序論
足の太陽膀胱経の枢要な役割
東洋医学の経絡学説において、足の太陽膀胱経(以下、膀胱経)は、人体で最も長く、最も多くの経穴(67穴)を有する、極めて重要な経脈である 。その名称にある「太陽」は、六経(太陽、陽明、少陽、太陰、少陰、厥陰)の中で最も外層に位置することを示し、人体の陽気(特に衛気)が最も盛んな領域を主る 。このため、膀胱経は外界の病邪(特に風寒の邪)に対する第一の防御線として機能し、身体の「藩籬(はんれい、垣根)」と称される。
この膀胱経の重要性は、後漢時代に張仲景が著した臨床医学の金字塔『傷寒雑病論』において、その冒頭で「太陽病」が外感性疾患の第一段階として詳述されていることからも明らかである 。太陽病は、悪寒、発熱、頭痛、項強といった、現代でいう感冒の初期症状を呈し、人体と病邪との最初の闘争がこの経脈の領域で繰り広げられることを示している 。したがって、膀胱経の機能を理解し、その経穴を適切に用いることは、急性感染症の初期対応から、その後の病の進展を防ぐ上で不可欠である。
さらに、膀胱経の流注は、内眼角から始まり頭部を覆い、背部を二条の線で下行し、下肢の後面を通り足の小指に終わるという広大な体表面を走行する 。この経路には、各臓腑の気が背部に注ぐとされる「背部兪穴」がすべて含まれており、膀胱経は単なる体表の防御ラインに留まらず、全身の臓腑機能と密接に連携し、それを調節する司令塔としての役割も担っている。
古典の叡智と科学的エビデンスの統合という現代的要請
このページの目的は、この膀胱経の多岐にわたる機能を深く掘り下げ、その全67経穴の効能と作用機序を、古典医学の深遠な知見と現代科学の客観的エビデンスの両側面から包括的に解明することにある。鍼灸医学が現代医療の中でその価値をさらに高めていくためには、『黄帝内経』や『傷寒論』といった古典籍に記された理論体系を尊重しつつも、その作用機序を現代的な言語で説明し、治療効果を客観的に検証することが急務である 。
近年、機能的磁気共鳴画像法(fMRI)や陽電子放出断層撮影(PET)などの脳機能イメージング技術、ランダム化比較試験(RCT)、そして神経生理学や免疫学の進展により、特定の経穴刺激が中枢神経系、自律神経系、内分泌系、免疫系に及ぼす具体的な影響が次々と明らかにされている 。例えば、膀胱経の経穴刺激が、痛みを制御する脳内ネットワークや、内臓機能を調節する自律神経反射に作用することが示されている。本報告書では、これら最先端の科学的研究成果を、古典医学の理論的枠組みの中に位置づけることで、両者の間に橋を架けることを試みる。この統合的アプローチこそが、臨床における治療効果の向上、患者への説明責任の遂行、そして鍼灸医学の学術的地位の確立に不可欠であると確信する。
第一部 足の太陽膀胱経の基礎理論
1.1 経脈の流注(足の太陽膀胱経の走行)
膀胱経の気血が流れる経路を理解することは、その生理機能と病理、そして各経穴の治療作用を把握するための根幹をなす。その経路は、単なる解剖学的な線ではなく、機能的な関連性を示す地図そのものである。『霊枢』経脈篇やWHO/WPRO標準経穴部位の記述を統合すると、その流注は以下の通りである 。
外経路
膀胱経は、目の内眼角にあるBL1(睛明)に起こる 。そこから額を上り、頭頂部(BL7 通天)で督脈と交会する。頭頂部から分かれた支脈は、耳の上角に至る 。
本経は頭頂部から後頭部を下り、項(うなじ)の後ろ(BL10 天柱)に至り、ここで二つの並行する路線に分岐して背部を下降する 。
- 背部第一側線(内側線): 後正中線の外方1.5寸を走行する。ここには、五臓六腑の「背部兪穴」が位置する 。
- 背部第二側線(外側線): 後正中線の外方3.0寸を走行する 。
この二つの路線は、殿部を下り、大腿後側を下降して、膝の裏にある膝窩(BL40 委中)で再び合流する 。そこから下腿後側(腓腹筋部)を下り、外果(外くるぶし)の後方(BL60 崑崙)を通り、足の第五趾(小指)外側の末端にあるBL67(至陰)に到達し、ここで表裏関係にある足の少陰腎経へと連なる 。
内経路
膀胱経の真価は、その広範な内経路にある。
- 頭頂部から入った支脈は、脳に絡む(入絡脳)。
- 背部を下降する主経脈から分かれた支脈は、脊柱の両側の筋肉(傍脊柱筋)を貫いて体腔内に入り、本経が絡む「腎」に到達し、本経が属する「膀胱」を纏う(属膀胱)。
この流注経路は、膀胱経が単に体表を走行するだけでなく、中枢神経系(脳)および泌尿生殖器系(腎・膀胱)と直接的に、機能的に連結していることを示している。この「神経-泌尿生殖器軸」とも言える構造が、膀胱経の多様な治療効果の基盤となっている。頭部の経穴が精神神経症状に、背部の兪穴が内臓疾患に、そして腰部や下肢の経穴が泌尿器系や腰痛に効果を発揮する理由は、この内外を貫く流注経路によって説明される。
1.2 膀胱と表裏をなす腎の生理と病理
膀胱経を理解するためには、その属する腑である「膀胱」と、表裏関係にある臓である「腎」の生理機能と病理を深く把握する必要がある。
膀胱の機能:州都の官
中医学において、膀胱は「州都の官」と称され、津液(体内の正常な水液)が集まり、尿として貯蔵・排泄される場所とされる 。その主な機能は以下の二つである。
- 貯尿(尿を貯蔵する): 腎から送られてきた不要な水分を一時的に貯留する。
- 排尿(尿を排泄する): 一定量が貯まると、体外へ排泄する。
これらの機能は、膀胱自体の力だけでなく、腎の「気化作用」によって制御されている。
腎との表裏関係:気化作用の重要性
膀胱の貯尿・排尿機能は、腎の陽気による「気化作用」に完全に依存している 。気化とは、腎陽(腎の温める力)が膀胱を温め、津液を蒸騰させて清(有用なもの)と濁(不要なもの)に分離し、濁を尿として生成・排泄させる一連のプロセスを指す 。
このため、膀胱の病理は、ほとんどの場合、腎の機能失調に起因する 。
- 腎陽虚: 腎の温める力が不足すると、気化作用が減退し、水液を十分に尿に変えられない、あるいは膀胱の開閉を制御できなくなる。これにより、頻尿、夜間尿、遺尿(おねしょ)、尿失禁、多尿(色が薄く量が多い)などの症状が現れる 。
- 腎陰虚: 腎の潤す力が不足すると、体内に虚熱が生じ、それが膀胱に影響を及ぼす。これにより、尿量が少なく色が濃い、排尿時の灼熱感などの症状が現れることがある。
- 腎気不固: 腎気が衰え、固摂(引き締めて漏れを防ぐ)作用が低下すると、尿意を我慢できない、咳やくしゃみで尿が漏れる(腹圧性尿失禁)などの症状が現れる 。
この古典的なモデルは、膀胱疾患の治療において、単に膀胱に焦点を当てるだけでは不十分であり、その根本原因である腎の機能(特に腎陽や腎気)を調整することが不可欠であることを示唆している。臨床的には、膀胱を直接治療する経穴(例:BL28 膀胱兪)と、腎を補う経穴(例:BL23 腎兪、KI3 太谿)を組み合わせることが、治療効果を高める鍵となる。
1.3 臨床診断における主要な病理パターン
太陽病
太陽病は、外感病の初期段階であり、病邪が体表(太陽経)に侵襲した状態を指す。その核心的な症状は「脈浮、頭項強痛、而して悪寒す」である 。これは、病邪が体表にあるため脈は浮となり、経気の流れが阻害されるために頭痛や項部のこわばりが生じ、正気(防御力)が病邪と闘うために体表に集まることで、相対的に体の内部が冷え、悪寒を感じる状態である 。太陽病は、体質や感受した邪気の性質により、主に二つのタイプに分けられる。
表2: 太陽病における中風と傷寒の鑑別
項目 | 太陽中風 (表虚証) | 太陽傷寒 (表実証) |
病因・病理 | 風邪が主。衛気(防御の気)が弱く、営気(栄養の気)との調和が乱れ(営衛不和)、汗孔が開いて汗が漏れ出る状態。 | 寒邪が主。寒邪が体表を束縛し、汗孔が固く閉ざされ、衛気が鬱滞して発散できない状態。 |
主要症状 | 発熱、悪風(風にあたるのを嫌う)、汗が出る(自汗)、頭痛、項強。 | 発熱、悪寒(強い寒気)、汗が出ない(無汗)、頭痛、項強、身体疼痛。 |
脈象 | 浮緩(浮いていて、やや緩やか) | 浮緊(浮いていて、緊張感がある) |
舌象 | 舌苔は薄白 | 舌苔は薄白 |
治療原則 | 調和営衛、解肌発表(営衛の調和を回復し、筋肉の緊張を解き、邪を汗とともに発散させる) | 辛温解表、発汗散寒(辛味で温性の薬物で体表の邪を解き、汗を出させて寒邪を発散させる) |
代表方剤 | 桂枝湯 (Gui Zhi Tang) | 麻黄湯 (Ma Huang Tang) |
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膀胱湿熱
これは、湿邪と熱邪が結びついて膀胱に溜まった状態であり、現代医学の膀胱炎や尿路感染症に相当することが多い 。
- 病因: 湿気の多い環境、あるいは脂っこいものや甘いもの、アルコールの過剰摂取により体内に湿熱が生じ、それが下焦(下腹部)に流れ込み膀胱に蘊結する 。
