺尿(おねしょ)、尿失禁、多尿(色が薄く量が多い)などの症状が現れる 。   
  • 腎陰虚: 腎の潤す力が不足すると、体内に虚熱が生じ、それが膀胱に影響を及ぼす。これにより、尿量が少なく色が濃い、排尿時の灼熱感などの症状が現れることがある。
  • 腎気不固: 腎気が衰え、固摂(引き締めて漏れを防ぐ)作用が低下すると、尿意を我慢できない、咳やくしゃみで尿が漏れる(腹圧性尿失禁)などの症状が現れる 。   

この古典的なモデルは、膀胱疾患の治療において、単に膀胱に焦点を当てるだけでは不十分であり、その根本原因である腎の機能(特に腎陽や腎気)を調整することが不可欠であることを示唆している。臨床的には、膀胱を直接治療する経穴(例:BL28 膀胱兪)と、腎を補う経穴(例:BL23 腎兪、KI3 太谿)を組み合わせることが、治療効果を高める鍵となる。

1.3 臨床診断における主要な病理パターン

太陽病

太陽病は、外感病の初期段階であり、病邪が体表(太陽経)に侵襲した状態を指す。その核心的な症状は「脈浮、頭項強痛、而して悪寒す」である 。これは、病邪が体表にあるため脈は浮となり、経気の流れが阻害されるために頭痛や項部のこわばりが生じ、正気(防御力)が病邪と闘うために体表に集まることで、相対的に体の内部が冷え、悪寒を感じる状態である 。太陽病は、体質や感受した邪気の性質により、主に二つのタイプに分けられる。   

表2: 太陽病における中風と傷寒の鑑別   

項目太陽中風 (表虚証)太陽傷寒 (表実証)
病因・病理風邪が主。衛気(防御の気)が弱く、営気(栄養の気)との調和が乱れ(営衛不和)、汗孔が開いて汗が漏れ出る状態。寒邪が主。寒邪が体表を束縛し、汗孔が固く閉ざされ、衛気が鬱滞して発散できない状態。
主要症状発熱、悪風(風にあたるのを嫌う)、汗が出る(自汗)、頭痛、項強。発熱、悪寒(強い寒気)、汗が出ない(無汗)、頭痛、項強、身体疼痛
脈象浮緩(浮いていて、やや緩やか)浮緊(浮いていて、緊張感がある)
舌象舌苔は薄白舌苔は薄白
治療原則調和営衛、解肌発表(営衛の調和を回復し、筋肉の緊張を解き、邪を汗とともに発散させる)辛温解表、発汗散寒(辛味で温性の薬物で体表の邪を解き、汗を出させて寒邪を発散させる)
代表方剤桂枝湯 (Gui Zhi Tang)麻黄湯 (Ma Huang Tang)

Google スプレッドシートにエクスポート

膀胱湿熱

これは、湿邪と熱邪が結びついて膀胱に溜まった状態であり、現代医学の膀胱炎や尿路感染症に相当することが多い 。   

  • 病因: 湿気の多い環境、あるいは脂っこいものや甘いもの、アルコールの過剰摂取により体内に湿熱が生じ、それが下焦(下腹部)に流れ込み膀胱に蘊結する 。   
  • 症状: 頻尿、尿意切迫、排尿時痛、灼熱感、尿の混濁(米のとぎ汁様)、血尿、下腹部の張るような痛み。舌苔は黄膩(黄色くベタベタしている)、脈は滑数(滑らかで速い)。   
  • 治療原則: 清熱利湿、通淋(熱を冷まし、湿を取り除き、排尿をスムーズにする)。   

腎虚による膀胱機能失調

前述の通り、加齢や慢性疾患による腎機能の低下が、膀胱の機能障害を引き起こす 。   

  • 病因: 加齢、過労、久病などによる腎精・腎気の消耗。
  • 症状:
    • 腎陽虚: 夜間頻尿、尿失禁、腰や膝のだるさ・冷え、浮腫。
    • 腎気不固: 腹圧性尿失禁、残尿感、頻尿。
  • 治療原則: 補腎温陽(腎を補い陽気を温める)、固摂縮尿(気を固めて尿が漏れるのを防ぐ)。

これらの弁証を通じて、各経穴の特性に基づいた的確な選穴と補瀉手技を施すことが、膀胱経治療の鍵となる。

第二部 足の太陽膀胱経の経穴に関する包括的な分析

膀胱経に属する67の経穴は、それぞれが独自の特性と治療効果を持つ。以下の表は、臨床における迅速な参照を目的として、各経穴の要点をまとめたものである。続く各論では、一つ一つの経穴について、古典的根拠から最新の科学的知見までを詳述する。

表1: 足の太陽膀胱経の経穴(BL1-BL67)概要

WHOコード経穴名 (Pinyin / 日本語)要穴分類WHO標準取穴部位 (要約)古典的要約 (主治)現代的研究に基づく主な応用
頭顔部
BL1Jīngmíng / 睛明手足太陽、足陽明、陰蹻、陽蹻脈の会穴内眼角の内上方0.1寸、骨壁との間の陥凹部   あらゆる眼疾患、視力低下、流涙   ドライアイ、緑内障、視神経萎縮   
BL2Zǎnzhú / 攅竹眉毛内端の陥凹部   頭痛、眼痛、顔面神経麻痺、鼻炎   前頭部痛、眼精疲労、三叉神経痛   
BL3Méichōng / 眉衝攅竹の直上、前髪際に入ること0.5寸   頭痛、めまい、鼻閉   前頭部痛、めまい
BL4Qūchā / 曲差神庭の外1.5寸、前髪際に入ること0.5寸   頭痛、鼻閉、眼痛、歯痛   前頭洞炎、三叉神経痛
BL5Wǔchù / 五処上星の外1.5寸、前髪際に入ること1寸   頭痛、めまい、てんかん   緊張性頭痛、小児のひきつけ
BL6Chéngguāng / 承光五処の後1.5寸、前髪際に入ること2.5寸   頭痛、めまい、鼻閉、視力障害   片頭痛、視神経炎
BL7Tōngtiān / 通天承光の後1.5寸、前髪際に入ること4寸   頭痛、めまい、鼻閉、鼻血   鼻炎、副鼻腔炎、嗅覚障害   
BL8Luòquè / 絡却通天の後1.5寸、前髪際に入ること5.5寸   めまい、耳鳴り、後頭部痛   メニエール病、高血圧
BL9Yùzhěn / 玉枕脳戸の外1.3寸、外後頭隆起上縁の高さ   後頭部痛、眼痛、鼻閉   後頭神経痛、項部硬直   
BL10Tiānzhù / 天柱瘂門の外1.3寸、僧帽筋外縁の陥凹部   後頭部痛、項強、肩こり、寝違え   緊張性頭痛、頸椎症、自律神経失調   
背部第一側線
BL11Dàzhù / 大杼骨会、手足太陽の会穴第1胸椎棘突起下縁の外1.5寸   骨病、関節痛、項強、感冒   関節炎、骨粗鬆症、上気道感染症   
BL12Fēngmén / 風門第2胸椎棘突起下縁の外1.5寸   感冒、咳嗽、発熱、頭痛、項強   感冒、インフルエンザ、アレルギー性鼻炎   
BL13Fèishū / 肺兪肺の背部兪穴第3胸椎棘突起下縁の外1.5寸   咳嗽、喘息、胸痛、呼吸器疾患全般   気管支炎、喘息、COPD、皮膚疾患   
BL14Juéyīnshū / 厥陰兪心包の背部兪穴第4胸椎棘突起下縁の外1.5寸   心痛、動悸、胸悶、嘔吐   狭心症様症状、肋間神経痛、精神不安
BL15Xīnshū / 心兪心の背部兪穴第5胸椎棘突起下縁の外1.5寸   心痛、動悸、不眠、健忘、てんかん   不整脈、不安障害、うつ病   
BL16Dūshū / 督兪第6胸椎棘突起下縁の外1.5寸   心痛、腹痛、しゃっくり   胃痙攣、皮膚のかゆみ
BL17Géshū / 膈兪血会第7胸椎棘突起下縁の外1.5寸   嘔吐、しゃっくり、血証(吐血、血便)   貧血、出血性疾患、胃食道逆流症
BL18Gānshū / 肝兪肝の背部兪穴第9胸椎棘突起下縁の外1.5寸   脇痛、黄疸、眼疾患、精神疾患   肝炎、胆嚢炎、うつ病、眼精疲労   
BL19Dǎnshū / 胆兪胆の背部兪穴第10胸椎棘突起下縁の外1.5寸   黄疸、口苦、脇痛、不眠   胆石症、胆嚢炎、片頭痛
BL20Píshū / 脾兪脾の背部兪穴第11胸椎棘突起下縁の外1.5寸   腹張、下痢、消化不良、倦怠感   慢性胃炎、過敏性腸症候群、食欲不振   
BL21Wèishū / 胃兪胃の背部兪穴第12胸椎棘突起下縁の外1.5寸   胃痛、嘔吐、腹張、消化不良   胃潰瘍、胃下垂、機能性ディスペプシア
BL22Sānjiāoshū / 三焦兪三焦の背部兪穴第1腰椎棘突起下縁の外1.5寸   腹張、腸鳴、下痢、浮腫   水分代謝異常、腹水、ネフローゼ症候群
BL23Shènshū / 腎兪腎の背部兪穴第2腰椎棘突起下縁の外1.5寸   腰痛、遺精、インポテンツ、月経不順、耳鳴り   慢性腰痛、泌尿器疾患、不妊症、更年期障害   
BL24Qìhǎishū / 気海兪第3腰椎棘突起下縁の外1.5寸   腰痛、痔疾、月経痛   腰痛、坐骨神経痛
BL25Dàchángshū / 大腸兪大腸の背部兪穴第4腰椎棘突起下縁の外1.5寸   腰痛、下痢、便秘、腹張   過敏性腸症候群、慢性便秘、坐骨神経痛   
BL26Guānyuánshū / 関元兪第5腰椎棘突起下縁の外1.5寸   腰痛、腹張、下痢、小便不利   慢性腰痛、糖尿病
BL27Xiǎochángshū / 小腸兪小腸の背部兪穴第1後仙骨孔の高さ、後正中線の外1.5寸   下腹痛、遺精、血尿、下痢   骨盤内炎症性疾患、クローン病
BL28Pángguāngshū / 膀胱兪膀胱の背部兪穴第2後仙骨孔の高さ、後正中線の外1.5寸   小便不利、遺尿、頻尿、腰痛   過活動膀胱、膀胱炎、前立腺肥大症   
BL29Zhōnglǚshū / 中膂兪第3後仙骨孔の高さ、後正中線の外1.5寸   疝気、下痢、腰痛   仙腸関節痛、坐骨神経痛
BL30Báihuánshū / 白環兪第4後仙骨孔の高さ、後正中線の外1.5寸   疝気、遺精、帯下、腰痛   骨盤内うっ血、痔疾
仙骨部
BL31Shàngliáo / 上髎第1後仙骨孔の中   月経不順、帯下、小便不利、腰痛   婦人科疾患、泌尿器疾患、坐骨神経痛
BL32Cìliáo / 次髎第2後仙骨孔の中   月経不順、ヘルニア、腰痛   痛経、不妊症、骨盤痛、分娩誘発   
BL33Zhōngliáo / 中髎第3後仙骨孔の中   便秘、帯下、腰痛   仙腸関節痛、便秘
BL34Xiàliáo / 下髎第4後仙骨孔の中   下腹痛、便秘、小便不利、腰痛   骨盤底筋群の機能不全、排尿障害
BL35Huìyáng / 会陽尾骨先端の外方0.5寸   痔疾、インポテンツ、下痢   痔核、肛門掻痒症、会陰部痛
背部第二側線
BL41Fùfēn / 附分手足太陽の会穴第2胸椎棘突起下縁の外3寸   肩背部のこわばり、項強   肩甲間部痛、菱形筋のトリガーポイント
BL42Pòhù / 魄戸第3胸椎棘突起下縁の外3寸   咳嗽、喘息、肺結核、項強   肺兪の補助穴、悲しみや憂いに関連する症状
BL43Gāohuāng / 膏肓第4胸椎棘突起下縁の外3寸   虚労、肺結核、健忘、遺精   慢性消耗性疾患、難治性の肩甲間部痛
BL44Shéntáng / 神堂第5胸椎棘突起下縁の外3寸   動悸、不眠、喘息、胸痛   心兪の補助穴、不安、精神的な疲労
BL45Yìxǐ / 噫嘻第6胸椎棘突起下縁の外3寸   咳嗽、喘息、肩背痛   肋間神経痛、しゃっくり
BL46Gégūan / 膈関第7胸椎棘突起下縁の外3寸   嘔吐、しゃっくり、背部痛   胃食道逆流症、食欲不振
BL47Húnmén / 魂門第9胸椎棘突起下縁の外3寸   胸脇痛、嘔吐、下痢   肝兪の補助穴、怒りや決断力に関連する症状
BL48Yánggāng / 陽綱第10胸椎棘突起下縁の外3寸   腹痛、腸鳴、下痢、黄疸   胆兪の補助穴、消化不良
BL49Yìshè / 意舎第11胸椎棘突起下縁の外3寸   腹張、嘔吐、下痢   脾兪の補助穴、思考や記憶に関連する症状
BL50Wèicāng / 胃倉第12胸椎棘突起下縁の外3寸   腹張、胃痛、背部痛   胃兪の補助穴、慢性胃炎
BL51Huāngmén / 肓門第1腰椎棘突起下縁の外3寸   腹痛、便秘、乳腺炎   三焦兪の補助穴
BL52Zhìshì / 志室第2腰椎棘突起下縁の外3寸   遺精、インポテンツ、小便不利、腰痛   腎兪の補助穴、副腎疲労、意志力低下
BL53Bāohuāng / 胞肓第2後仙骨孔の高さ、後正中線の外3寸   腸鳴、腹張、腰痛   膀胱兪の補助穴、骨盤内臓器疾患
BL54Zhìbiān / 秩辺第4後仙骨孔の高さ、後正中線の外3寸   腰痛、坐骨神経痛、小便不利、痔疾   梨状筋症候群、仙腸関節障害
下肢
BL36Chéngfú / 承扶殿溝の中央   腰痛、坐骨神経痛、痔疾   坐骨神経痛、ハムストリングスの肉離れ
BL37Yīnmén / 殷門承扶と委中を結ぶ線上、承扶の下6寸   腰痛、大腿部の痛み   坐骨神経痛、大腿後面の筋緊張
BL38Fúxì / 浮郄委中の上1寸、大腿二頭筋腱の内側   膀胱炎、便秘、下肢の麻痺   膝窩部痛、腓骨神経麻痺
BL39Wěiyáng / 委陽三焦の下合穴委中の外側、大腿二頭筋腱の内縁   腹満、小便不利、腰痛   膝関節外側痛、泌尿器疾患
BL40Wěizhōng / 委中合土穴膝窩横紋の中央、膝窩動脈拍動部   腰痛、坐骨神経痛、下肢の麻痺、皮膚病   急性腰痛、坐骨神経痛、膝関節炎   
BL55Héyáng / 合陽委中の直下2寸、腓腹筋内外側頭の間   腰痛、下肢の麻痺、疝気   こむら返り、坐骨神経痛
BL56Chéngjīn / 承筋合陽と承山を結ぶ線の中点   腰痛、下肢の痙攣、痔疾   こむら返り、腓腹筋の痛み
BL57Chéngshān / 承山委中と崑崙を結ぶ線上、腓腹筋下縁の陥凹部   腰痛、下肢の痙攣、痔疾、便秘   こむら返り、アキレス腱炎、坐骨神経痛   
BL58Fēiyáng / 飛揚絡穴崑崙の直上7寸、腓骨の後方   頭痛、めまい、腰痛、痔疾   腎経との連絡を強化、浮腫
BL59Fūyáng / 跗陽陽蹻脈の郄穴崑崙の直上3寸   頭痛、腰痛、外果腫痛   急性の腰痛、足関節捻挫
BL60Kūnlún / 崑崙経火穴外果尖とアキレス腱の間の陥凹部   後頭部痛、項強、腰痛、足関節痛、難産   片頭痛、坐骨神経痛、足関節捻挫   
BL61Púcān / 僕参崑崙の直下、踵骨外側面、赤白肉際   下肢の麻痺、足関節痛、てんかん   足底筋膜炎、踵の痛み
BL62Shēnmài / 申脈陽蹻脈の会穴外果尖の直下、陥凹部   頭痛、めまい、不眠、てんかん   不眠症、日中の眠気、足関節捻挫   
BL63Jīnmén / 金門郄穴申脈の前下方、第5中足骨粗面の後下方   てんかん、小児のひきつけ、腰痛   急性の腰痛、足関節痛
BL64Jīnggǔ / 京骨原穴第5中足骨粗面の後下方、赤白肉際   頭痛、項強、腰痛   膀胱経全体の気血を調整、後頭部痛
BL65Shùgǔ / 束骨兪木穴第5中足指節関節の遠位、陥凹部   頭痛、項強、めまい、てんかん   後頭部痛、背部痛
BL66Zútōnggǔ / 足通谷滎水穴第5中足指節関節の近位、陥凹部   頭痛、項強、鼻血   膀胱経の熱を清する
BL67Zhìyīn / 至陰井金穴第5趾外側、爪甲根部外側角の近位0.1寸   頭痛、眼痛、鼻閉、胎位不正   胎位不正の矯正(灸)、頭頂部痛   