- 症状: 頻尿、尿意切迫、排尿時痛、灼熱感、尿の混濁(米のとぎ汁様)、血尿、下腹部の張るような痛み。舌苔は黄膩(黄色くベタベタしている)、脈は滑数(滑らかで速い)。
- 治療原則: 清熱利湿、通淋(熱を冷まし、湿を取り除き、排尿をスムーズにする)。
腎虚による膀胱機能失調
前述の通り、加齢や慢性疾患による腎機能の低下が、膀胱の機能障害を引き起こす 。
- 病因: 加齢、過労、久病などによる腎精・腎気の消耗。
- 症状:
- 腎陽虚: 夜間頻尿、尿失禁、腰や膝のだるさ・冷え、浮腫。
- 腎気不固: 腹圧性尿失禁、残尿感、頻尿。
- 治療原則: 補腎温陽(腎を補い陽気を温める)、固摂縮尿(気を固めて尿が漏れるのを防ぐ)。
これらの弁証を通じて、各経穴の特性に基づいた的確な選穴と補瀉手技を施すことが、膀胱経治療の鍵となる。
第二部 足の太陽膀胱経の経穴に関する包括的な分析
膀胱経に属する67の経穴は、それぞれが独自の特性と治療効果を持つ。以下の表は、臨床における迅速な参照を目的として、各経穴の要点をまとめたものである。続く各論では、一つ一つの経穴について、古典的根拠から最新の科学的知見までを詳述する。
表1: 足の太陽膀胱経の経穴(BL1-BL67)概要
WHOコード | 経穴名 (Pinyin / 日本語) | 要穴分類 | WHO標準取穴部位 (要約) | 古典的要約 (主治) | 現代的研究に基づく主な応用 |
頭顔部 | |||||
BL1 | Jīngmíng / 睛明 | 手足太陽、足陽明、陰蹻、陽蹻脈の会穴 | 内眼角の内上方0.1寸、骨壁との間の陥凹部 | あらゆる眼疾患、視力低下、流涙 | ドライアイ、緑内障、視神経萎縮 |
BL2 | Zǎnzhú / 攅竹 | – | 眉毛内端の陥凹部 | 頭痛、眼痛、顔面神経麻痺、鼻炎 | 前頭部痛、眼精疲労、三叉神経痛 |
BL3 | Méichōng / 眉衝 | – | 攅竹の直上、前髪際に入ること0.5寸 | 頭痛、めまい、鼻閉 | 前頭部痛、めまい |
BL4 | Qūchā / 曲差 | – | 神庭の外1.5寸、前髪際に入ること0.5寸 | 頭痛、鼻閉、眼痛、歯痛 | 前頭洞炎、三叉神経痛 |
BL5 | Wǔchù / 五処 | – | 上星の外1.5寸、前髪際に入ること1寸 | 頭痛、めまい、てんかん | 緊張性頭痛、小児のひきつけ |
BL6 | Chéngguāng / 承光 | – | 五処の後1.5寸、前髪際に入ること2.5寸 | 頭痛、めまい、鼻閉、視力障害 | 片頭痛、視神経炎 |
BL7 | Tōngtiān / 通天 | – | 承光の後1.5寸、前髪際に入ること4寸 | 頭痛、めまい、鼻閉、鼻血 | 鼻炎、副鼻腔炎、嗅覚障害 |
BL8 | Luòquè / 絡却 | – | 通天の後1.5寸、前髪際に入ること5.5寸 | めまい、耳鳴り、後頭部痛 | メニエール病、高血圧 |
BL9 | Yùzhěn / 玉枕 | – | 脳戸の外1.3寸、外後頭隆起上縁の高さ | 後頭部痛、眼痛、鼻閉 | 後頭神経痛、項部硬直 |
BL10 | Tiānzhù / 天柱 | – | 瘂門の外1.3寸、僧帽筋外縁の陥凹部 | 後頭部痛、項強、肩こり、寝違え | 緊張性頭痛、頸椎症、自律神経失調 |
背部第一側線 | |||||
BL11 | Dàzhù / 大杼 | 骨会、手足太陽の会穴 | 第1胸椎棘突起下縁の外1.5寸 | 骨病、関節痛、項強、感冒 | 関節炎、骨粗鬆症、上気道感染症 |
BL12 | Fēngmén / 風門 | – | 第2胸椎棘突起下縁の外1.5寸 | 感冒、咳嗽、発熱、頭痛、項強 | 感冒、インフルエンザ、アレルギー性鼻炎 |
BL13 | Fèishū / 肺兪 | 肺の背部兪穴 | 第3胸椎棘突起下縁の外1.5寸 | 咳嗽、喘息、胸痛、呼吸器疾患全般 | 気管支炎、喘息、COPD、皮膚疾患 |
BL14 | Juéyīnshū / 厥陰兪 | 心包の背部兪穴 | 第4胸椎棘突起下縁の外1.5寸 | 心痛、動悸、胸悶、嘔吐 | 狭心症様症状、肋間神経痛、精神不安 |
BL15 | Xīnshū / 心兪 | 心の背部兪穴 | 第5胸椎棘突起下縁の外1.5寸 | 心痛、動悸、不眠、健忘、てんかん | 不整脈、不安障害、うつ病 |
BL16 | Dūshū / 督兪 | – | 第6胸椎棘突起下縁の外1.5寸 | 心痛、腹痛、しゃっくり | 胃痙攣、皮膚のかゆみ |
BL17 | Géshū / 膈兪 | 血会 | 第7胸椎棘突起下縁の外1.5寸 | 嘔吐、しゃっくり、血証(吐血、血便) | 貧血、出血性疾患、胃食道逆流症 |
BL18 | Gānshū / 肝兪 | 肝の背部兪穴 | 第9胸椎棘突起下縁の外1.5寸 | 脇痛、黄疸、眼疾患、精神疾患 | 肝炎、胆嚢炎、うつ病、眼精疲労 |
BL19 | Dǎnshū / 胆兪 | 胆の背部兪穴 | 第10胸椎棘突起下縁の外1.5寸 | 黄疸、口苦、脇痛、不眠 | 胆石症、胆嚢炎、片頭痛 |
BL20 | Píshū / 脾兪 | 脾の背部兪穴 | 第11胸椎棘突起下縁の外1.5寸 | 腹張、下痢、消化不良、倦怠感 | 慢性胃炎、過敏性腸症候群、食欲不振 |
BL21 | Wèishū / 胃兪 | 胃の背部兪穴 | 第12胸椎棘突起下縁の外1.5寸 | 胃痛、嘔吐、腹張、消化不良 | 胃潰瘍、胃下垂、機能性ディスペプシア |
BL22 | Sānjiāoshū / 三焦兪 | 三焦の背部兪穴 | 第1腰椎棘突起下縁の外1.5寸 | 腹張、腸鳴、下痢、浮腫 | 水分代謝異常、腹水、ネフローゼ症候群 |
BL23 | Shènshū / 腎兪 | 腎の背部兪穴 | 第2腰椎棘突起下縁の外1.5寸 | 腰痛、遺精、インポテンツ、月経不順、耳鳴り | 慢性腰痛、泌尿器疾患、不妊症、更年期障害 |
BL24 | Qìhǎishū / 気海兪 | – | 第3腰椎棘突起下縁の外1.5寸 | 腰痛、痔疾、月経痛 | 腰痛、坐骨神経痛 |
BL25 | Dàchángshū / 大腸兪 | 大腸の背部兪穴 | 第4腰椎棘突起下縁の外1.5寸 | 腰痛、下痢、便秘、腹張 | 過敏性腸症候群、慢性便秘、坐骨神経痛 |
BL26 | Guānyuánshū / 関元兪 | – | 第5腰椎棘突起下縁の外1.5寸 | 腰痛、腹張、下痢、小便不利 | 慢性腰痛、糖尿病 |
BL27 | Xiǎochángshū / 小腸兪 | 小腸の背部兪穴 | 第1後仙骨孔の高さ、後正中線の外1.5寸 | 下腹痛、遺精、血尿、下痢 | 骨盤内炎症性疾患、クローン病 |
BL28 | Pángguāngshū / 膀胱兪 | 膀胱の背部兪穴 | 第2後仙骨孔の高さ、後正中線の外1.5寸 | 小便不利、遺尿、頻尿、腰痛 | 過活動膀胱、膀胱炎、前立腺肥大症 |
BL29 | Zhōnglǚshū / 中膂兪 | – | 第3後仙骨孔の高さ、後正中線の外1.5寸 | 疝気、下痢、腰痛 | 仙腸関節痛、坐骨神経痛 |
BL30 | Báihuánshū / 白環兪 | – | 第4後仙骨孔の高さ、後正中線の外1.5寸 | 疝気、遺精、帯下、腰痛 | 骨盤内うっ血、痔疾 |
仙骨部 | |||||
BL31 | Shàngliáo / 上髎 | – | 第1後仙骨孔の中 | 月経不順、帯下、小便不利、腰痛 | 婦人科疾患、泌尿器疾患、坐骨神経痛 |
BL32 | Cìliáo / 次髎 | – | 第2後仙骨孔の中 | 月経不順、ヘルニア、腰痛 | 痛経、不妊症、骨盤痛、分娩誘発 |
BL33 | Zhōngliáo / 中髎 | – | 第3後仙骨孔の中 | 便秘、帯下、腰痛 | 仙腸関節痛、便秘 |
BL34 | Xiàliáo / 下髎 | – | 第4後仙骨孔の中 | 下腹痛、便秘、小便不利、腰痛 | 骨盤底筋群の機能不全、排尿障害 |
BL35 | Huìyáng / 会陽 | – | 尾骨先端の外方0.5寸 | 痔疾、インポテンツ、下痢 | 痔核、肛門掻痒症、会陰部痛 |
背部第二側線 | |||||
BL41 | Fùfēn / 附分 | 手足太陽の会穴 | 第2胸椎棘突起下縁の外3寸 | 肩背部のこわばり、項強 | 肩甲間部痛、菱形筋のトリガーポイント |
BL42 | Pòhù / 魄戸 | – | 第3胸椎棘突起下縁の外3寸 | 咳嗽、喘息、肺結核、項強 | 肺兪の補助穴、悲しみや憂いに関連する症状 |
BL43 | Gāohuāng / 膏肓 | – | 第4胸椎棘突起下縁の外3寸 | 虚労、肺結核、健忘、遺精 | 慢性消耗性疾患、難治性の肩甲間部痛 |
BL44 | Shéntáng / 神堂 | – | 第5胸椎棘突起下縁の外3寸 | 動悸、不眠、喘息、胸痛 | 心兪の補助穴、不安、精神的な疲労 |
BL45 | Yìxǐ / 噫嘻 | – | 第6胸椎棘突起下縁の外3寸 | 咳嗽、喘息、肩背痛 | 肋間神経痛、しゃっくり |
BL46 | Gégūan / 膈関 | – | 第7胸椎棘突起下縁の外3寸 | 嘔吐、しゃっくり、背部痛 | 胃食道逆流症、食欲不振 |
BL47 | Húnmén / 魂門 | – | 第9胸椎棘突起下縁の外3寸 | 胸脇痛、嘔吐、下痢 | 肝兪の補助穴、怒りや決断力に関連する症状 |
BL48 | Yánggāng / 陽綱 | – | 第10胸椎棘突起下縁の外3寸 | 腹痛、腸鳴、下痢、黄疸 | 胆兪の補助穴、消化不良 |
BL49 | Yìshè / 意舎 | – | 第11胸椎棘突起下縁の外3寸 | 腹張、嘔吐、下痢 | 脾兪の補助穴、思考や記憶に関連する症状 |
BL50 | Wèicāng / 胃倉 | – | 第12胸椎棘突起下縁の外3寸 | 腹張、胃痛、背部痛 | 胃兪の補助穴、慢性胃炎 |
BL51 | Huāngmén / 肓門 | – | 第1腰椎棘突起下縁の外3寸 | 腹痛、便秘、乳腺炎 | 三焦兪の補助穴 |
BL52 | Zhìshì / 志室 | – | 第2腰椎棘突起下縁の外3寸 | 遺精、インポテンツ、小便不利、腰痛 | 腎兪の補助穴、副腎疲労、意志力低下 |
BL53 | Bāohuāng / 胞肓 | – | 第2後仙骨孔の高さ、後正中線の外3寸 | 腸鳴、腹張、腰痛 | 膀胱兪の補助穴、骨盤内臓器疾患 |
BL54 | Zhìbiān / 秩辺 | – | 第4後仙骨孔の高さ、後正中線の外3寸 | 腰痛、坐骨神経痛、小便不利、痔疾 | 梨状筋症候群、仙腸関節障害 |
下肢 | |||||
BL36 | Chéngfú / 承扶 | – | 殿溝の中央 | 腰痛、坐骨神経痛、痔疾 | 坐骨神経痛、ハムストリングスの肉離れ |
BL37 | Yīnmén / 殷門 | – | 承扶と委中を結ぶ線上、承扶の下6寸 | 腰痛、大腿部の痛み | 坐骨神経痛、大腿後面の筋緊張 |
BL38 | Fúxì / 浮郄 | – | 委中の上1寸、大腿二頭筋腱の内側 | 膀胱炎、便秘、下肢の麻痺 | 膝窩部痛、腓骨神経麻痺 |
BL39 | Wěiyáng / 委陽 | 三焦の下合穴 | 委中の外側、大腿二頭筋腱の内縁 | 腹満、小便不利、腰痛 | 膝関節外側痛、泌尿器疾患 |
BL40 | Wěizhōng / 委中 | 合土穴 | 膝窩横紋の中央、膝窩動脈拍動部 | 腰痛、坐骨神経痛、下肢の麻痺、皮膚病 | 急性腰痛、坐骨神経痛、膝関節炎 |
BL55 | Héyáng / 合陽 | – | 委中の直下2寸、腓腹筋内外側頭の間 | 腰痛、下肢の麻痺、疝気 | こむら返り、坐骨神経痛 |
BL56 | Chéngjīn / 承筋 | – | 合陽と承山を結ぶ線の中点 | 腰痛、下肢の痙攣、痔疾 | こむら返り、腓腹筋の痛み |
BL57 | Chéngshān / 承山 | – | 委中と崑崙を結ぶ線上、腓腹筋下縁の陥凹部 | 腰痛、下肢の痙攣、痔疾、便秘 | こむら返り、アキレス腱炎、坐骨神経痛 |
BL58 | Fēiyáng / 飛揚 | 絡穴 | 崑崙の直上7寸、腓骨の後方 | 頭痛、めまい、腰痛、痔疾 | 腎経との連絡を強化、浮腫 |
BL59 | Fūyáng / 跗陽 | 陽蹻脈の郄穴 | 崑崙の直上3寸 | 頭痛、腰痛、外果腫痛 | 急性の腰痛、足関節捻挫 |
BL60 | Kūnlún / 崑崙 | 経火穴 | 外果尖とアキレス腱の間の陥凹部 | 後頭部痛、項強、腰痛、足関節痛、難産 | 片頭痛、坐骨神経痛、足関節捻挫 |
BL61 | Púcān / 僕参 | – | 崑崙の直下、踵骨外側面、赤白肉際 | 下肢の麻痺、足関節痛、てんかん | 足底筋膜炎、踵の痛み |
BL62 | Shēnmài / 申脈 | 陽蹻脈の会穴 | 外果尖の直下、陥凹部 | 頭痛、めまい、不眠、てんかん | 不眠症、日中の眠気、足関節捻挫 |
BL63 | Jīnmén / 金門 | 郄穴 | 申脈の前下方、第5中足骨粗面の後下方 | てんかん、小児のひきつけ、腰痛 | 急性の腰痛、足関節痛 |
BL64 | Jīnggǔ / 京骨 | 原穴 | 第5中足骨粗面の後下方、赤白肉際 | 頭痛、項強、腰痛 | 膀胱経全体の気血を調整、後頭部痛 |
BL65 | Shùgǔ / 束骨 | 兪木穴 | 第5中足指節関節の遠位、陥凹部 | 頭痛、項強、めまい、てんかん | 後頭部痛、背部痛 |
BL66 | Zútōnggǔ / 足通谷 | 滎水穴 | 第5中足指節関節の近位、陥凹部 | 頭痛、項強、鼻血 | 膀胱経の熱を清する |
BL67 | Zhìyīn / 至陰 | 井金穴 | 第5趾外側、爪甲根部外側角の近位0.1寸 | 頭痛、眼痛、鼻閉、胎位不正 | 胎位不正の矯正(灸)、頭頂部痛 |
A. 頭顔部の経穴 (Acupoints of the Head and Face: BL1-BL10)
この領域の経穴は、膀胱経の起始部であり、眼、鼻、脳といった重要な器官に近接している。局所的な症状(眼疾患、鼻炎、頭痛)に加え、経脈の内経路が脳に連絡することから、精神神経系の疾患にも応用される。
2.1 BL1 Jīngmíng (睛明) – Bright Eyes
- 取穴部位: 内眼角の内上方0.1寸、眼窩骨壁との間の陥凹部に取る 。
- 古典的基礎: BL1 睛明は、膀胱経の起始点であり、手の太陽小腸経、足の陽明胃経、そして奇経八脈の陰蹻脈・陽蹻脈が交会する極めて重要な経穴である。その名称は「睛(ひとみ)を明(あきら)かにする」という意味を持ち、古来よりあらゆる眼疾患の要穴とされてきた 。『鍼灸甲乙経』では、視力低下、流涙、目の赤みや痒みなど、広範な眼症状に対する主治が記載されている 。
- 現代科学的エビデンスと作用機序: 睛明は、現代の臨床研究において最もエビデンスが蓄積されている眼科領域の経穴の一つである。特に中等度から重度のドライアイ(DED)に対する効果が注目されている。複数のランダム化比較試験(RCT)において、睛明への単穴刺鍼が、人工涙液の点眼と比較して、涙液分泌量(シルマーテスト値)を有意に増加させ、眼の乾燥感や痛みといった自覚症状を改善することが示されている 。
- Li, J., Wang, Y., Li, Y., Ding, L., Zhao, Y., Li, Y., Du, S., Liu, S., Wu, H., Wu, H., Zhang, Y., Liu, Y., Zhao, H., & Liang, F. (2022). Effectiveness of acupuncture at acupoint BL1 (Jingming) in comparison with artificial tears for moderate to severe dry eye disease: A randomized controlled trial. Trials, 23(1), 625. https://doi.org/10.1186/s13063-022-06486-4 → 要約
- 神経調節: 睛明への刺激は、眼窩周囲の三叉神経(眼神経)の枝を介して脳幹にある涙液分泌中枢に信号を送り、副交感神経を介して涙腺からの涙液分泌を反射的に促進する。
- 血流改善: 鍼刺激は、眼動脈やその分枝の血流を増加させ、眼球およびその付属器への栄養供給を改善する。これは、視神経萎縮や網膜疾患に対する治療効果の基盤となりうる 。
- 中枢作用: fMRI研究はまだ限定的だが、眼疾患治療に用いられる経穴(例:GB20)への刺激が視覚野(後頭葉)の活動を変化させることが知られており、睛明も同様に視覚情報処理に関わる中枢神経系ネットワークを調節する可能性が示唆されている 。
- 臨床応用と配穴
- 主要な臨床応用: ドライアイ、眼精疲労、初期の白内障・緑内障、視神経萎縮、アレルギー性結膜炎など、ほぼ全ての眼疾患。
- 注意: 眼球に近接するため、刺鍼には高度な技術と解剖学的知識が要求される。眼球を避け、眼窩壁に沿ってゆっくりと刺入する必要がある。
- 配穴:
- ドライアイ・眼精疲労: 肝血を補い眼を滋養するため、足の厥陰肝経のLR3(太衝)や背部兪穴のBL18(肝兪)と組み合わせる。
- 視力低下: 視力に関わる奇穴である球後や、足の少陽胆経のGB37(光明)と配穴する。
2.2 BL2 Zǎnzhú (攅竹) – Gathered Bamboo
- 取穴部位: 眉毛の内側端、陥凹部に取る 。
- 古典的基礎: 「攅」は集まる、「竹」は眉毛の形が竹の葉に似ていることを意味し、眉毛が集まる場所にあることから名付けられた 。古典では、前頭部の頭痛、眼痛、顔面神経麻痺、鼻炎、三叉神経痛などに用いられてきた 。