A. 頭顔部の経穴 (Acupoints of the Head and Face: BL1-BL10)

この領域の経穴は、膀胱経の起始部であり、眼、鼻、脳といった重要な器官に近接している。局所的な症状(眼疾患、鼻炎、頭痛)に加え、経脈の内経路が脳に連絡することから、精神神経系の疾患にも応用される。

2.1 BL1 Jīngmíng (睛明) – Bright Eyes

  • 取穴部位: 内眼角の内上方0.1寸、眼窩骨壁との間の陥凹部に取る 。
  • 古典的基礎: BL1 睛明は、膀胱経の起始点であり、手の太陽小腸経、足の陽明胃経、そして奇経八脈の陰蹻脈・陽蹻脈が交会する極めて重要な経穴である。その名称は「睛(ひとみ)を明(あきら)かにする」という意味を持ち、古来よりあらゆる眼疾患の要穴とされてきた 。『鍼灸甲乙経』では、視力低下、流涙、目の赤みや痒みなど、広範な眼症状に対する主治が記載されている 。
  • 現代科学的エビデンスと作用機序: 睛明は、現代の臨床研究において最もエビデンスが蓄積されている眼科領域の経穴の一つである。特に中等度から重度のドライアイ(DED)に対する効果が注目されている。複数のランダム化比較試験(RCT)において、睛明への単穴刺鍼が、人工涙液の点眼と比較して、涙液分泌量(シルマーテスト値)を有意に増加させ、眼の乾燥感や痛みといった自覚症状を改善することが示されている 。
  • 神経調節: 睛明への刺激は、眼窩周囲の三叉神経(眼神経)の枝を介して脳幹にある涙液分泌中枢に信号を送り、副交感神経を介して涙腺からの涙液分泌を反射的に促進する。
  • 血流改善: 鍼刺激は、眼動脈やその分枝の血流を増加させ、眼球およびその付属器への栄養供給を改善する。これは、視神経萎縮や網膜疾患に対する治療効果の基盤となりうる 。
  • 中枢作用: fMRI研究はまだ限定的だが、眼疾患治療に用いられる経穴(例:GB20)への刺激が視覚野(後頭葉)の活動を変化させることが知られており、睛明も同様に視覚情報処理に関わる中枢神経系ネットワークを調節する可能性が示唆されている 。
  • 臨床応用と配穴
    • 主要な臨床応用: ドライアイ、眼精疲労、初期の白内障・緑内障、視神経萎縮、アレルギー性結膜炎など、ほぼ全ての眼疾患。
    • 注意: 眼球に近接するため、刺鍼には高度な技術と解剖学的知識が要求される。眼球を避け、眼窩壁に沿ってゆっくりと刺入する必要がある。
    • 配穴:
      • ドライアイ・眼精疲労: 肝血を補い眼を滋養するため、足の厥陰肝経のLR3(太衝)や背部兪穴のBL18(肝兪)と組み合わせる。
      • 視力低下: 視力に関わる奇穴である球後や、足の少陽胆経のGB37(光明)と配穴する。

2.2 BL2 Zǎnzhú (攅竹) – Gathered Bamboo

  • 取穴部位: 眉毛の内側端、陥凹部に取る 。
  • 古典的基礎: 「攅」は集まる、「竹」は眉毛の形が竹の葉に似ていることを意味し、眉毛が集まる場所にあることから名付けられた 。古典では、前頭部の頭痛、眼痛、顔面神経麻痺、鼻炎、三叉神経痛などに用いられてきた 。
  • 現代科学的エビデンスと作用機序: 攅竹は、頭痛や美容鍼の臨床研究プロトコルに頻繁に含まれる 。作用機序として、この部位は前頭筋、皺眉筋、眼輪筋が交錯し、顔面神経と三叉神経(眼窩上神経)が密に分布する。攅竹への刺激は、前頭部痛に関与する三叉神経からの求心性信号と、顔面神経麻痺に関わる顔面神経の運動制御の両方を直接的に調節することができる。これらの筋群の過緊張を直接的に緩和し、局所の血流を改善する。
  • 頭痛に対する作用は、三叉神経-頸髄複合体(Trigemino-cervical complex: TCC)における神経収束によって説明される。TCCは上部頸髄に存在する神経核群であり、三叉神経からの求心性入力と上部頸神経(C1-C3)からの求心性入力が同じ二次ニューロンに収束する場所である。このため、BL2を刺激して眼窩上神経からの入力を調節することは、三叉神経由来の痛みだけでなく、頸部由来の関連痛にも影響を及ぼしうる。三叉神経への刺激は、ゲートコントロールセオリーを介して痛みの伝達を抑制し、鎮痛効果を発揮する 。
  • ベル麻痺の症例報告では、眼輪筋を支配する顔面神経側頭枝上の経穴としてBL2が選択され、特に兎眼(眼瞼閉鎖不全)の治療を目的として用いられたことが明記されている。
  • ベル麻痺の予後を検討した研究では、BL2(攅竹)とGB14(陽白)のペアを電気鍼で刺激した際の筋の電気的興奮性が、予後の独立した予測因子であることが示され、顔面神経機能との直接的な関連が裏付けられた。
  • 臨床応用と配穴
    • 主要な臨床応用: 前頭部痛、眼精疲労、副鼻腔炎(眉間部の圧迫感)、顔面神経麻痺、眼瞼下垂。
    • 配穴:
    • 前頭部痛・眼精疲労: 奇穴の印堂、足の陽明胃経のST8(頭維)、手の陽明大腸経のLI4(合谷)と組み合わせる。
    • 副鼻腔炎: LI20(迎香)と組み合わせて鼻の通りを改善する。

BL3 Méichōng (眉衝) – Eyebrow Ascension

  • 取穴部位: 攅竹(BL2)の直上、前髪際に入ること0.5寸、神庭(GV24)と曲差(BL4)の中間に取る 。
  • 古典的基礎: 「眉」は眉頭を、「衝」は突き上げる、あるいは要衝を意味します。眉頭からまっすぐ上にあり、前頭筋の収縮による動きが感じられる部位であることから名付けられました 。古典では、頭痛、めまい、鼻閉、眼痛など、主に頭顔部の症状に用いられてきました 。
  • 現代科学的エビデンスと作用機序: この経穴は前頭筋の上に位置し、その運動は顔面神経に、知覚は三叉神経の枝である眼窩上神経に支配されている 。眉衝への刺激は、前頭筋の緊張を直接的に緩和し、特に眉をひそめる癖や精神的緊張からくる前頭部の痛みに有効である。また、眼窩上神経を介して、関連する領域の痛みを調節する効果が期待できる。
  • BL3からBL9への刺激に対する頭痛の鎮痛効果は、三叉神経-頸髄複合体(TCC)における求心性入力の収束によって説明される。TCCの存在により、頭蓋内の硬膜などから生じる疼痛情報(頭痛の源)は、頭皮の特定の皮膚領域に関連痛として現れる。BL3からBL9への刺激は、この収束システムへの求心性入力を効果的に調節するため、前頭部痛(三叉神経性)から後頭部痛(後頭神経性)まで、広範な頭痛に対応可能な神経生理学的基盤を持つ。
  • 臨床応用と配穴
    • 主要な臨床応用: 前頭部痛、めまい、鼻閉。
    • 配穴:
    • 前頭部痛: 局所の攅竹(BL2)、印堂(EX-HN3)と組み合わせることで、前頭部全体の緊張を緩和します。
    • 鼻閉: 鼻の局所穴である迎香(LI20)と組み合わせ、鼻腔への気血の流れを促進します。