- 現代科学的エビデンスと作用機序: 攅竹は、頭痛や美容鍼の臨床研究プロトコルに頻繁に含まれる 。作用機序として、この部位は前頭筋、皺眉筋、眼輪筋が交錯し、顔面神経と三叉神経(眼窩上神経)が密に分布する。攅竹への刺激は、前頭部痛に関与する三叉神経からの求心性信号と、顔面神経麻痺に関わる顔面神経の運動制御の両方を直接的に調節することができる。これらの筋群の過緊張を直接的に緩和し、局所の血流を改善する。
- 頭痛に対する作用は、三叉神経-頸髄複合体(Trigemino-cervical complex: TCC)における神経収束によって説明される。TCCは上部頸髄に存在する神経核群であり、三叉神経からの求心性入力と上部頸神経(C1-C3)からの求心性入力が同じ二次ニューロンに収束する場所である。このため、BL2を刺激して眼窩上神経からの入力を調節することは、三叉神経由来の痛みだけでなく、頸部由来の関連痛にも影響を及ぼしうる。三叉神経への刺激は、ゲートコントロールセオリーを介して痛みの伝達を抑制し、鎮痛効果を発揮する 。
- ベル麻痺の症例報告では、眼輪筋を支配する顔面神経側頭枝上の経穴としてBL2が選択され、特に兎眼(眼瞼閉鎖不全)の治療を目的として用いられたことが明記されている。
- ベル麻痺の予後を検討した研究では、BL2(攅竹)とGB14(陽白)のペアを電気鍼で刺激した際の筋の電気的興奮性が、予後の独立した予測因子であることが示され、顔面神経機能との直接的な関連が裏付けられた。
- 臨床応用と配穴
- 主要な臨床応用: 前頭部痛、眼精疲労、副鼻腔炎(眉間部の圧迫感)、顔面神経麻痺、眼瞼下垂。
- 配穴:
- 前頭部痛・眼精疲労: 奇穴の印堂、足の陽明胃経のST8(頭維)、手の陽明大腸経のLI4(合谷)と組み合わせる。
- 副鼻腔炎: LI20(迎香)と組み合わせて鼻の通りを改善する。
BL3 Méichōng (眉衝) – Eyebrow Ascension
- 取穴部位: 攅竹(BL2)の直上、前髪際に入ること0.5寸、神庭(GV24)と曲差(BL4)の中間に取る 。
- 古典的基礎: 「眉」は眉頭を、「衝」は突き上げる、あるいは要衝を意味します。眉頭からまっすぐ上にあり、前頭筋の収縮による動きが感じられる部位であることから名付けられました 。古典では、頭痛、めまい、鼻閉、眼痛など、主に頭顔部の症状に用いられてきました 。
- 現代科学的エビデンスと作用機序: この経穴は前頭筋の上に位置し、その運動は顔面神経に、知覚は三叉神経の枝である眼窩上神経に支配されている 。眉衝への刺激は、前頭筋の緊張を直接的に緩和し、特に眉をひそめる癖や精神的緊張からくる前頭部の痛みに有効である。また、眼窩上神経を介して、関連する領域の痛みを調節する効果が期待できる。
- BL3からBL9への刺激に対する頭痛の鎮痛効果は、三叉神経-頸髄複合体(TCC)における求心性入力の収束によって説明される。TCCの存在により、頭蓋内の硬膜などから生じる疼痛情報(頭痛の源)は、頭皮の特定の皮膚領域に関連痛として現れる。BL3からBL9への刺激は、この収束システムへの求心性入力を効果的に調節するため、前頭部痛(三叉神経性)から後頭部痛(後頭神経性)まで、広範な頭痛に対応可能な神経生理学的基盤を持つ。
- 臨床応用と配穴
- 主要な臨床応用: 前頭部痛、めまい、鼻閉。
- 配穴:
- 前頭部痛: 局所の攅竹(BL2)、印堂(EX-HN3)と組み合わせることで、前頭部全体の緊張を緩和します。
- 鼻閉: 鼻の局所穴である迎香(LI20)と組み合わせ、鼻腔への気血の流れを促進します。
BL4 Qūchā (曲差) – Deviating Turn
- 取穴部位: 神庭(GV24)の外方1.5寸、前髪際に入ること0.5寸に取る 。
- 古典的基礎: 「曲」は経脈がここでカーブすることを、「差」は督脈から離れることを意味し、膀胱経の走行が頭部で折れ曲がり、正中線からずれる様子を表している 。古典では、頭痛、鼻閉、眼痛、歯痛など、三叉神経領域に関連する症状に用いられてきた 。
- 現代科学的エビデンスと作用機序: 解剖学的に前頭洞の直上に位置するため、前頭洞炎に伴う眉間から前額部にかけての重圧感や痛みの治療に重要な経穴である。刺激は眼窩上神経(三叉神経第一枝)に伝わり、神経調節を介して痛みを緩和する 。また、前頭筋の緊張を和らげることで、緊張型頭痛にも効果を示す。
- 臨床応用と配穴
- 主要な臨床応用: 前頭洞炎、三叉神経痛(第一枝領域)、片頭痛、鼻炎。
- 配穴:
- 前頭洞炎: 印堂(EX-HN3)、合谷(LI4)、迎香(LI20)と組み合わせ、炎症と鼻閉を改善する。
- 三叉神経痛: 局所の圧痛点や、痛みを鎮める作用の強い合谷(LI4)と配穴する。
BL5 Wǔchù (五処) – Fifth Place
- 取穴部位: 上星(GV23)の外方1.5寸、前髪際に入ること1寸に取る 。
- 古典的基礎: 膀胱経の頭部における5番目の経穴であることから「五処」と名付けられた 。古典では、頭痛、めまい、てんかん(癲癇)などに用いられ、特に脳の機能に関連する症状への効果が示唆されている 。
- 現代科学的エビデンスと作用機序: この経穴は前頭筋から帽状腱膜へ移行する部位にあり、頭皮全体の緊張緩和に寄与する 。てんかんへの言及は、大脳皮質、特に前頭葉の異常な電気的興奮に対する何らかの調節作用を示唆するものであるが、これを裏付ける現代科学的エビデンスはまだ限定的である。臨床的には、緊張性頭痛や、古典的な応用に倣って小児のひきつけなどに用いられることがある。
- 臨床応用と配穴
- 主要な臨床応用: 緊張性頭痛、めまい、小児のひきつけ(古典的応用)。
- 配穴:
- 頭痛・めまい: 頭頂部の百会(GV20)や四神聡(EX-HN1)と組み合わせ、頭部の気血循環を改善する。
BL6 Chéngguāng (承光) – Light Guard
- 取穴部位: 五処(BL5)の後方1.5寸、前髪際に入ること2.5寸に取る 。
- 古典的基礎: 「承」は受け入れる、「光」は光明を意味し、この経穴が天からの光を受け、眼の疾患を治療する力を持つことを示唆している 。主治は頭痛、めまい、鼻閉に加え、古典的に「目眩(めまい)」や視力障害が挙げられており、視覚機能との関連が深い経穴である 。
- 現代科学的エビデンスと作用機序: この経穴は帽状腱膜の上にあり、知覚は眼窩上神経に支配されている 。帽状腱膜の緊張は、頭部全体を締め付けるような緊張型頭痛や片頭痛の原因となる。承光への刺激は、この緊張を緩和することで頭痛を軽減する。視覚への作用は、刺激が神経路を介して後頭葉にある視覚野の機能に間接的に影響を与える可能性や、頭部の血流改善が眼精疲労を軽減することによると考えられる。
- 臨床応用と配穴
- 主要な臨床応用: 片頭痛、緊張性頭痛、視神経炎(補助的に)、鼻閉。
- 配穴:
- 片頭痛: 側頭部の太陽(EX-HN5)や胆経の風池(GB20)と組み合わせる。
- 眼疾患: 眼科領域の要穴である睛明(BL1)、光明(GB37)と配穴する。
BL7 Tōngtiān (通天) – Celestial Connection
- 取穴部位: 承光(BL6)の後方1.5寸、前髪際に入ること4寸に取る 。
- 古典的基礎: 「通」は通じる、「天」は頭頂部を指し、この経穴が頭頂部、ひいては脳に通じる重要な場所であることを意味する 。古典では頭痛やめまいに加え、鼻閉、鼻血、嗅覚障害など、鼻の疾患に対する効能が特に強調されている 。
- 現代科学的エビデンスと作用機序: この経穴は帽状腱膜上にあり、知覚は眼窩上神経と大後頭神経の吻合枝に支配されている 。鼻疾患への効果は、三叉神経を介した反射機序によると考えられる。鼻粘膜の知覚は三叉神経によって支配されており、通天への刺激が同じ三叉神経の支配領域に作用し、鼻腔内の血管収縮や分泌を調節し、炎症を抑制することで、鼻炎や副鼻腔炎の症状を緩和する可能性がある 。
- 臨床応用と配穴
- 主要な臨床応用: アレルギー性鼻炎、慢性副鼻腔炎、嗅覚障害、頭頂部痛。
- 配穴:
- 鼻疾患: 鼻の局所穴である迎香(LI20)、眉間の印堂(EX-HN3)、頭頂の上星(GV23)と組み合わせることで、鼻の通りを改善する効果が高まる。
BL8 Luòquè (絡却) – Declining Connection
- 取穴部位: 通天(BL7)の後方1.5寸、前髪際に入ること5.5寸に取る 。
- 古典的基礎: 「絡」は連絡する、「却」は戻るを意味する。古典的な解釈では、膀胱経の経脈がこの場所から分かれて脳に「絡」み、再び体表に戻ってくる場所とされている 。このため、脳機能と密接に関連し、めまい、耳鳴り、後頭部痛、精神症状などに用いられてきた 。
- 現代科学的エビデンスと作用機序: この経穴は帽状腱膜上にあり、知覚神経は大後頭神経に支配されている 。大後頭神経は、後頭部痛や一部のめまいの原因となることが知られており、絡却への刺激はこの神経の興奮を鎮めることで症状を緩和する。また、脳への血流を調節する椎骨脳底動脈系への間接的な影響も示唆されており、メニエール病や高血圧に伴うめまいなどへの応用も考えられる。
- 臨床応用と配穴
- 主要な臨床応用: めまい、耳鳴り、高血圧、後頭部痛、精神不安。
- 配穴:
- めまい・耳鳴り: 胆経の風池(GB20)、三焦経の翳風(TE17)、肝経の太衝(LR3)と組み合わせ、頭部の気血と自律神経のバランスを整える。
BL9 Yùzhěn (玉枕) – Jade Pillow
- 取穴部位: 脳戸(GV17)の外方1.3寸、外後頭隆起上縁の高さに取る 。
- 古典的基礎: 「玉枕」とは後頭骨(特に外後頭隆起)の古い呼び名であり、この骨の上にある重要な経穴であることを示す 。後頭部痛、項強、眼痛、鼻閉など、後頭部から顔面にかけての症状に用いられてきた 。
- 現代科学的エビデンスと作用機序: この経穴は後頭筋の上にあり、深層には頭半棘筋などの後頭下筋群が存在する。これらの筋群の持続的な緊張は、その間を走行する大後頭神経を絞扼し、後頭部から頭頂部、時には眼の奥にまで放散する「後頭神経痛」を引き起こす 。玉枕への刺鍼は、これらの筋緊張を直接的に緩和し、大後頭神経への圧迫を解放することで、痛みを根本から治療する効果がある 。また、後頭部の筋緊張は眼精疲労とも密接に関連しているため、眼痛の緩和にも繋がる。
- 臨床応用と配穴
- 主要な臨床応用: 後頭神経痛、緊張性頭痛、項部硬直、眼精疲労。
- 配穴:
- 後頭部の痛みとこり: 隣接する天柱(BL10)や風池(GB20)と組み合わせることで、後頭下筋群全体を効果的に弛緩させ、治療効果を高める。
- 眼精疲労を伴う頭痛: 睛明(BL1)や太陽(EX-HN5)といった眼の周囲の経穴と組み合わせる。
2.10 BL10 Tiānzhù (天柱) – Celestial Pillar
- 取穴部位: 後頭部、瘂門(GV15)の外方1.3寸、僧帽筋の外縁にある陥凹部に取る 。
- 古典的基礎: 「天」は頭部を、「柱」は頸椎を指し、頭部を支える柱のような重要な場所であることから名付けられた 。後頭部痛、項強、肩こり、寝違えなど、頸肩部の症状に対する第一選択穴の一つである。
- 現代科学的エビデンスと作用機序: 天柱は、緊張型頭痛や「スマホ首(ストレートネック)」に伴う頸肩部痛に対する治療において、極めて重要な経穴である 。
ある慢性非特異的頸部痛に対するRCTのプロトコルでは、BL10(天柱)が主要な治療点として明記されている。このプロトコルに基づいて実施された後の試験では、BL10などへの鍼治療(伝統鍼・レーザー鍼)がプラセボと比較して即時的な疼痛緩和に有意に優れていたことが確認された。- Peron, R., Rampazo, É. P., & Liebano, R. E. (2022). Traditional acupuncture and laser acupuncture in chronic nonspecific neck pain: Study protocol for a randomized controlled trial. Trials, 23(1), 408. https://doi.org/10.1186/s13063-022-06349-Y → 要約
- Peron, R., Nuernberg Back, C. G., Rampazo, É. P., Branco, M., Ferraresi, C., & Liebano, R. E. (2024). Immediate effects of traditional and laser acupuncture in chronic non-specific neck pain: a randomized controlled clinical trial. Lasers in Medical Science, 39(1), 291. https://doi.org/10.1007/s10103-024-04235-4 → 要約
- 日本の臨床報告では、BL10が大後頭神経(GON)の神経幹の体表投影部に位置し、この部へのブロック注射が三叉神経-頸髄複合体に治療効果を及ぼし、多様な頭痛を緩和すると述べている。
- 頸部痛に対するCochraneレビューでは、研究間の異質性は高いものの、鍼治療が慢性頸部痛に対してプラセボ治療よりも優れた短期的な鎮痛効果をもたらすことが示された。これらの研究の多くでBL10が使用されている。
- 大後頭神経(GON)の調節: BL10の主要な作用機序は、大後頭神経の直接的な調節にある。GONは後頭神経痛の発生源であり、頸原性頭痛の主要な伝達路である。BL10への刺鍼はGONの求心性線維を刺激し、脊髄レベルでのゲートコントロール機構を介して疼痛伝達を抑制するとともに、下行性疼痛抑制系を活性化させる。
- 筋緊張の緩和: 天柱は、頭半棘筋、頭板状筋、僧帽筋上部線維といった、頭部の姿勢保持に重要な筋群の直上に位置する。これらの筋は、不良姿勢(前方頭位など)により持続的に緊張しやすく、トリガーポイントが形成されやすい。天柱への刺鍼は、これらの筋の緊張を直接的に緩和し、局所の血流を改善することで、発痛物質を洗い流す 。
- 三叉神経-頸髄複合体(TCC)の調節: BL10への大後頭神経への刺激は、三叉神経-頸髄複合体に直接入力される。これは、後頭部痛だけでなく、眼窩や側頭部といった三叉神経支配領域への関連痛に対してもBL10が有効である理由を説明する。
- 臨床応用と配穴
- 主要な臨床応用: 緊張型頭痛、後頭神経痛、頸椎症、寝違え、肩こり、眼精疲労、自律神経失調症に伴うめまい・ふらつき。
- 配穴:
- 頸肩部の痛み・頭痛: 隣接する足の少陽胆経のGB20(風池)と組み合わせることは、後頭下筋群全体を効果的に治療するための定番の配穴である。さらに肩部のGB21(肩井)を加えることで、僧帽筋全体を弛緩させる。
- 自律神経系の調整: 督脈のGV20(百会)と組み合わせることで、精神的な緊張を和らげ、全身の気血の巡りを改善する。
B. 背部第一側線の経穴 (Acupoints of the First Medial Line of the Back: BL11-BL30)
後正中線の外方1.5寸を走行するこの路線には、「背部兪穴」が並ぶ。兪穴の「兪」は「輸送する」を意味し、各臓腑の気が背部に輸送され、注ぎ込む場所とされている 1 。そのため、これらの経穴は対応する臓腑の病変を診断する際の反応点(圧痛、硬結など)となると同時に、その臓腑の機能を直接的に調節する治療点として、極めて高い臨床的価値を持つ。
背部兪穴の有効性の神経解剖学的基盤:体性-内臓反射
背部兪穴が対応する臓腑の機能を調節する主要なメカニズムは、体性-内臓反射(somato-visceral reflex)である。これは、背部の皮膚や筋への体性感覚刺激(鍼治療)が求心性神経を興奮させ、その信号が特定の脊髄分節に到達し、そこでシナプスを介して標的となる内臓へ投射する自律神経(交感神経・副交感神経)の活動を調節する反射弓を指す 。
分節的支配 このメカニズムの鍵は、分節的な神経支配関係にある。特定の臓器を支配する交感神経の節前ニューロンは、胸腰髄の予測可能な分節範囲(中間外側核)から起始する。背部兪穴は、その名が示す臓器への交感神経出力が起こる脊髄分節とほぼ同じ椎骨レベルの傍らに位置している 。この解剖学的な位置の一致が、体性-内臓反射の特異性を担保している。
胸部背部兪穴(BL11~BL20)の神経解剖学的相関
以下の表は、古典的な兪穴の概念と現代の神経解剖学との間の顕著な相関関係を視覚的に示すものである。各兪穴の伝統的な対応臓器と、その臓器を支配する交感神経の起始脊髄分節が、兪穴の椎骨レベルと密接に一致していることがわかる。これは、本章で詳述する体性-内臓反射メカニズムの解剖学的基盤を明確にする。
WHOコード | 経穴名 (Pinyin / 日本語) | 古典的関連 | 椎骨レベル | 対応する交感神経脊髄分節 (PubMedより) | 典拠 |
BL11 | Dazhu / 大杼 | 骨 (八会穴 – 骨会) | T1 | T1-T5 (上肢, 頭頸部) | |
BL12 | Fengmen / 風門 | 風邪 / 病邪 | T2 | T1-T6 (肺, 気管支) | |
BL13 | Feishu / 肺兪 | 肺 | T3 | T1-T6 (肺, 気管支) | |
BL14 | Jueyinshu / 厥陰兪 | 心包 | T4 | T1-T5 (心臓) | |
BL15 | Xinshu / 心兪 | 心 | T5 | T1-T5 (心臓) | |
BL16 | Dushu / 督兪 | 督脈 | T6 | T5-T9 (胃, 脾, 肝) | |