BL4 Qūchā (曲差) – Deviating Turn

  • 取穴部位: 神庭(GV24)の外方1.5寸、前髪際に入ること0.5寸に取る 。
  • 古典的基礎: 「曲」は経脈がここでカーブすることを、「差」は督脈から離れることを意味し、膀胱経の走行が頭部で折れ曲がり、正中線からずれる様子を表している 。古典では、頭痛、鼻閉、眼痛、歯痛など、三叉神経領域に関連する症状に用いられてきた 。
  • 現代科学的エビデンスと作用機序: 解剖学的に前頭洞の直上に位置するため、前頭洞炎に伴う眉間から前額部にかけての重圧感や痛みの治療に重要な経穴である。刺激は眼窩上神経(三叉神経第一枝)に伝わり、神経調節を介して痛みを緩和する 。また、前頭筋の緊張を和らげることで、緊張型頭痛にも効果を示す。
  • 臨床応用と配穴
    • 主要な臨床応用: 前頭洞炎、三叉神経痛(第一枝領域)、片頭痛、鼻炎。
    • 配穴:
    • 前頭洞炎: 印堂(EX-HN3)、合谷(LI4)、迎香(LI20)と組み合わせ、炎症と鼻閉を改善する。
    • 三叉神経痛: 局所の圧痛点や、痛みを鎮める作用の強い合谷(LI4)と配穴する。

BL5 Wǔchù (五処) – Fifth Place

  • 取穴部位: 上星(GV23)の外方1.5寸、前髪際に入ること1寸に取る 。
  • 古典的基礎: 膀胱経の頭部における5番目の経穴であることから「五処」と名付けられた 。古典では、頭痛、めまい、てんかん(癲癇)などに用いられ、特に脳の機能に関連する症状への効果が示唆されている 。
  • 現代科学的エビデンスと作用機序: この経穴は前頭筋から帽状腱膜へ移行する部位にあり、頭皮全体の緊張緩和に寄与する 。てんかんへの言及は、大脳皮質、特に前頭葉の異常な電気的興奮に対する何らかの調節作用を示唆するものであるが、これを裏付ける現代科学的エビデンスはまだ限定的である。臨床的には、緊張性頭痛や、古典的な応用に倣って小児のひきつけなどに用いられることがある。
  • 臨床応用と配穴
    • 主要な臨床応用: 緊張性頭痛、めまい、小児のひきつけ(古典的応用)。
    • 配穴:
    • 頭痛・めまい: 頭頂部の百会(GV20)や四神聡(EX-HN1)と組み合わせ、頭部の気血循環を改善する。

BL6 Chéngguāng (承光) – Light Guard

  • 取穴部位: 五処(BL5)の後方1.5寸、前髪際に入ること2.5寸に取る 。
  • 古典的基礎: 「承」は受け入れる、「光」は光明を意味し、この経穴が天からの光を受け、眼の疾患を治療する力を持つことを示唆している 。主治は頭痛、めまい、鼻閉に加え、古典的に「目眩(めまい)」や視力障害が挙げられており、視覚機能との関連が深い経穴である 。
  • 現代科学的エビデンスと作用機序: この経穴は帽状腱膜の上にあり、知覚は眼窩上神経に支配されている 。帽状腱膜の緊張は、頭部全体を締め付けるような緊張型頭痛や片頭痛の原因となる。承光への刺激は、この緊張を緩和することで頭痛を軽減する。視覚への作用は、刺激が神経路を介して後頭葉にある視覚野の機能に間接的に影響を与える可能性や、頭部の血流改善が眼精疲労を軽減することによると考えられる。
  • 臨床応用と配穴
    • 主要な臨床応用: 片頭痛、緊張性頭痛、視神経炎(補助的に)、鼻閉。
    • 配穴:
    • 片頭痛: 側頭部の太陽(EX-HN5)や胆経の風池(GB20)と組み合わせる。
    • 眼疾患: 眼科領域の要穴である睛明(BL1)、光明(GB37)と配穴する。

BL7 Tōngtiān (通天) – Celestial Connection

  • 取穴部位: 承光(BL6)の後方1.5寸、前髪際に入ること4寸に取る 。
  • 古典的基礎: 「通」は通じる、「天」は頭頂部を指し、この経穴が頭頂部、ひいては脳に通じる重要な場所であることを意味する 。古典では頭痛やめまいに加え、鼻閉、鼻血、嗅覚障害など、鼻の疾患に対する効能が特に強調されている 。
  • 現代科学的エビデンスと作用機序: この経穴は帽状腱膜上にあり、知覚は眼窩上神経と大後頭神経の吻合枝に支配されている 。鼻疾患への効果は、三叉神経を介した反射機序によると考えられる。鼻粘膜の知覚は三叉神経によって支配されており、通天への刺激が同じ三叉神経の支配領域に作用し、鼻腔内の血管収縮や分泌を調節し、炎症を抑制することで、鼻炎や副鼻腔炎の症状を緩和する可能性がある 。
  • 臨床応用と配穴
    • 主要な臨床応用: アレルギー性鼻炎、慢性副鼻腔炎、嗅覚障害、頭頂部痛。
    • 配穴:
    • 鼻疾患: 鼻の局所穴である迎香(LI20)、眉間の印堂(EX-HN3)、頭頂の上星(GV23)と組み合わせることで、鼻の通りを改善する効果が高まる。

BL8 Luòquè (絡却) – Declining Connection

  • 取穴部位: 通天(BL7)の後方1.5寸、前髪際に入ること5.5寸に取る 。
  • 古典的基礎: 「絡」は連絡する、「却」は戻るを意味する。古典的な解釈では、膀胱経の経脈がこの場所から分かれて脳に「絡」み、再び体表に戻ってくる場所とされている 。このため、脳機能と密接に関連し、めまい、耳鳴り、後頭部痛、精神症状などに用いられてきた 。
  • 現代科学的エビデンスと作用機序: この経穴は帽状腱膜上にあり、知覚神経は大後頭神経に支配されている 。大後頭神経は、後頭部痛や一部のめまいの原因となることが知られており、絡却への刺激はこの神経の興奮を鎮めることで症状を緩和する。また、脳への血流を調節する椎骨脳底動脈系への間接的な影響も示唆されており、メニエール病や高血圧に伴うめまいなどへの応用も考えられる。
  • 臨床応用と配穴
    • 主要な臨床応用: めまい、耳鳴り、高血圧、後頭部痛、精神不安。
    • 配穴:
    • めまい・耳鳴り: 胆経の風池(GB20)、三焦経の翳風(TE17)、肝経の太衝(LR3)と組み合わせ、頭部の気血と自律神経のバランスを整える。

BL9 Yùzhěn (玉枕) – Jade Pillow

  • 取穴部位: 脳戸(GV17)の外方1.3寸、外後頭隆起上縁の高さに取る 。
  • 古典的基礎: 「玉枕」とは後頭骨(特に外後頭隆起)の古い呼び名であり、この骨の上にある重要な経穴であることを示す 。後頭部痛、項強、眼痛、鼻閉など、後頭部から顔面にかけての症状に用いられてきた 。
  • 現代科学的エビデンスと作用機序: この経穴は後頭筋の上にあり、深層には頭半棘筋などの後頭下筋群が存在する。これらの筋群の持続的な緊張は、その間を走行する大後頭神経を絞扼し、後頭部から頭頂部、時には眼の奥にまで放散する「後頭神経痛」を引き起こす 。玉枕への刺鍼は、これらの筋緊張を直接的に緩和し、大後頭神経への圧迫を解放することで、痛みを根本から治療する効果がある 。また、後頭部の筋緊張は眼精疲労とも密接に関連しているため、眼痛の緩和にも繋がる。
  • 臨床応用と配穴
    • 主要な臨床応用: 後頭神経痛、緊張性頭痛、項部硬直、眼精疲労。
    • 配穴:
    • 後頭部の痛みとこり: 隣接する天柱(BL10)や風池(GB20)と組み合わせることで、後頭下筋群全体を効果的に弛緩させ、治療効果を高める。
    • 眼精疲労を伴う頭痛: 睛明(BL1)や太陽(EX-HN5)といった眼の周囲の経穴と組み合わせる。

2.10 BL10 Tiānzhù (天柱) – Celestial Pillar

B. 背部第一側線の経穴 (Acupoints of the First Medial Line of the Back: BL11-BL30)

後正中線の外方1.5寸を走行するこの路線には、「背部兪穴」が並ぶ。兪穴の「兪」は「輸送する」を意味し、各臓腑の気が背部に輸送され、注ぎ込む場所とされている 。そのため、これらの経穴は対応する臓腑の病変を診断する際の反応点(圧痛、硬結など)となると同時に、その臓腑の機能を直接的に調節する治療点として、極めて高い臨床的価値を持つ。

背部兪穴の有効性の神経解剖学的基盤:体性-内臓反射

背部兪穴が対応する臓腑の機能を調節する主要なメカニズムは、体性-内臓反射(somato-visceral reflex)である。これは、背部の皮膚や筋への体性感覚刺激(鍼治療)が求心性神経を興奮させ、その信号が特定の脊髄分節に到達し、そこでシナプスを介して標的となる内臓へ投射する自律神経(交感神経・副交感神経)の活動を調節する反射弓を指す 。   

分節的支配 このメカニズムの鍵は、分節的な神経支配関係にある。特定の臓器を支配する交感神経の節前ニューロンは、胸腰髄の予測可能な分節範囲(中間外側核)から起始する。背部兪穴は、その名が示す臓器への交感神経出力が起こる脊髄分節とほぼ同じ椎骨レベルの傍らに位置している 。この解剖学的な位置の一致が、体性-内臓反射の特異性を担保している。   

胸部背部兪穴(BL11~BL20)の神経解剖学的相関 
以下の表は、古典的な兪穴の概念と現代の神経解剖学との間の顕著な相関関係を視覚的に示すものである。各兪穴の伝統的な対応臓器と、その臓器を支配する交感神経の起始脊髄分節が、兪穴の椎骨レベルと密接に一致していることがわかる。これは、本章で詳述する体性-内臓反射メカニズムの解剖学的基盤を明確にする。

WHOコード経穴名 (Pinyin / 日本語)古典的関連椎骨レベル対応する交感神経脊髄分節 (PubMedより)典拠
BL11Dazhu / 大杼骨 (八会穴 – 骨会)T1T1-T5 (上肢, 頭頸部)  
BL12Fengmen / 風門風邪 / 病邪T2T1-T6 (肺, 気管支)  
BL13Feishu / 肺兪T3T1-T6 (肺, 気管支)  
BL14Jueyinshu / 厥陰兪心包T4T1-T5 (心臓)  
BL15Xinshu / 心兪T5T1-T5 (心臓)  
BL16Dushu / 督兪督脈T6T5-T9 (胃, 脾, 肝)  
BL17Geshu / 膈兪膈 (横隔膜), 血 (血会)T7T5-T11 (上部消化管への内臓神経)  
BL18Ganshu / 肝兪T9T6-T10 (肝, 胆嚢)  
BL19Danshu / 胆兪T10T6-T10 (胆嚢)  
BL20Pishu / 脾兪T11T6-T10 (脾, 胃)  

上部胸椎の経穴(BL11~BL13):骨、免疫、呼吸の調節

BL11 Dàzhù (大杼) – Great Shuttle

BL12 Fēngmén (風門) – Wind Gate

BL13 Fèishū (肺兪) – Lung Shu

中部胸椎の経穴(BL14~BL17):心臓、横隔膜、血液の調節

BL14 Juéyīnshū (厥陰兪) – Pericardium Shu

  • 取穴部位: 第4胸椎棘突起下縁の高さで、後正中線の外方1.5寸に取る 。
  • 古典的基礎: 心包の背部兪穴であり、心包の気が背部に注ぐ場所である。心包は心臓を包み、その機能を代行すると考えられている。そのため、心痛、動悸、胸悶、嘔吐、歯痛など、心と関連する循環器や精神症状に用いられる 。
  • 現代科学的エビデンスと作用機序: T4レベルに位置し、心臓を支配する交感神経(T1-T5)の分節領域内にある 。このため、厥陰兪への刺激は体性-内臓反射を介して心機能に影響を与え、動悸や胸部の不快感を和らげる可能性がある。肋間神経痛の治療にも応用される。BL14に特化したエビデンスは乏しく、その効果はしばしば心疾患に対するBL15(心兪)との併用で研究される。
  • 臨床応用と配穴:
    • 主要な臨床応用: 狭心症様症状、肋間神経痛、精神不安、動悸。
    • 配穴: 心の機能を直接調整するBL15(心兪)と組み合わせて、循環器系や精神面の症状を包括的に治療する。