BL17 | Geshu / 膈兪 | 膈 (横隔膜), 血 (血会) | T7 | T5-T11 (上部消化管への内臓神経) | |
BL18 | Ganshu / 肝兪 | 肝 | T9 | T6-T10 (肝, 胆嚢) | |
BL19 | Danshu / 胆兪 | 胆 | T10 | T6-T10 (胆嚢) | |
BL20 | Pishu / 脾兪 | 脾 | T11 | T6-T10 (脾, 胃) |
上部胸椎の経穴(BL11~BL13):骨、免疫、呼吸の調節
BL11 Dàzhù (大杼) – Great Shuttle
- 取穴部位: 第1胸椎棘突起下縁の高さで、後正中線の外方1.5寸に取る 。
- 古典的基礎: 八会穴の一つである骨会(こつえ)であり、全身の「骨」の精気が集まる場所とされる。骨会であることから、あらゆる骨の病、関節痛に主治があるとされる 。また、体表の最も上部にある兪穴の一つとして、風寒の邪を体外に発散させる作用も持ち、感冒初期の項強や悪寒にも用いられる 。
- 現代科学的エビデンスと作用機序: 現代の臨床では、その解剖学的位置から、頸椎症や上背部痛、肩こりの治療に頻用される 。この部位は僧帽筋や菱形筋の深層にあり、これらの筋の緊張緩和に有効である 。
- 骨会としての作用は、骨代謝への影響を示唆するが、BL11のこれを裏付ける質の高い研究はまだ少ない。しかし、鍼刺激が局所の血流を促進し、骨や関節組織への栄養供給を改善することで、変形性関節症などの症状を緩和する可能性は考えられる 。
2024年のシステマティックレビューおよびメタアナリシスでは、背部兪穴を含む鍼治療が骨粗鬆症患者の骨密度(BMD)を有意に改善したことが報告された。別のレビューでは、電気鍼が骨粗鬆症関連の疼痛を緩和し、骨代謝マーカーに好影響を与えることが示された。- Teng, Z., Zhu, J., Li, K., Tong, T., Li, W., Chu, H., & Sun, P. (2025). Efficacy and safety of acupuncture as an adjuvant therapy for osteoporosis: a systematic review and meta-analysis of randomized controlled trials. Frontiers in Endocrinology, 16, 1561344. https://doi.org/10.3389/fendo.2025.1561344 → 要約
- Fan, L., Wu, Z., Li, M., & Jiang, G. (2021). Effectiveness of electroacupuncture as a treatment for osteoporosis: A systematic review and meta-analysis. Medicine (Baltimore), 100(3), e24259. https://doi.org/10.1097/MD.0000000000024259 → 要約
- 臨床応用と配穴:
- 主要な臨床応用: 頸肩部のこわばり、肩甲間部痛、寝違え、全身の関節痛、感冒初期 。
- 配穴: 感冒初期には風邪の門であるBL12(風門)と組み合わせ、体表の邪を発散させる。
BL12 Fēngmén (風門) – Wind Gate
- 取穴部位: 第2胸椎棘突起下縁の高さで、後正中線の外方1.5寸に取る 。
- 古典的基礎: その名の通り、「風邪(ふうじゃ)」が出入りする「門」とされ、外感病、特に風邪(かぜ)の治療における最重要穴の一つである 。古典では、風邪による悪寒、発熱、頭痛、鼻水、咳などの症状に主治があるとされる 。
- 現代科学的エビデンスと作用機序: 風門への刺激は、自律神経系および免疫系への調節作用を介して感冒様症状を緩和すると考えられている 。鍼や灸による温熱刺激は、局所の血行を促進し、自律神経のバランスを整え、免疫機能を高める効果が期待できる 。
- 2024年に『Allergy』誌に発表された研究は、喘息モデルマウスにおいてBL12およびBL13への鍼治療が、肺のCD11b+樹状細胞を調節することでTh2優位の気道炎症を緩和する詳細なメカニズムを明らかにした。この治療は、上皮由来のアラーミン(IL-25, IL-33, TSLP)やTh2誘導性ケモカイン(CCL17, CCL22)の発現を抑制した。
- Cheng, M., Shang, P.-P., Wei, D.-D., Long, J., Zhang, X., Wu, Q.-L., Bassi, G. S., Wang, Y., Chen, Y.-J., Yin, L.-M., Yang, Y.-Q., & Xu, Y.-D. (2025). Modulation of lung CD11b+ dendritic cells by acupuncture alleviates Th2 airway inflammation in allergic asthma. Chinese Medicine, 20(1), 67. https://doi.org/10.1186/s13020-025-01119-9 → 要約
- また、アレルギー性鼻炎に対するRCTでは、BL11、BL12、BL13を含む鍼治療が薬物療法よりも症状改善に優れていることが示された。
- Ou, W.-X., Luo, Q.-Y., Lin, Q.-M., Lin, X.-H., Cao, Y.-M., Ma, X.-W., Kuang, J.-C., & She, X.-Y. (2014). Efficacy observation on Jin’s three-needle therapy for allergic rhinitis of lung qi deficiency and cold syndrome [晋三针疗法治疗肺气虚寒证过敏性鼻炎疗效观察]. Zhongguo Zhen Jiu (Chinese Acupuncture & Moxibustion), 34(5), 445–448. PMID: 25022113 → 要約
- エビデンスは神経-免疫調節という機序を強く支持している。T2脊髄分節レベルに位置するBL12への刺激は体性-内臓反射を引き起こし、気道の免疫環境を直接的に調節する。具体的には、アレルギー反応の主役である樹状細胞の活性化を抑制し、T細胞のバランスをアレルギー促進的なTh2反応からシフトさせる。これは、「風邪(ふうじゃ)を駆逐する」という古典的概念の、現代科学的な解釈を提供するものである。
- 臨床応用と配穴:
- 主要な臨床応用: 感冒およびインフルエンザの初期、アレルギー性鼻炎、気管支炎、蕁麻疹 。
- 配穴: 督脈のGV14(大椎)と組み合わせ、体表の熱を発散させる。咳が強い場合はBL13(肺兪)を加える。
BL13 Fèishū (肺兪) – Lung Shu
- 取穴部位: 第3胸椎棘突起下縁の高さで、後正中線の外方1.5寸に取る 。
- 古典的基礎: 肺の背部兪穴であり、肺の気が背部に注ぐ場所である。したがって、咳嗽、喘息、呼吸困難、胸痛、鼻炎、皮膚病(肺は皮毛を主るため)など、肺に関連するあらゆる疾患の治療に用いられる要穴である 。
- 現代科学的エビデンスと作用機序: 肺兪を含む背部の経穴への鍼治療が、呼吸機能に好影響を与えることが複数の臨床研究で示されている 。気管支喘息患者を対象とした研究では、鍼治療群で運動誘発性の気道閉塞が有意に改善したことが報告されている 。また、気道炎症の指標である喀痰中の好酸球数が減少することも示されており、鍼治療が抗炎症作用を介して気道過敏性を抑制する可能性が示唆されている 。
2024年の動物研究では、BL13などへの鍼治療が喘息ラットの気道平滑筋の攣縮を緩和し、その機序がエンドセリン-1(ET-1)やTNF-αの抑制、cAMP/cGMPバランスの調節に関連することが示された。2024年のレビューは、BL13が喘息治療の重要な経穴であり、その解剖学的位置がT1-T6神経分節と関連することを指摘している。COPDモデルラットを用いた研究でも、BL13への刺激が肺機能の改善や交感神経活動の抑制に繋がることが示されている。- Qiao, Y., Liang, Y., Zhuo, S., Yang, X., Liang, T., Ling, X., Zhang, Q., Shi, Y., & Yi, W. (2024). Effect and mechanism of acupuncture on airway smooth muscle relaxation during acute asthma attack in rats. Zhongguo Zhen Jiu (Chinese Acupuncture & Moxibustion), 44(3), 295–302. https://doi.org/10.13703/j.0255-2930.20230426-k0004 → 要約
- Wang, F.-X., & Jin, L.-W. (2024). Research on the Mechanism and Application of Acupuncture Therapy for Asthma: A Review. Journal of Asthma and Allergy, 17, 495–516. https://doi.org/10.2147/JAA.S462262 → 要約
- Liu, L., Tang, Z., Zeng, Q., Qi, W., Zhou, Z., Chen, D., Cai, D., Chen, Y., Sun, S., Gong, S., He, B., & Yu, S. (2024). Transcriptomic insights into different stimulation intensity of electroacupuncture in treating COPD in rat models. Journal of Inflammation Research, 17, 2873–2887. https://doi.org/10.2147/JIR.S458580 → 要約
- 臨床応用と配穴:
- 主要な臨床応用: 急性・慢性気管支炎、気管支喘息、COPD、肺炎、アトピー性皮膚炎。
- 配穴: 肺の募穴であるLU1(中府)と組み合わせる「兪募配穴」は、臓腑の機能を強力に調整する。
中部胸椎の経穴(BL14~BL17):心臓、横隔膜、血液の調節
BL14 Juéyīnshū (厥陰兪) – Pericardium Shu
- 取穴部位: 第4胸椎棘突起下縁の高さで、後正中線の外方1.5寸に取る 。
- 古典的基礎: 心包の背部兪穴であり、心包の気が背部に注ぐ場所である。心包は心臓を包み、その機能を代行すると考えられている。そのため、心痛、動悸、胸悶、嘔吐、歯痛など、心と関連する循環器や精神症状に用いられる 。
- 現代科学的エビデンスと作用機序: T4レベルに位置し、心臓を支配する交感神経(T1-T5)の分節領域内にある 。このため、厥陰兪への刺激は体性-内臓反射を介して心機能に影響を与え、動悸や胸部の不快感を和らげる可能性がある。肋間神経痛の治療にも応用される。BL14に特化したエビデンスは乏しく、その効果はしばしば心疾患に対するBL15(心兪)との併用で研究される。
- 臨床応用と配穴:
- 主要な臨床応用: 狭心症様症状、肋間神経痛、精神不安、動悸。
- 配穴: 心の機能を直接調整するBL15(心兪)と組み合わせて、循環器系や精神面の症状を包括的に治療する。
BL15 Xīnshū (心兪) – Heart Shu
- 取穴部位: 第5胸椎棘突起下縁の高さで、後正中線の外方1.5寸に取る 。
- 古典的基礎: 心の背部兪穴であり、心の気が背部に注ぐ場所である。心は「神明(しんめい)を主る」とされ、精神・意識・思考活動の中枢である。したがって、心兪は動悸、不整脈、胸痛といった循環器系の症状だけでなく、不眠、不安、健忘、てんかんなど、精神・神経系の疾患に広く用いられる 。
- 現代科学的エビデンスと作用機序: 心兪(T5レベル)への刺激は、心臓を支配する交感神経(T1-T5)の活動を調節する体性-心臓反射を引き起こす。刺激は心臓への自律神経出力を直接調節し、その結果は心拍変動(HRV)として客観的に測定可能である。この自律神経調節作用が、動悸や不整脈を鎮め、血圧を安定させるメカニズムと考えられる。また、不安障害やPTSDに伴う過覚醒や悪夢などの症状緩和にも応用される 。
- 複数の研究がBL15の心臓自律神経機能への影響を実証している。2016年の研究では、BL15への刺激方法によって自律神経応答が異なることが示された。手技鍼と電磁場刺激は副交感神経活動を亢進させた(HRVのHF成分増加、LF/HF比低下)のに対し、レーザー鍼は交感神経活動を亢進させた。これは経穴と刺激法の両方の特異性を示唆する。
- Lee, N. R., Kim, S. B., Heo, H., & Lee, Y. H. (2016). Comparison of the Effects of Manual Acupuncture, Laser Acupuncture, and Electromagnetic Field Stimulation at Acupuncture Point BL 15 on Heart Rate Variability. Journal of Acupuncture and Meridian Studies, 9(5), 257–263. https://doi.org/10.1016/j.jams.2016.06.002 → 要約
- 2025年の研究プロトコルでは、BL15とBL13への施灸が心不全ラットの心機能を改善することが示されており、その機序としてオートファジー調節を介したフェロトーシス抑制が提唱されている。
- Gao, B., Liu, P., Li, L., Gong, T., Zhu, L., Li, L., Xia, R., & Wang, J. (2025). Effects of moxibustion at “Xinshu” (BL15) and “Feishu” (BL13) on myocardial transferrin receptor 1 and ferroptosis suppressor protein 1 in chronic heart failure rats. Zhongguo Zhen Jiu, 45(6), 781–790. https://doi.org/10.13703/j.0255-2930.20240417-k0005 → 要約
- 臨床応用と配穴:
- 主要な臨床応用: 不整脈、狭心症様症状、不安障害、パニック障害、不眠症 。
- 配穴: 心の募穴であるCV14(巨闕)、精神安定の要穴であるPC6(内関)、HT7(神門)と組み合わせる。
BL16 Dūshū (督兪) – Governor Shu
- 取穴部位: 第6胸椎棘突起下縁の高さで、後正中線の外方1.5寸に取る 。
- 古典的基礎: 督脈の背部兪穴とされ、全身の陽経を統括する督脈の気が注ぐ場所と考えられている。心痛、腹痛、しゃっくり、皮膚のかゆみなどに用いられる 。
- 現代科学的エビデンスと作用機序: T6レベルに位置し、心臓や上部消化管を支配する交感神経領域と関連する 。BL16に特化した研究は見当たらないが、心兪や膈兪と隣接しており、これらの経穴の作用を補助し、胸腹部の気血の流れを調整する効果が期待される。
- 臨床応用と配穴:
- 主要な臨床応用: 胃痙攣、皮膚のかゆみ、胸痛。
- 配穴: しゃっくりにはBL17(膈兪)と、心痛にはBL15(心兪)と組み合わせて使用する。
BL17 Géshū (膈兪) – Diaphragm Shu
- 取穴部位: 第7胸椎棘突起下縁の高さで、後正中線の外方1.5寸に取る 。
- 古典的基礎: 横隔膜の背部兪穴であると同時に、八会穴の一つである血会(けつえ)である。血会であるため、吐血、血便、不正出血などのあらゆる血証(出血性疾患や血の滞り)に用いられる。また、横隔膜に近いため、嘔吐やしゃっくりにも効果的である 。
- 現代科学的エビデンスと作用機序: T7レベルに位置し、横隔膜神経や、肝臓・脾臓・胃などを支配する交感神経と関連する 。血会としての作用は、造血機能や血液循環に対する調節作用を示唆しており、貧血や出血傾向のある疾患に応用される。
- 2014年および2010年の症例集積研究では、がん患者の難治性しゃっくりに対し、BL17を含む鍼治療プロトコルが有効であったと報告されている。2022年の健常者を対象としたパイロット研究では、BL17を主穴とする鍼治療が、プラセボと比較して最大吸気時の横隔膜の厚み変化率(収縮力の指標)を有意に増大させた(p=0.0414)。これは、BL17が横隔膜の機能を客観的に調節しうることを示す直接的なエビデンスである。
- Ge, A. X. Y., Ryan, M. E., Giaccone, G., Hughes, M. S., & Pavletic, S. Z. (2010). Acupuncture Treatment for Persistent Hiccups in Patients with Cancer. Journal of Alternative and Complementary Medicine, 16(7), 811–816. https://doi.org/10.1089/acm.2009.0456 → 要約