BL15 Xīnshū (心兪) – Heart Shu

BL16 Dūshū (督兪) – Governor Shu

  • 取穴部位: 第6胸椎棘突起下縁の高さで、後正中線の外方1.5寸に取る 。
  • 古典的基礎: 督脈の背部兪穴とされ、全身の陽経を統括する督脈の気が注ぐ場所と考えられている。心痛、腹痛、しゃっくり、皮膚のかゆみなどに用いられる 。
  • 現代科学的エビデンスと作用機序: T6レベルに位置し、心臓や上部消化管を支配する交感神経領域と関連する 。BL16に特化した研究は見当たらないが、心兪や膈兪と隣接しており、これらの経穴の作用を補助し、胸腹部の気血の流れを調整する効果が期待される。
  • 臨床応用と配穴:
    • 主要な臨床応用: 胃痙攣、皮膚のかゆみ、胸痛。
    • 配穴: しゃっくりにはBL17(膈兪)と、心痛にはBL15(心兪)と組み合わせて使用する。

BL17 Géshū (膈兪) – Diaphragm Shu

下部胸椎の経穴(BL18~BL20):肝・胆・脾の軸

BL18 Gānshū (肝兪) – Liver Shu

BL19 Dǎnshū (胆兪) – Gallbladder Shu

  • 取穴部位: 第10胸椎棘突起下縁の高さで、後正中線の外方1.5寸に取る 。
  • 古典的基礎: 胆の背部兪穴であり、胆の気が背部に注ぐ場所である。胆は決断を主り、胆汁を貯蔵・排泄する。そのため、黄疸、口の苦み、脇痛、不眠、決断力の低下などに用いられる 。
  • 現代科学的エビデンスと作用機序: T10レベルに位置し、胆嚢を支配する交感神経(T6-T11またはT8-T11)の分節領域と関連する 。胆汁の分泌・排泄を調節する体性-内臓反射を介して、胆石症や胆嚢炎の症状を緩和する効果が期待される。
  • 臨床応用と配穴:
    • 主要な臨床応用: 胆石症、胆嚢炎、片頭痛、不眠。
    • 配穴: 胆の募穴であるGB24(日月)と組み合わせる「兪募配穴」や、表裏関係にある肝の兪穴BL18(肝兪)と組み合わせて、肝胆の機能を総合的に治療する。

BL20 Píshū (脾兪) – Spleen Shu

BL21 Wèishū (胃兪) – Stomach Shu

BL22 Sānjiāoshū (三焦兪) – Sanjiao Shu

  • 取穴部位: 第1腰椎棘突起下縁の高さで、後正中線の外方1.5寸に取る 。
  • 古典的基礎: 三焦の背部兪穴であり、三焦の気が背部に注ぐ場所である。「三焦」は、具体的な形態を持たない腑とされ、上焦(心・肺)、中焦(脾・胃)、下焦(腎・膀胱・腸)の3つの機能区画を統括し、全身の気・血・津液の通路(水道)としての役割を担う 。したがって三焦兪は、消化、吸収、水分代謝、排泄といった広範な生理機能の調節に関与するとされる。そのため、腹部膨満感、腸鳴、下痢、浮腫、排尿困難などに用いられる 。
  • 現代科学的エビデンスと作用機序: BL22が位置するL1レベルは、胸髄と腰髄の移行部であり、腹腔内の多くの臓器(胃、腸、腎臓など)を支配する交感神経が出入りする重要な領域である。三焦の「水道を通利する」という機能は、腎臓や膀胱、腸における水分再吸収と排泄のバランスを調整する作用と解釈できる。BL22への刺激は、この胸腰部移行領域の自律神経叢に広範な影響を与え、古典的な「三焦の機能を調節する」という効能を発揮する可能性が考えられる。
  • 臨床応用と配穴:
    • 主要な臨床応用: 水分代謝異常、浮腫、腹水、消化不良。
    • 配穴: 水分代謝の要穴であるSP9(陰陵泉)や、三焦の下合穴であるBL39(委陽)と組み合わせて、利水作用を強化する。

BL23 Shènshū (腎兪) – Kidney Shu

BL24 Qìhǎishū (気海兪) – Sea of Qi Shu

  • 取穴部位: 第3腰椎棘突起下縁の高さで、後正中線の外方1.5寸に取る 。
  • 古典的基礎: 腹部にある元気の集まる場所「気海(CV6)」に対応する背部の経穴とされている。気海(CV6)と連携して、全身の気、特に下半身の気を補い、巡らせる作用が期待される。腰痛、痔疾、月経痛など、下焦(下腹部)の気血の滞りに関連する症状に用いられる。
  • 現代科学的エビデンスと作用機序: L3レベルに位置し、腰方形筋や脊柱起立筋群の中にある。腰痛、特にL3/L4レベルの椎間板や関節の問題に関連する痛みの治療に有効である。臨床的には、隣接するBL23(腎兪)やBL25(大腸兪)と類似の作用を持つと考えられ、腰仙骨神経叢への刺激を介して腰痛や下腹部臓器の機能に影響を及ぼすことが推測される。
  • 臨床応用と配穴:
    • 主要な臨床応用: 腰痛、坐骨神経痛、月経痛。
    • 配穴: 腰痛に対しては、BL25(大腸兪)や腰陽関(GV3)と組み合わせて局所の治療効果を高める。

BL25 Dàchángshū (大腸兪) – Large Intestine Shu

BL26 Guānyuánshū (関元兪) – Gate of Origin Shu

  • 取穴部位: 第5腰椎棘突起下縁の高さで、後正中線の外方1.5寸に取る 。
  • 古典的基礎: 腹部にある生命力の源「関元(CV4)」に対応する背部の経穴である。関元(CV4)と共に用いることで、腎気を補い、泌尿生殖器系の機能を強化する効果が期待される。腰痛、腹部膨満感、下痢、小便不利など、下焦の虚弱や気血の滞りに関連する症状に用いられる 。
  • 現代科学的エビデンスと作用機序: L5レベルに位置し、腰仙移行部の安定性に重要な役割を果たす。L5/S1の椎間板ヘルニアや仙腸関節障害に関連する腰痛や下肢痛の治療に重要な経穴である。
  • 臨床応用と配穴:
    • 主要な臨床応用: 慢性腰痛、坐骨神経痛、糖尿病。
    • 配穴: 腹部の関元(CV4)に灸を併用することで、先天の気を補強し、根本的な体質改善を図る。

BL27 Xiǎochángshū (小腸兪) – Small Intestine Shu

  • 取穴部位: 第1後仙骨孔の高さで、後正中線の外方1.5寸に取る 。
  • 古典的基礎: 小腸の背部兪穴であり、小腸の気が背部に注ぐ場所である。小腸は清(栄養)と濁(不要物)を分別する機能を持つため、下腹部痛、遺精、血尿、下痢など、消化吸収や泌尿生殖器系の症状に用いられる 。
  • 現代科学的エビデンスと作用機序: S1レベルに位置し、仙骨神経叢を介して骨盤内臓器に影響を与える 。クローン病や骨盤内炎症性疾患など、小腸や骨盤内の炎症性疾患に対して、神経調節を介した抗炎症作用や鎮痛作用が期待される。
  • 過敏性腸症候群(IBS)治療の処方において、BL25と共に重要な経穴として同定されており、腸脳相関の調節に関与することが示唆される。
  • 臨床応用と配穴:
    • 主要な臨床応用: 骨盤内炎症性疾患、過敏性腸症候群(IBS)、クローン病、仙腸関節痛。
    • 配穴: 小腸の募穴であるCV4(関元)と組み合わせる「兪募配穴」で、小腸の機能を調整する。

BL28 Pángguāngshū (膀胱兪) – Bladder Shu

BL29 Zhōnglǚshū (中膂兪) – Central Backbone Shu

  • 取穴部位: 第3後仙骨孔の高さで、後正中線の外方1.5寸に取る 。
  • 古典的基礎: 「膂」は背骨の両側の筋肉を意味し、仙骨部の中央にある筋肉の間の経穴であることから名付けられた。疝気(下腹部や鼠径部の痛み)、下痢、腰痛などに用いられる 。
  • 現代科学的エビデンスと作用機序: S3レベルに位置し、仙骨神経叢を介して骨盤底筋群や下部消化管の機能を調節する。仙腸関節上に位置するため、仙腸関節由来の腰痛や、殿部を走行する上殿皮神経の絞扼性障害に関連する痛みの治療に応用される。仙腸関節痛や、梨状筋症候群に伴う坐骨神経痛の治療点として有効である。
  • 臨床応用と配穴:
    • 主要な臨床応用: 仙腸関節痛、坐骨神経痛、下痢。
    • 配穴: 局所の圧痛点や、腰部のBL25(大腸兪)、殿部のGB30(環跳)と組み合わせて使用する。

BL30 Báihuánshū (白環兪) – White Ring Shu

  • 取穴部位: 第4後仙骨孔の高さで、後正中線の外方1.5寸に取る 。
  • 古典的基礎: 「白環」は肛門を指す古い言葉とされ、肛門周囲の疾患に効果があることを示唆している。疝気、遺精、帯下(おりもの)、腰痛、痔疾などに用いられる 。
  • 現代科学的エビデンスと作用機序: S4レベルに位置し、仙骨神経叢の最下部や陰部神経叢と関連する。骨盤内のうっ血状態を改善し、痔核や会陰部痛、骨盤底筋の機能不全に関連する症状を緩和する効果が期待される。
  • 臨床応用と配穴:
    • 主要な臨床応用: 骨盤内うっ血、痔疾、帯下、遺精。
    • 配穴: 痔疾に対しては、頭頂の百会(GV20)と組み合わせ、気血を上方に引き上げる作用(昇提作用)を利用する。

C. 仙骨部の経穴 (Acupoints of the Sacral Region BL31-34)

仙骨部にある上髎、次髎、中髎、下髎の4対、計8つの経穴は、総称して「八髎穴」と呼ばれる。これらの経穴は仙骨孔(仙骨にある神経の通り道)の直上に位置するため、骨盤内の臓器、すなわち泌尿器、生殖器、そして下部消化器の機能を調節する上で極めて重要な治療点群である。

BL31 Shàngliáo (上髎) – Upper Crevice

  • 取穴部位: 第1後仙骨孔の中に取る 。
  • 古典的基礎: 八髎穴の最上部に位置し、月経不順、帯下(おりもの)、小便不利、腰痛、坐骨神経痛など、骨盤領域の広範な症状に用いられてきた 。
  • 現代科学的エビデンスと作用機序: S1レベルの仙骨神経叢を刺激する。この神経は主に下肢への運動・知覚に関与するが、骨盤内臓器への自律神経線維も含まれる。上髎への刺激は、体性-内臓反射を介して、子宮や膀胱上部の機能を調節し、また仙腸関節や腰仙部の痛みを緩和する効果がある。
  • 臨床応用と配穴:
    • 主要な臨床応用: 婦人科疾患、泌尿器疾患、仙腸関節痛、坐骨神経痛。
    • 配穴: 他の八髎穴、特に次髎(BL32)と組み合わせて使用されることが多く、婦人科疾患には三陰交(SP6)や関元(CV4)を加える。

BL32 Cìliáo (次髎) – Second Crevice

  • 取穴部位: 第2後仙骨孔の中に取る 。
  • 古典的基礎: 八髎穴は、古典的に男女の生殖器系疾患、泌尿器系疾患、そして腰仙部の痛みを治療する要穴群として知られている。その中でも次髎は八髎穴の中心的な経穴であり、月経痛、ヘルニア、腰痛、不妊症などに用いられてきた 。
  • 現代科学的エビデンスと作用機序: 次髎は、八髎穴の中で最も研究が進んでいる経穴の一つである。S2レベルの仙骨神経叢の出口に位置し、この神経は膀胱、子宮、卵巣、直腸などを支配する骨盤内臓神経(副交感神経)の主成分である。そのため、次髎への刺激(特に電気鍼)は、骨盤内臓器の機能と血流を強力に調節する。
  • 八髎穴の作用機序は、現代医学における「仙骨神経刺激療法(SNS)」と神経解剖学的にほぼ同一の原理に基づいている。後仙骨孔からは仙骨神経(S1-S4)が体表近くに出てきており、八髎穴への鍼刺激はこれらの神経を直接刺激する。仙骨神経は、骨盤内臓器(膀胱、子宮、直腸など)への副交感神経線維(骨盤内臓神経)と、骨盤底筋群や外肛門括約筋、外尿道括約筋を支配する体性運動神経線維(陰部神経)を含む。したがって、八髎穴への刺激は、この複雑な神経ネットワークを介して骨盤内臓器の機能を強力に調節する。
    • 婦人科疾患: 多くのランダム化比較試験(RCT)で、月経困難症や子宮内膜症に対する鎮痛効果が示されている 。その機序は、鎮痛物質(エンドルフィンなど)の放出促進、子宮平滑筋の過剰な収縮の緩和、骨盤内の血流改善、炎症性サイトカインの抑制などが考えられる 。
    • 不妊治療・分娩: 卵巣や子宮への血流を増加させ、卵胞の発育や子宮内膜の環境を改善する効果が期待され、不妊治療の補助療法として用いられる。八髎穴は陣痛緩和にも用いられる。そのメカニズムは、仙骨神経刺激が脊髄レベルで痛覚伝達のゲートコントロール機構を活性化させるとともに、エンドルフィンなどの内因性オピオイドの放出を促進することによると推測される。
    • 泌尿器疾患: 膀胱兪(BL28)と同様に、排尿機能を調節する作用がある。ステマティックレビューやRCTにおいて、八髎穴(特にBL33、BL32)への電気鍼(EA)は、過活動膀胱(OAB)の症状(頻尿、尿意切迫、切迫性尿失禁)を有意に改善することが示されている 。ラットを用いた基礎研究では、BL33へのEAが酢酸誘発性の膀胱過活動を抑制し、排尿間隔を延長させることが確認された 。この作用は、仙骨神経の求心性線維を刺激し、脊髄および脳幹の排尿中枢における抑制性介在ニューロンを活性化することで、膀胱の異常な収縮(無抑制収縮)を抑制するメカニズムによると考えられる 。また、下位運動ニューロン障害による慢性尿閉に対しても、BL32、BL33、BL35へのEAが有効であることが報告されている 。

BL33 Zhōngliáo (中髎) – Middle Crevice

  • 取穴部位: 第3後仙骨孔の中に取る 。
  • 古典的基礎: 八髎穴の一つで、便秘、帯下、腰痛などに用いられる 。
  • 現代科学的エビデンスと作用機序: S3レベルの仙骨神経叢を刺激する。この神経は、排便をコントロールする直腸や内肛門括約筋、そして排尿に関わる膀胱排尿筋の機能に重要な役割を果たす。そのため、中髎への刺激は、特に排便・排尿機能の調整に有効である。
  • 鍼治療は非侵襲的ニューロモデュレーション 八髎穴に関するエビデンスは、「鍼治療が非侵襲的な神経変調(ニューロモデュレーション)療法である」という概念を最も明確に示している。外科的に電極を埋め込む仙骨神経刺激療法(SNS)が、難治性のOABや便失禁、慢性骨盤痛に対して確立された治療法であることからも、体表から仙骨神経にアクセスできる八髎穴への刺激が同様の治療効果を発揮することは、神経生理学的に極めて合理的である。古典医学が経験的に見出した「八髎穴」という治療点は、現代の神経解剖学が明らかにした「仙骨神経叢」という機能的ハブそのものである。この理解は鍼灸を科学的な言葉で説明し、現代医療との連携を深める上で非常に強力な根拠となる。
  • 泌尿器疾患: 膀胱兪(BL28)と同様に、排尿機能を調節する作用がある。ステマティックレビューやRCTにおいて、八髎穴(特にBL33、BL32)への電気鍼(EA)は、過活動膀胱(OAB)の症状(頻尿、尿意切迫、切迫性尿失禁)を有意に改善することが示されている 。ラットを用いた基礎研究では、BL33へのEAが酢酸誘発性の膀胱過活動を抑制し、排尿間隔を延長させることが確認された 。この作用は、仙骨神経の求心性線維を刺激し、脊髄および脳幹の排尿中枢における抑制性介在ニューロンを活性化することで、膀胱の異常な収縮(無抑制収縮)を抑制するメカニズムによると考えられる 。また、下位運動ニューロン障害による慢性尿閉に対しても、BL32、BL33、BL35へのEAが有効であることが報告されている 。
  • 臨床応用と配穴:
    • 主要な臨床応用: 便秘(特に弛緩性便秘)、排尿障害、仙腸関節痛。
    • 配穴: 便秘には大腸の募穴である天枢(ST25)や、下合穴である上巨虚(ST37)と組み合わせる。

BL34 Xiàliáo (下髎) – Lower Crevice

  • 取穴部位: 第4後仙骨孔の中に取る 。
  • 古典的基礎: 八髎穴の最下部に位置し、下腹部痛、便秘、小便不利、腰痛などに用いられる 。
  • 現代科学的エビデンスと作用機序: S4レベルの仙骨神経叢および陰部神経叢を刺激する。これらの神経は、外肛門括約筋や外尿道括約筋といった随意筋や、骨盤底筋群を支配している。そのため、下髎への刺激は、意識的な排尿・排便のコントロールや、骨盤底筋群の機能不全に関連する症状に効果が期待できる。
  • 臨床応用と配穴:
    • 主要な臨床応用: 骨盤底筋群の機能不全、腹圧性尿失禁、排尿・排便困難、会陰部痛。
    • 配穴: 泌尿器症状には中極(CV3)や膀胱兪(BL28)と、骨盤底筋の強化には会陽(BL35)と組み合わせることがある。

BL35 Huìyáng (会陽) – Meeting of Yang

  • 取穴部位: 尾骨先端の外方0.5寸に取る 。
  • 古典的基礎: 「会」は会合する、「陽」は陽経(特に督脈)を意味する。この経穴は、足の太陽膀胱経と督脈という二つの陽経が会合する場所であることから名付けられた。その位置から、肛門周囲の疾患である痔疾、生殖器系の問題であるインポテンツ、そして消化器系の症状である下痢など、下焦(下腹部および骨盤領域)の疾患に用いられてきた 。
  • 現代科学的エビデンスと作用機序: 会陽は、骨盤底筋群(特に尾骨筋や肛門挙筋の一部)の上に位置し、その深部には肛門や直腸を支配する陰部神経叢や仙骨神経叢が存在する。会陽への刺激は、これらの神経や筋肉に直接作用し、以下のような効果を発揮すると考えられる。
  • 臨床応用と配穴:
    • 主要な臨床応用: 痔核、脱肛、肛門掻痒症、会陰部痛、インポテンツ、下痢。
    • 配穴:
      • 痔疾: 気を上方に引き上げる作用を持つ百会(GV20)や、痔疾の特効穴として知られる承山(BL57)と組み合わせる。
      • インポテンツ: 腎気を補う腎兪(BL23)や関元(CV4)と組み合わせて、泌尿生殖器系の機能を強化する。

D. 下肢(大腿部〜膝窩まで)の経穴 (Acupoints of the Lower Limb from the Thigh to the Popliteal Fossa : BL36-BL67)

下肢の経穴は、局所的な筋骨格系の症状(坐骨神経痛、膝痛、足関節痛)に加えて、膀胱経全体の機能を調整する強力な遠隔治療点としての役割を持つ。

BL36 Chéngfú (承扶) – Holding and Supporting

BL37 Yīnmén (殷門) – Gate of Abundance

  • 取穴部位: 大腿後側、承扶(BL36)と委中(BL40)を結ぶ線上、承扶の下6寸に取る 。
  • 古典的基礎: 「殷」は盛ん、豊かという意味、「門」は出入り口を意味する。大腿後面の筋肉が最も豊かに盛り上がっている場所にある気の通路であることから名付けられた。古典では、腰痛や大腿部の痛み、運動障害に用いられてきた 。
  • 現代科学的エビデンスと作用機序: この経穴も坐骨神経の走行上にあり、ハムストリングスの筋腹中央に位置する。殷門への刺激は、坐骨神経痛に伴う大腿後面の放散痛やしびれを緩和する。また、スポーツなどで起こるハムストリングスの過緊張や硬結を直接的に弛緩させる効果があり、腰痛の治療においても重要な遠隔治療点となる。
  • ハムストリングスの柔軟性に対するエビデンス: BL36とBL37の筋組織への影響を直接的に検証した研究として、Carvalhoらによる無作為化、盲検化、対照パイロット研究が挙げられる。この研究では、ハムストリングスの柔軟性に対する鍼治療の即時効果が検討された。研究では、BL36、BL37、BL40を含む経穴群への鍼治療(真の鍼治療群)、経穴近傍の非経穴への浅い刺鍼(偽鍼治療群)、そして皮膚に接触するだけの非侵襲的な刺激(プラセボ群)が比較された。その結果、柔軟性の指標である座位体前屈テストにおいて、真の鍼治療群でのみ統計的に有意な改善が認められた(p=0.03)。対照的に、偽鍼治療群(p=0.86)およびプラセボ群(p=0.18)では有意な変化は見られなかった 。
  • この結果は、経穴の特異性を考察する上で非常に重要である。偽鍼治療群は、針が皮膚を通過することによる非特異的な生理的反応(微小な組織損傷や心理的期待効果など)を、プラセボ群は治療行為そのもの(触れられることや治療環境)による影響をコントロールする役割を果たす。これらの対照群と比較して、真の鍼治療群でのみ有意な効果が認められたという事実は、観察された柔軟性の改善が単なるプラセボ効果や一般的な刺激反応ではなく、選択された経穴の特定の解剖学的位置と適切な深度への刺激に起因することを示唆している。すなわち、ハムストリング筋群とその支配神経を標的とした神経生理学的なメカニズムが働いている可能性が高い。
  • 坐骨神経の直接的な神経調節: BL36およびBL37への刺鍼は、その深層にある坐骨神経(脊髄神経L4~S3由来)に直接的な機械的刺激を与える。この求心性信号は脊髄後角に伝達され、痛みの伝達を抑制する「ゲートコントロールセオリー」を介した分節性の鎮痛効果や、さらに上位の中枢神経系に作用して下行性疼痛抑制系を賦活化させることで、広範な鎮痛効果を発揮すると考えられる。
  • 筋・筋膜性のメカニズム: ハムストリング筋群は、特に長時間の座位やスポーツ活動により短縮・硬化しやすい。これらの経穴への刺鍼は、筋膜の緊張を解放し、筋硬結(トリガーポイント)を不活性化させる。これにより筋の過緊張が緩和され、血流が改善し、発痛物質が洗い流される。Carvalhoらの研究で示された柔軟性の向上は、この筋・筋膜性リリースの効果を直接的に反映していると考えられる 。
  • 固有受容器への入力: 筋中にある筋紡錘や腱に存在するゴルジ腱器官といった固有受容器への刺激は、脊髄レベルでの運動ニューロンの活動を変化させ、筋の緊張度を再設定する。これにより、坐骨神経痛などで見られる防御的な筋スパズムを緩和する効果が期待できる。
  • 臨床応用と配穴:
    • 主要な臨床応用: 坐骨神経痛、大腿後面の筋緊張・疼痛、腰痛。
    • 配穴: 承扶(BL36)、委中(BL40)、承山(BL57)など、膀胱経の下肢の経穴と組み合わせて、経脈全体の気血の流れを改善する。

BL38 Fúxì (浮郄) – Superficial Cleft

  • 取穴部位: 委中(BL40)の上1寸、大腿二頭筋腱の内側に取る 。
  • 古典的基礎: 「浮」は浅い、表層を意味し、「郄」は筋肉の隙間を意味する。膝窩の浅い部分にある筋肉の隙間に位置することから名付けられた。古典では、膀胱炎や便秘、下肢の麻痺やこわばりに用いられてきた 。
  • 現代科学的エビデンスと作用機序: BL38(浮郄)は膝窩横紋の上方1寸、大腿二頭筋腱の内側に位置し、BL39(委陽)は膝窩横紋の外端、大腿二頭筋腱の内側縁に位置する。両穴ともに膝関節の外側後方にあり、坐骨神経が脛骨神経と総腓骨神経に分岐する領域に近い。特に、大腿二頭筋腱の内側縁に位置することから、総腓骨神経への刺激が可能な部位である。
  • この経穴は膝窩部の痛みや、腓骨神経麻痺の初期症状(足首が上がりにくいなど)の治療に用いられる。膀胱炎や便秘への効果は、膀胱経の遠隔作用によるものと考えられる。
  • 臨床応用と配穴:
    • 主要な臨床応用: 膝窩部痛、腓骨神経麻痺、こむら返り。
    • 配穴: 膝関節の症状には、委中(BL40)や委陽(BL39)などの局所穴と組み合わせて使用する。

BL39 Wěiyáng (委陽) – Yang of the Crook

  • 取穴部位: 膝窩横紋の外側端、大腿二頭筋腱の内縁に取る 。
  • 古典的基礎: 三焦経の下合穴である。下合穴は、陽経に属する腑の疾患を治療する要穴であり、三焦が「水道を通利」する機能、すなわち体内の水液代謝を調節する機能を持つことから、BL39は伝統的に浮腫(むくみ)や排尿困難といった泌尿器系の症状に用いられる。「委」は膝を曲げること、「陽」は膝窩の外側(陽側)にあることを意味する。
  • 現代科学的エビデンスと作用機序: BL39については、古典理論と現代科学的検証との間に顕著な乖離が見られる。三焦経の下合穴として、水液代謝異常、特に泌尿器系の機能障害に対する治療の要穴であるはずだが、これを裏付けるRCTや基礎研究は皆無である 。この事実は、二つの可能性を示唆する。一つは、古典理論におけるBL39の機能割り当てが、現代的な検証に耐えうるものではない可能性。もう一つは、現代の研究がまだその特異的な作用を検出するための適切な実験モデルや評価指標を見出せていない可能性である。例えば、利尿作用や腎血流量の変化などを指標とした動物実験や、特定の病態モデル(例:心不全や腎疾患に伴う浮腫)における臨床試験などが、この古典理論を検証するためには必要となるだろう。このエビデンスの欠如は、今後の研究が取り組むべき重要な課題を提示している。解剖学的には、大腿二頭筋腱や外側側副靭帯に近く、膝関節外側部の痛みの治療点として有効である。
  • 総腓骨神経への刺激: BL38およびBL39への刺鍼は、総腓骨神経を刺激しうる。これにより、同神経が支配する下腿前側および外側区の筋群(前脛骨筋、長・短腓骨筋など)の機能調節や、足関節の背屈・外反運動に関連する症状、あるいは同神経領域の知覚異常(痺れなど)に応用できる可能性がある。
  • 局所的な筋・筋膜への作用: 大腿二頭筋腱の付着部周囲への刺激は、局所的な血流を改善し、膝関節外側部の痛みや緊張を緩和する効果が期待できる。
  • 臨床応用と配穴:
    • 主要な臨床応用: 膝関節外側痛、泌尿器疾患(排尿困難、浮腫)、腹部膨満感。
    • 配穴: 水分代謝異常には、脾経の陰陵泉(SP9)と組み合わせて利水作用を強化する。膝痛には、胆経の陽陵泉(GB34)と組み合わせて膝関節内外のバランスを整える。

BL40 Wěizhōng (委中) – Middle of the Crook

E. 背部第二側線の経穴 (Acupoints of the Second Lateral Line of the Back: BL41-54)

後正中線の外方3寸を走行するこの路線は、第一側線にある背部兪穴の作用を補助し、より慢性的で深層にある病態や、臓腑と関連する精神・情緒面の問題に対応する上で重要な役割を果たす。

BL41 Fùfēn (附分) – Attached Part

  • 取穴部位: 第2胸椎棘突起下縁の高さで、後正中線の外方3寸に取る 。
  • 古典的基礎: 「附」は付属する、「分」は分かれるを意味し、第一側線から分かれて付属する経穴であることを示す。風門(BL12)の外方にあり、風邪が侵入しやすい肩甲間部のこわばりや痛み、項強に用いられる 。
  • 現代科学的エビデンスと作用機序: 肩甲骨内上角に近く、肩甲挙筋や菱形筋のトリガーポイントが好発する部位である。これらの筋肉の過緊張は、肩こりや肩甲間部痛の直接的な原因となるため、附分への刺鍼は局所の筋緊張を緩和し、血流を改善することで痛みを軽減する。
  • 臨床応用と配穴:
    • 主要な臨床応用: 肩甲間部痛、菱形筋のトリガーポイント、寝違え。
    • 配穴: 肩甲骨内縁の痛みに対して、天宗(SI11)や膏肓(BL43)と組み合わせて使用する。

BL42 Pòhù (魄戸) – Door of the Corporeal Soul

  • 取穴部位: 第3胸椎棘突起下縁の高さで、後正中線の外方3寸に取る 。
  • 古典的基礎: 肺兪(BL13)の外方に位置する。「魄」は五神の一つで肺に宿るとされる「肉体の魂」を、「戸」は扉を意味する。肺の背部兪穴の傍らにある「魄の扉」として、肺の生理機能だけでなく、悲しみや憂いといった肺に関連する情緒を調整する作用を持つ。主治は咳嗽、喘息、項強などである 。
  • 臨床応用と配穴:
    • 主要な臨床応用: 肺兪(BL13)の補助穴として呼吸器疾患に、また、悲嘆や憂いからくる胸部の閉塞感や浅い呼吸などの症状に用いる。
    • 配穴: 肺兪(BL13)と組み合わせて肺の機能を調整し、膻中(CV17)を加えて胸中の気を巡らせる。

BL43 Gāohuāng (膏肓) – Vital Region

  • 取穴部位: 第4胸椎棘突起下縁の高さで、後正中線の外方3寸に取る 。
  • 古典的基礎: 「膏」は心臓の下部、「肓」は横隔膜の上部を指し、病がこの深部に至ると治療が極めて困難になるとされたことに由来する。そのため、膏肓は「百病を主る」と言われ、特に慢性消耗性疾患、虚労、肺結核、健忘、遺精など、あらゆる難治性の疾患に用いられる伝説的な要穴である 。
  • 現代科学的エビデンスと作用機序: 膏肓は、菱形筋と僧帽筋の間に位置し、肩甲骨内縁の頑固な痛みの治療点として極めて有効である。古典的な「虚労を治す」という効能は、自律神経系や免疫系に対する深いレベルでの調節作用を示唆している。膏肓への刺激は、胸郭の可動性を改善し、呼吸機能を補助するとともに、交感神経幹への影響を介して全身の恒常性を回復させる可能性がある。
  • 臨床応用と配穴:
    • 主要な臨床応用: 難治性の肩甲間部痛、慢性疲労症候群、呼吸器疾患(喘息、肺気腫)、免疫力低下状態。
    • 配穴: 虚労に対しては、気血を補う足三里(ST36)や気海(CV6)と共に施灸する。

BL44 Shéntáng (神堂) – Hall of the Spirit

  • 取穴部位: 第5胸椎棘突起下縁の高さで、後正中線の外方3寸に取る 。
  • 古典的基礎: 心兪(BL15)の外方に位置する。「神」は心に宿る精神活動を、「堂」はそれが集まる広間を意味する。心の背部兪穴の傍らにある「神の殿堂」として、動悸、不眠、不安といった心に関連する症状、特に精神的な側面に作用する。主治は動悸、不眠、喘息、胸痛などである 。
  • 臨床応用と配穴:
    • 主要な臨床応用: 心兪(BL15)の補助穴として、不安感、精神的疲労、不眠症に用いる。
    • 配穴: 心兪(BL15)、内関(PC6)、神門(HT7)と組み合わせて、心神を鎮める作用を強化する。

BL45 Yìxǐ (噫嘻) – “Oh, Yes!”

  • 取穴部位: 第6胸椎棘突起下縁の高さで、後正中線の外方3寸に取る 。
  • 古典的基礎: この経穴を押圧した際に、患者が思わず「ああ、そこだ!」というような感嘆の声(噫嘻)を漏らすことから名付けられたとされる。主治は咳嗽、喘息、肩背部の痛みなどである 。
  • 臨床応用と配穴:
    • 主要な臨床応用: 肩甲間部の圧痛点(阿是穴)として、また肋間神経痛やしゃっくりに用いる。
    • 配穴: 咳嗽や喘息には肺兪(BL13)や膈兪(BL17)と組み合わせて使用する。

BL46 Gēguān (膈関) – Diaphragm Gate

  • 取穴部位: 第7胸椎棘突起下縁の高さで、後正中線の外方3寸に取る 。
  • 古典的基礎: 膈兪(BL17)の外方に位置する。「膈」は横隔膜、「関」は関所を意味し、横隔膜の機能を調整する関門としての役割を示す。主治は嘔吐、しゃっくり、背部痛、食欲不振など、横隔膜や消化器に関連する症状である 。
  • 臨床応用と配穴:
    • 主要な臨床応用: 膈兪(BL17)の補助穴として、胃食道逆流症やしゃっくり、食欲不振に用いる。
    • 配穴: 膈兪(BL17)と組み合わせて横隔膜の痙攣を緩和し、胃の募穴である中脘(CV12)を加えて胃の機能を整える。

BL47 Húnmén (魂門) – Gate of the Ethereal Soul

  • 取穴部位: 第9胸椎棘突起下縁の高さで、後正中線の外方3寸に取る 。
  • 古典的基礎: 肝兪(BL18)の外方に位置する。「魂」は五神の一つで肝に宿るとされる「精神的な魂」を、「門」は扉を意味する。肝の背部兪穴の傍らにある「魂の門」として、肝の疏泄機能や蔵血機能だけでなく、怒り、決断力、計画性といった肝に関連する精神活動を調整する。主治は胸脇痛、嘔吐、下痢などである 。
  • 臨床応用と配穴:
    • 主要な臨床応用: 肝兪(BL18)の補助穴として、ストレスによる消化器症状や、怒りっぽさ、抑うつ感などの精神症状に用いる。
    • 配穴: 肝兪(BL18)と太衝(LR3)と組み合わせて、肝の気血と精神の両面を調整する。

BL48 Yánggāng (陽綱) – Yang’s Guiding Principle

  • 取穴部位: 第10胸椎棘突起下縁の高さで、後正中線の外方3寸に取る 。
  • 古典的基礎: 胆兪(BL19)の外方に位置する。「陽」は陽腑である胆を、「綱」は物事をまとめる大綱を意味する。胆の機能を統括し、補助する経穴であることを示す。主治は腹痛、腸鳴、下痢、黄疸など、胆汁の分泌や排泄に関連する症状である 。
  • 臨床応用と配穴:
    • 主要な臨床応用: 胆兪(BL19)の補助穴として、消化不良や下痢に用いる。
    • 配穴: 胆兪(BL19)や、胆経の合穴である陽陵泉(GB34)と組み合わせて、肝胆の機能を整える。

BL49 Yìshè (意舎) – Residence of Thought

  • 取穴部位: 第11胸椎棘突起下縁の高さで、後正中線の外方3寸に取る 。
  • 古典的基礎: 脾兪(BL20)の外方に位置する。「意」は五神の一つで脾に宿るとされる「思考や記憶」を、「舎」は宿る場所を意味する。脾の背部兪穴の傍らにある「意の宿」として、脾の運化機能だけでなく、思慮過度や記憶力低下といった脾に関連する精神活動を調整する。主治は腹部膨満感、嘔吐、下痢などである 。
  • 臨床応用と配穴:
    • 主要な臨床応用: 脾兪(BL20)の補助穴として、消化不良や食欲不振、また考えすぎによる精神疲労などに用いる。
    • 配穴: 脾兪(BL20)と足三里(ST36)を組み合わせて、脾胃の機能を物質・精神の両面から補う。

BL50 Wèicāng (胃倉) – Stomach Granary

  • 取穴部位: 第12胸椎棘突起下縁の高さで、後正中線の外方3寸に取る 。
  • 古典的基礎: 胃兪(BL21)の外方に位置する。「胃」は胃腑を、「倉」は穀物を貯蔵する蔵を意味する。胃の受納・腐熟機能を補助する経穴であることを示す。主治は腹部膨満感、胃痛、背部痛などである 。
  • 臨床応用と配穴:
    • 主要な臨床応用: 胃兪(BL21)の補助穴として、慢性胃炎や消化不良に用いる。
    • 配穴: 胃兪(BL21)と中脘(CV12)と組み合わせて、胃の機能を調整する。

BL51 Huāngmén (肓門) – Gate to the Vital Region

  • 取穴部位: 第1腰椎棘突起下縁の高さで、後正中線の外方3寸に取る 。
  • 古典的基礎: 三焦兪(BL22)の外方に位置する。「肓」は横隔膜と心臓の間の深部、あるいは腹部の脂膜を指し、生命活動に重要な部位とされる。「門」は扉を意味し、この深部領域への入り口であることを示す。三焦と関連し、腹部の気血や水液の巡りを調整する。主治は腹痛、便秘、乳腺炎などである 。
  • 臨床応用と配穴:
    • 主要な臨床応用: 三焦兪(BL22)の補助穴として、腹部の気滞や水分代謝の異常に用いる。
    • 配穴: 三焦兪(BL22)や、腹部の天枢(ST25)、水分(CV9)と組み合わせて使用する。

BL52 Zhìshì (志室) – Chamber of Will

  • 取穴部位: 第2腰椎棘突起下縁の高さで、後正中線の外方3寸に取る 。
  • 古典的基礎: 腎兪(BL23)の外方に位置する。「志」は五神の一つで腎に宿るとされる「意志力」を、「室」は部屋を意味する。腎の背部兪穴の傍らにある「志の部屋」として、腎の蔵精機能だけでなく、意志力、記憶力、恐怖心といった腎に関連する精神活動を調整する。主治は遺精、インポテンツ、小便不利、腰痛などである 。
  • 現代科学的エビデンスと作用機序: 腎兪と共に、腰方形筋や広背筋の外縁に位置し、体幹の安定に関わる筋群の緊張緩和に有効である。特に「副腎疲労」のようなストレス関連の消耗状態に対して、腎兪と志室を組み合わせることで、視床下部-下垂体-副腎(HPA)系の機能を正常化する効果が期待される。
  • 臨床応用と配穴:
    • 主要な臨床応用: 腎虚を伴う慢性腰痛、副腎疲労、慢性疲労症候群、インポテンツ、精神的消耗 。
    • 配穴: 常に腎兪(BL23)とセットで用いられることが多い。さらに、督脈の命門(GV4)や腹部の関元(CV4)への施灸を併用することで、腎陽を強力に補う。

BL53 Bāohuāng (胞肓) – Bladder’s Membrane

  • 取穴部位: 第2後仙骨孔の高さで、後正中線の外方3寸に取る 。
  • 古典的基礎: 膀胱兪(BL28)の外方に位置する。「胞」は膀胱の古い呼び名、「肓」はそれを支える膜を意味する。膀胱の機能を補助する経穴であることを示す。主治は腸鳴、腹部膨満感、腰痛、排尿困難などである 。
  • 臨床応用と配穴:
    • 主要な臨床応用: 膀胱兪(BL28)の補助穴として、骨盤内臓器疾患や仙腸関節痛に用いる 。
    • 配穴: 膀胱兪(BL28)や次髎(BL32)と組み合わせて、泌尿器系の機能を調整する。

BL54 Zhìbiān (秩辺) – Order’s Border

  • 取穴部位: 第4後仙骨孔の高さで、後正中線の外方3寸に取る 。
  • 古典的基礎: 「秩」は秩序、「辺」は辺縁を意味し、仙骨の辺縁で気血の乱れた秩序を回復させる経穴であることを示す。主治は腰痛、坐骨神経痛、小便不利、痔疾などである 。
  • 現代科学的エビデンスと作用機序: この経穴は梨状筋の直上に位置することが多く、梨状筋の緊張によって坐骨神経が圧迫されて生じる「梨状筋症候群」の治療において極めて重要な治療点である。秩辺への刺鍼は、梨状筋の緊張を直接的に緩和し、坐骨神経への圧迫を解放することで、殿部から下肢にかけての痛みやしびれを軽減する。
  • 臨床応用と配穴:
    • 主要な臨床応用: 梨状筋症候群、坐骨神経痛、仙腸関節障害、痔疾 。
    • 配穴: 坐骨神経痛に対しては、環跳(GB30)、承扶(BL36)、委中(BL40)など、坐骨神経の走行に沿った経穴と組み合わせて使用する。

F. 下肢の経穴(下腿〜足部) (Acupoints of the Lower Limb from the Lower Leg to the Foot: BL55-BL67)

この領域の経穴は、局所的な筋骨格系の症状(こむら返り、アキレス腱炎、足関節痛)に効果的であると同時に、経脈の終点に向かうにつれて、経脈全体の気血を調整し、遠隔部の症状(腰痛、頭痛など)や全身状態に影響を与える強力な治療点としての役割を担う。

BL55 Héyáng (合陽) – Yang Union

  • 取穴部位: 委中(BL40)の直下2寸、腓腹筋の内側頭と外側頭の間に取る 。
  • 古典的基礎: 「合」は合流する、「陽」は陽経を意味し、委中で合流した膀胱経の気がさらに下行する場所であることを示す。古典では、腰痛、下肢の麻痺、疝気(下腹部痛)などに用いられてきた 。
  • 臨床応用と配穴:
    • 主要な臨床応用: こむら返り、坐骨神経痛、下腿後面の痛み。
    • 配穴: 坐骨神経痛に対して、腰部の圧痛点や委中(BL40)、承山(BL57)と組み合わせて使用する。

BL56 Chéngjīn (承筋) – Supporting the Sinews

  • 取穴部位: 合陽(BL55)と承山(BL57)を結ぶ線の中点、腓腹筋が最も隆起した中央部に取る 。
  • 古典的基礎: 「承」は支える、「筋」は筋肉を意味し、腓腹筋を支える中心的な経穴であることを示す。古典では、腰痛、下肢の痙攣(こむら返り)、痔疾などに用いられてきた 。
  • 臨床応用と配穴:
    • 主要な臨床応用: こむら返り、腓腹筋の痛みや疲労。
    • 配穴: 承山(BL57)と共に用いることで、腓腹筋全体の緊張を効果的に緩和する。

BL57 Chéngshān (承山) – Supporting the Mountain

  • 取穴部位: 委中(BL40)と崑崙(BL60)を結ぶ線上、腓腹筋の筋腹の下縁にある陥凹部に取る。つま先立ちをすると、腓腹筋の内側頭と外側頭の間にできる「人」の字の頂点にあたる 。
  • 古典的基礎: 山の形に盛り上がる腓腹筋を「支える」場所にあることから名付けられた。下腿部の痙攣(こむら返り)、アキレス腱の痛み、坐骨神経痛、そして経脈が肛門と連絡することから痔疾の特効穴としても知られる 。
  • 現代科学的エビデンスと作用機序: 承山は、腓腹筋とヒラメ筋のトリガーポイントが好発する部位であり、これらの筋の過緊張を直接的に緩和する 。
    • 神経筋機構: 承山への刺鍼は、筋紡錘やゴルジ腱器官を刺激し、脊髄反射を介して腓腹筋の緊張を弛緩させる。これが、こむら返りに対する即時的な効果のメカニズムである 。
    • 鎮痛機序: 鍼刺激は、局所のAδ線維やC線維といった求心性神経線維を活性化させ、中枢神経系に信号を送り、下行性疼痛抑制系を賦活化して鎮痛効果をもたらす 。
  • 臨床応用と配穴:
    • 主要な臨床応用: こむら返り(腓腹筋痙攣)、アキレス腱炎、坐骨神経痛、痔疾、便秘、レストレスレッグス症候群 。
    • 配穴: 坐骨神経痛には、委中(BL40)、環跳(GB30)、腰部の圧痛点と組み合わせる。痔疾には、百会(GV20)と組み合わせる(昇提作用を利用)。

BL58 Fēiyáng (飛揚) – Flying Upward

  • 取穴部位: 崑崙(BL60)の直上7寸、腓骨の後方に取る 。
  • 古典的基礎: 膀胱経の絡穴(らくけつ)であり、ここから表裏関係にある足の少陰腎経へと連絡する支脈が分岐する。「飛」は速い、「揚」は飛び上がるを意味し、経気がここから腎経へ飛ぶように速く流れていく様子を表している 。絡穴として、膀胱経と腎経の両方に関わる症状、例えば頭痛、めまい、腰痛、痔疾などを治療する。
  • 臨床応用と配穴:
    • 主要な臨床応用: 腎虚を背景に持つ腰痛やめまい、浮腫、膀胱経と腎経のバランス失調。
    • 配穴: 腎経の原穴である太谿(KI3)と組み合わせて、表裏二経の機能を同時に調整する。

BL59 Fūyáng (跗陽) – Instep Yang

  • 取穴部位: 崑崙(BL60)の直上3寸に取る 。
  • 古典的基礎: 奇経八脈の一つである陽蹻脈の郄穴(げきけつ)である。郄穴は急性の痛みに効果があるとされる。古典では、頭痛、腰痛、外果(外くるぶし)の腫れや痛みに用いられてきた 。
  • 臨床応用と配穴:
    • 主要な臨床応用: 急性の腰痛(ぎっくり腰)、足関節捻挫、下肢の麻痺。
    • 配穴: 急性の腰痛に対して、遠隔治療点として用いる。足関節捻挫には、局所の崑崙(BL60)や丘墟(GB40)と組み合わせる。

BL60 Kūnlún (崑崙) – Kunlun Mountains

  • 取穴部位: 外果尖とアキレス腱の間の陥凹部に取る 。
  • 古典的基礎: 膀胱経の経火穴(けいかけつ)である。中国の伝説的な山脈「崑崙山」にちなんで名付けられ、その重要性を示唆している。経火穴として経脈の熱を清する作用を持ち、後頭部痛、項強、腰痛、坐骨神経痛、足関節痛など、膀胱経の走行上にあるあらゆる痛みに効果を発揮する 。また、気を下方に強く引く作用があるため、難産の治療にも用いられる。
  • 現代科学的エビデンスと作用機序: 崑崙への電気鍼(EA)刺激は、強力な抗炎症・鎮痛作用を持つことが基礎研究で示されている。その機序は、炎症と痛みのメディエーターであるCOX-2やNK-1受容体の発現を制御するシグナル伝達経路を抑制することによると考えられている 。また、末梢、脊髄、脳の各レベルで鎮痛に関わる化学物質(エンドルフィン、セロトニンなど)を放出させ、下行性疼痛抑制系を活性化させる 。
  • 臨床応用と配穴:
    • 主要な臨床応用: 後頭部痛、片頭痛、寝違え、腰痛、坐骨神経痛、足関節捻挫。
    • 注意: 気を強く下降させる作用があるため、妊婦には禁忌である 。
    • 配穴: 後頭部痛・項強には、局所の天柱(BL10)、風池(GB20)と組み合わせる遠隔治療点として用いる。

BL61 Púcān (僕参) – Subservient Visitor

  • 取穴部位: 崑崙(BL60)の直下、踵骨外側面、赤白肉際(皮膚の色の境目)に取る 。
  • 古典的基礎: 「僕」はしもべ、「参」は仕えるを意味し、崑崙(BL60)に従属する経穴であることを示す。古典では、下肢の麻痺、足関節痛、てんかんなどに用いられてきた 。
  • 臨床応用と配穴:
    • 主要な臨床応用: 足底筋膜炎、踵の痛み、足関節の不安定性。
    • 配穴: 踵の痛みに対して、腎経の太谿(KI3)や照海(KI6)と組み合わせて使用する。

BL62 Shēnmài (申脈) – Extending Vessel

  • 取穴部位: 外果尖の直下にある陥凹部に取る 。
  • 古典的基礎: 奇経八脈の一つである陽蹻脈(ようきょうみゃく)が合流する八脈交会穴である。「申」は伸びる、「脈」は経脈を意味し、刺鍼すると経脈の流れが良くなり、筋が伸びやかになることから名付けられた 。陽蹻脈は身体の陽側の運動能力や覚醒・睡眠のリズムを司るため、申脈は不眠や過眠、日中のてんかん、めまい、頭痛などに用いられる 。
  • 現代科学的エビデンスと作用機序: 申脈の作用は、陽蹻脈の主治から、視床下部や松果体に存在する概日リズム(サーカディアンリズム)の中枢への調節作用が推測される。申脈への刺激が、睡眠と覚醒に関わる神経伝達物質(セロトニン、メラトニンなど)のバランスを整えることで、睡眠障害を改善する可能性がある。
  • 臨床応用と配穴:
    • 主要な臨床応用: 不眠症(特に寝つきが悪い、目が冴えるタイプ)、日中の過度な眠気、めまい、足関節の内反捻挫。
    • 配穴: 不眠症には、陰蹻脈の会穴である照海(KI6)と組み合わせるのが定番の配穴である。

BL63 Jīnmén (金門) – Golden Gate

  • 取穴部位: 申脈(BL62)の前下方、第5中足骨粗面の後下方にある陥凹部に取る 。
  • 古典的基礎: 膀胱経の郄穴(げきけつ)である。郄穴は急性の痛みに効果があるとされる。「金」は重要、「門」は要衝を意味し、重要な経穴であることを示す。古典では、てんかん、小児のひきつけ、急性の腰痛などに用いられてきた 。
  • 臨床応用と配穴:
    • 主要な臨床応用: 急性の腰痛(ぎっくり腰)、足関節痛、てんかん発作。
    • 配穴: 急性の腰痛に対して、委中(BL40)などと共に遠隔治療点として用いる。

BL64 Jīnggǔ (京骨) – Capital Bone

  • 取穴部位: 第5中足骨粗面の後下方、赤白肉際に取る 。
  • 古典的基礎: 膀胱経の原穴(げんけつ)である。原穴は臓腑の原気が集まる場所であり、その臓腑の根本的な機能を調整する。「京」は大きい、「骨」は骨を意味し、足の外側にある大きな骨(第5中足骨粗面)の下にあることから名付けられた。古典では、頭痛、項強、腰痛など、膀胱経全体の気血を調整する目的で用いられる 。
  • 臨床応用と配穴:
    • 主要な臨床応用: 後頭部痛、膀胱経全体の機能調整、足の外側の痛み。
    • 配穴: 膀胱の募穴である中極(CV3)と組み合わせる「募原配穴」で、膀胱腑の機能を調整する。

BL65 Shùgǔ (束骨) – Bundled Bone

  • 取穴部位: 第5中足指節関節の遠位(足先側)にある陥凹部、赤白肉際に取る 。
  • 古典的基礎: 膀胱経の兪木穴(ゆもくけつ)である。「兪は体、重節痛を主る」とされ、身体の重だるさや関節痛に効果がある。「束」は束ねる、「骨」は骨を意味し、足の指の骨が束ねられたように集まる場所にあることから名付けられた。古典では、頭痛、項強、めまい、てんかんなどに用いられる 。
  • 臨床応用と配穴:
    • 主要な臨床応用: 後頭部痛、背部痛、足の小指の痛み。
    • 配穴: 膀胱経の熱証による頭痛や背部痛に対して、次の滎水穴である足通谷(BL66)と組み合わせて清熱作用を強める。

BL66 Zútōnggǔ (足通谷) – Foot Connecting Valley

  • 取穴部位: 第5中足指節関節の近位(踵側)にある陥凹部、赤白肉際に取る 。
  • 古典的基礎: 膀胱経の滎水穴(えいすいけつ)である。「滎は身熱を主る」とされ、経脈の熱を冷ます作用がある。「通」は通じる、「谷」は谷間を意味し、経気が谷間を通るように流れる場所であることを示す。古典では、頭痛、項強、鼻血など、膀胱経の上部に上がった熱に起因する症状に用いられる 。
  • 臨床応用と配穴:
    • 主要な臨床応用: 膀胱経の熱証(後頭部痛、鼻血など)の鎮静。
    • 配穴: 経脈の熱をさらに強力に瀉すために、井金穴である至陰(BL67)と組み合わせることがある。

BL67 Zhìyīn (至陰) – Reaching Yin

  • 取穴部位: 足の第五趾(小指)外側、爪甲根部外側角の近位0.1寸に取る 。
  • 古典的基礎: 膀胱経の井金穴(せいかなけつ)であり、経脈の終点である。井穴は気の流れを急激に転換させる作用を持つ。至陰は、太陽経(陽)の終点から少陰経(陰)の始点へと気が移行する場所であり、「陰に至る」と名付けられた。その最も有名な効能は胎位不正(骨盤位、さかご)の矯正である 。また、頭頂部痛や眼痛にも用いられる。
  • 現代科学的エビデンスと作用機序: 至陰への灸治療が骨盤位を矯正する効果は、数多くのRCTおよびシステマティックレビューによって裏付けられており、鍼灸治療の中で最も高いエビデンスレベルを持つものの一つである 。その作用機序は、至陰への温熱刺激(灸)が母体のホルモン(胎盤由来のエストロゲンやプロスタグランジンなど)の分泌バランスを変化させ、それが子宮筋の感受性を高めて軽度な収縮を誘発し、胎動を活発にすることで、胎児自身の自己回転を促すと考えられている 。
  • 臨床応用と配穴:
    • 主要な臨床応用: 骨盤位(さかご)の矯正。
    • 治療法: 鍼ではなく、施灸(お灸)を用いる。両側の至陰に、米粒大のもぐさで温和灸を10〜20分程度、または透熱灸を数壮行う。これを1〜2週間、毎日または隔日で継続するのが一般的である。
    • 注意: 専門家の指導のもとで行うことが望ましい。

第三部 統合的考察と高等臨床戦略

3.1 背部兪穴:古典理論と神経解剖学の架け橋

足の太陽膀胱経の第一側線上に並ぶ背部兪穴は、古典的な臓腑理論と現代の神経解剖学を結びつける最も鮮やかな実例を提供する。これらの経穴の臨床的有効性は、単なる経験則ではなく、明確な神経生理学的基盤の上に成り立っている。

古典理論と体性-内臓反射

古典医学では、背部兪穴は対応する臓腑の気が流れ込む「輸送点」であり、ここに現れる圧痛や硬結は内臓の不調を反映し、ここを刺激することで臓腑の機能を直接調整できるとされてきた 。一方、現代生理学には**体性-内臓反射(somato-visceral reflex)**という概念がある。これは、皮膚や筋肉といった体性組織への刺激が、求心性神経を介して脊髄に伝わり、そこから遠心性の自律神経(交感神経・副交感神経)の活動を変化させ、内臓機能に影響を及ぼす反射メカニズムである 。   

神経解剖学的相関

背部兪穴の作用機序は、この体性-内臓反射によって見事に説明できる。各背部兪穴が位置する脊椎レベル(デルマトーム/マイオトーム)は、その兪穴が対応する内臓を支配する交感神経線維が脊髄から出るレベルと、驚くほど高い精度で一致しているのである 。   

例えば、肺の兪穴であるBL13(肺兪)は第3胸椎(T3)レベルにあり、肺や気管支を支配する交感神経は主にT1-T5から出ている。心の兪穴であるBL15(心兪)はT5レベルにあり、心臓を支配する交感神経はT1-T5から出ている。腎の兪穴であるBL23(腎兪)はL2レベルにあり、腎臓を支配する交感神経はT10-L2から出ている。

つまり、肺兪に鍼を刺すという行為は、T3レベルの脊髄分節に求心性の体性神経信号を送り込み、それが脊髄内でシナプスを介してT1-T5レベルの交感神経節前ニューロンの活動を修飾し、結果として気管支の平滑筋の緊張や粘液分泌を調節するという、具体的な神経調節プロセスなのである。この理解は、背部兪穴治療を経験的な「おまじない」から、再現性のある「神経調節療法」へと昇華させる。

以下の表は、主要な背部兪穴とその位置、対応する臓器、そしてその臓器を支配する自律神経の脊髄レベルとの相関をまとめたものである。

表3: 背部兪穴と臓腑・自律神経支配の相関   

背部兪穴椎体レベル対応臓腑主な交感神経支配(脊髄レベル)主な副交感神経支配
BL13 肺兪T3T1-T5迷走神経
BL14 厥陰兪T4心包T1-T5迷走神経
BL15 心兪T5T1-T5迷走神経
BL18 肝兪T9T6-T11迷走神経
BL19 胆兪T10T6-T11迷走神経
BL20 脾兪T11T6-T11迷走神経
BL21 胃兪T12T5-T10迷走神経
BL23 腎兪L2T10-L2迷走神経
BL25 大腸兪L4大腸T10-L2 (上部), S2-S4 (下部)迷走神経 (上部), 骨盤内臓神経 (下部)
BL28 膀胱兪S2膀胱T11-L2骨盤内臓神経 (S2-S4)

Google スプレッドシートにエクスポート

この神経解剖学的な対応関係は、背部兪穴がなぜ内臓疾患に効果的なのかを説明する強力な科学的根拠となる。臨床家は、このモデルを念頭に置くことで、より論理的かつ効果的な治療戦略を構築することができる。

3.2 太陽病から神経免疫学へ

『傷寒論』が記述する太陽病の病態、すなわち悪寒、発熱、身体疼痛といった一連の症状は、現代医学の観点からは、病原体(ウイルスなど)の侵入に対する生体の組織的な防御反応、すなわち自然免疫応答とそれに伴う自律神経系の反応として理解できる 。悪寒は体温を上げるための筋肉の震え(シバリング)であり、発熱は免疫細胞の活性化と病原体の増殖抑制に有利な環境を作るための生理反応である。   

ここで興味深いのは、太陽病における「中風(汗が出る)」と「傷寒(汗が出ない)」の区別である 。これは、発汗を制御する自律神経(交感神経)の反応様式の個体差を反映していると解釈できる。中風は、防御機能(衛気)が比較的弱く、自律神経系の統制が乱れて発汗が止められない状態。一方、傷寒は、強力な寒冷刺激(寒邪)により末梢血管と汗腺が収縮し、発汗が抑制された状態と見なせる。   

この観点から、風門(BL12)や大椎(GV14)といった膀胱経上の経穴への鍼灸治療は、単に「風邪を追い出す」という古典的な表現に留まらず、神経免疫調節療法としての側面を持つ。これらの経穴への刺激は、脊髄を介して自律神経中枢に作用し、過剰な炎症反応(サイトカインストームなど)を抑制し、体温調節や発汗機能を正常化させることで、生体の防御反応を最適化し、病の回復を早め、病邪がより深部(陽明病や少陽病の段階)へ移行するのを防ぐ役割を果たすと考えられる。

3.3 膀胱経の遠隔治療効果の神経基盤

「腰背は委中に求む」という格言に代表されるように、膀胱経は下肢の経穴を用いて腰や頭といった遠隔部位の症状を治療することで知られる。この遠隔効果のメカニズムは、近年の脳科学研究によって、その神経基盤が解明されつつある。

刺激点が痛む部位から離れていても、その効果は中枢神経系を介して発揮される。委中(BL40)や崑崙(BL60)といった下肢の強力な経穴を刺激すると、その求心性信号は脛骨神経や腓骨神経を通り、脊髄を上行して脳へと到達する 。fMRIを用いた研究では、これらの刺激が単に体性感覚野を活性化させるだけでなく、痛みの認知、情動、記憶に関わる広範な脳内ネットワークの活動を動的に変化させることが示されている 。   

特に重要なのが、以下の三つの脳内ネットワークの変調である。

  1. 下行性疼痛抑制系(DPMS): 中脳水道周囲灰白質(PAG)などを起点とし、脊髄後角での痛み信号の伝達を抑制するシステム。鍼刺激はこの系を強力に賦活化する 。   
  2. サリエンス・ネットワーク(SN): どの情報に注意を向けるかを選択するネットワーク。慢性痛患者ではこのネットワークの活動が異常をきたしているが、鍼治療によって正常化されることが示唆されている 。   
  3. デフォルト・モード・ネットワーク(DMN): 安静時に活動するネットワークで、自己認識や内省に関わる。慢性痛はDMNの活動にも影響を与えるが、鍼治療はこれを是正し、痛みへのとらわれを解放する助けとなる 。   

さらに、至陰(BL67)への灸治療が骨盤位を矯正する例は、末梢への刺激がホルモン分泌という全身性の内分泌応答を引き起こすことを明確に示している 。これは、膀胱経の刺激が、神経系を介して内分泌系や免疫系をも含む、より広範な生体調節システムに介入する能力を持つことの証左である。   

結論

足の太陽膀胱経の全67経穴について、その取穴、効能、作用機序を、古典医学の文献と現代の科学的研究の両面から網羅的に調査・分析した。

その結果、以下の点が明らかとなった。

  1. 膀胱経の多機能性: 膀胱経は、単に体表を走行する経脈ではなく、その内経路を介して脳、腎、膀胱と直結し、中枢神経系、自律神経系、泌尿生殖器系、免疫系を統合的に調節する、人体における極めて重要な機能的システムである。古典における「太陽」としての役割、すなわち外界からの防御と全身の陽気の統括という概念は、現代科学の知見によってその多面的な機能性が裏付けられている。
  2. 古典理論の科学的妥当性: 『傷寒論』に記された「太陽病」の概念や、『黄帝内経』に由来する「背部兪穴」の理論は、数千年の臨床経験に裏打ちされた精緻な体系である。そして、これらの理論は、それぞれ神経免疫学や体性-内臓反射といった現代科学の概念と高い相関性を示し、その作用機序が合理的に説明可能であることが示された。特に、背部兪穴と脊髄神経分節支配の一致は、古典の洞察の的確さを物語るものである。
  3. 経穴効能の科学的検証: 睛明(BL1)のドライアイへの効果、至陰(BL67)の骨盤位矯正効果、委中(BL40)の腰痛緩和効果など、多くの膀胱経の経穴の特異的な効能が、質の高いRCTや脳機能イメージング研究によって客観的に証明されつつある。これらの研究は、鍼灸治療の作用機序を解明し、その効果の再現性を高める上で不可欠である。
  4. 統合的アプローチの重要性: 古典理論は「何を」「なぜ」治療するのかという臨床的な羅針盤を提供する一方、現代科学はその作用機序、すなわち「どのように」効くのかを解明する。この両者を統合的に理解することで、臨床家は病態の本質をより深く把握し、治療効果の予測、手技の最適化、そして患者や他の医療専門家への説明能力を飛躍的に向上させることができる。

足の太陽膀胱経は、その広大な走行範囲と深遠な生理機能により、筋骨格系の疼痛から内臓疾患、精神神経症状に至るまで、現代社会が抱える多種多様な健康問題に対応する計り知れないポテンシャルを秘めている。その可能性を最大限に引き出すためには、古典の叡智に敬意を払いながら、科学的な探求を怠らないという統合的な姿勢が、今後の東洋医学に携わるすべての者にとって不可欠である。