- Formenti, P., Galimberti, A., Pinciroli, R., & Umbrello, M. (2022). Effect of Acupuncture on Diaphragm Function in Healthy Volunteers: A Pilot Clinical Study. Evidence-Based Complementary and Alternative Medicine, 2022, 6608200. https://doi.org/10.1155/2022/6608200 → 要約
- しゃっくりに対する作用機序は、横隔神経(C3-C5)、迷走神経、および横隔膜への交感神経(T6-T12)が関与するしゃっくり反射弓の調節にある。T7レベルに位置するBL17への刺激は、体性-内臓反射を介してこの反射弓の交感神経成分を調節すると考えられる。BL17への鍼治療が横隔膜の収縮能を改善するという客観的な知見は、その臨床応用の直接的な生理学的基盤を提供する。
- 臨床応用と配穴:
- 主要な臨床応用: 貧血、出血性疾患、胃食道逆流症、しゃっくり。
- 配穴: 血の病には、血を補い巡らせるSP10(血海)やSP6(三陰交)と組み合わせる。
下部胸椎の経穴(BL18~BL20):肝・胆・脾の軸
BL18 Gānshū (肝兪) – Liver Shu
- 取穴部位: 第9胸椎棘突起下縁の高さで、後正中線の外方1.5寸に取る 。
- 古典的基礎: 肝の背部兪穴であり、肝の気が背部に注ぐ場所である。肝は「疏泄を主り」「血を蔵す」機能を持つため、肝兪は、ストレスによるイライラや抑うつ、胸脇部の張り、月経不順、眼精疲労、筋の痙攣など、極めて広範な症状に用いられる 。
- 現代科学的エビデンスと作用機序: 肝兪(T9レベル)への刺激は、肝臓・胆嚢を支配する交感神経(T6-T11)の活動を調節する 。臨床的には、慢性肝炎やうつ病、ADHDに伴う二次的なうつ症状などの治療プロトコルに含まれることがある 。
- うつと胃潰瘍を併発したラットモデルを用いた2014年の研究では、BL18への電気鍼が運動活性を改善し、胃潰瘍指数を減少させた。その機序として、視床下部のサブスタンスPのダウンレギュレーションと海馬のセロトニン(5-HT)のアップレギュレーションが提唱された。
- Xue, D., Ren, L., Li, J., Sun, J.-D., Fu, S.-K., & Zhao, S.-Z. (2014). Effect of electroacupuncture stimulation of “Ganshu” (BL 18) on locomotor, gastric mucosal and hypothalamic SP immunoactivity and hippocampal 5-HT content in rats with depression and gastric ulcer [Article in Chinese]. Zhen Ci Yan Jiu, 39(2), 124–129. PMID: 24818496 → 要約
- 慢性ストレスに曝されたラットを用いた2023年の研究では、BL18の機能に相当する経穴への電気鍼が、前頭前皮質と肝臓の両方において、P2X7/NLRP3/IL-1β炎症経路を抑制し、うつ様行動を緩和した。
- Wang, Q., Bi, H., Huang, H., Wang, Y., Gong, L., Qi, N., Li, D., Jin, X., Xu, T., & Shi, B. (2023). Electroacupuncture alleviates depressive-like behavior by modulating the expression of P2X7/NLRP3/IL-1β of prefrontal cortex and liver in rats exposed to chronic unpredictable mild stress. Brain Sciences, 13(3), 436. https://doi.org/10.3390/brainsci13030436 → 要約
- 古典的な「肝気鬱結」からうつ状態に至る病理は、現代医学における視床下部-下垂体-副腎(HPA)系の機能不全や神経炎症と相関する。BL18(T9レベル)への刺激は、肝臓(交感神経支配T6-T10)への体性-内臓反射を引き起こすと同時に、求心性信号を中枢へ送る。これらの信号は、主要な抗うつ薬の標的であるセロトニン系を活性化し、視床下部のストレス関連神経ペプチドや、脳と肝臓におけるNLRP3インフラマソーム経路を抑制する。これは、BL18が精神-神経-内分泌-免疫の各系にまたがる広範な調節作用を持つことを示している。
- 臨床応用と配穴:
- 主要な臨床応用: ストレス関連疾患、自律神経失調症、うつ病、月経前症候群(PMS)、眼精疲労 。
- 配穴: 肝の原穴であるLR3(太衝)と組み合わせる「兪原配穴」は、臓腑の機能を根本から調整する。
BL19 Dǎnshū (胆兪) – Gallbladder Shu
- 取穴部位: 第10胸椎棘突起下縁の高さで、後正中線の外方1.5寸に取る 。
- 古典的基礎: 胆の背部兪穴であり、胆の気が背部に注ぐ場所である。胆は決断を主り、胆汁を貯蔵・排泄する。そのため、黄疸、口の苦み、脇痛、不眠、決断力の低下などに用いられる 。
- 現代科学的エビデンスと作用機序: T10レベルに位置し、胆嚢を支配する交感神経(T6-T11またはT8-T11)の分節領域と関連する 。胆汁の分泌・排泄を調節する体性-内臓反射を介して、胆石症や胆嚢炎の症状を緩和する効果が期待される。
- 臨床応用と配穴:
- 主要な臨床応用: 胆石症、胆嚢炎、片頭痛、不眠。
- 配穴: 胆の募穴であるGB24(日月)と組み合わせる「兪募配穴」や、表裏関係にある肝の兪穴BL18(肝兪)と組み合わせて、肝胆の機能を総合的に治療する。
BL20 Píshū (脾兪) – Spleen Shu
- 取穴部位: 第11胸椎棘突起下縁の高さで、後正中線の外方1.5寸に取る 。
- 古典的基礎: 脾の背部兪穴であり、脾の気が背部に注ぐ場所である。脾は飲食物の消化吸収と栄養輸送を担う「後天の本」である。したがって、脾兪は食欲不振、消化不良、腹部膨満感、下痢、倦怠感など、脾の機能低下に起因する症状全般に用いられる 。
- 現代科学的エビデンスと作用機序: 脾兪(T11レベル)への刺激は、胃や膵臓、小腸を支配する交感神経(T6-T11またはT8-T11)の活動を調節し、消化機能を改善する 。動物実験では、脾兪への灸治療が血中コレステロール値を改善する可能性が示唆されており、脂質代謝への関与も考えられる 。
- 過敏性腸症候群(IBS)に対する経穴貼付療法のメタアナリシスでは、BL20(脾兪)が最も頻用され、有効な経穴の一つとして同定された。背部兪穴に関するレビューでも、BL18、BL20、BL22が消化器疾患に有効であることが述べられている。
- Wang, Q., Zhao, L., Liu, J., Chen, L., Zhang, B., Zhang, Q., … Jing, S. (2024). Meta analysis of clinical efficacy of acupoint application in the treatment of irritable bowel syndrome. African Health Sciences, 24(4), 351–361. https://dx.doi.org/10.4314/ahs.v24i4.44 → 要約
- Cho, Y., Han, Y., Kim, Y., Han, S., Oh, K., Chae, H., Chu, H., & Ryu, M. (2022). Anatomical structures and needling method of the back-shu points BL18, BL20, and BL22 related to gastrointestinal organs: A PRISMA-compliant systematic review of acupoints and exploratory mechanism analysis. Medicine (Baltimore), 101(43), e29878. https://doi.org/10.1097/MD.0000000000029878 → 要約
- 消化管運動に関するレビューは、背部への刺激が自律神経を介して消化管の機能の調整に働くという、体性-自律神経反射の機序を解説している。T11レベルに位置するBL20への刺激は、脾臓および胃への交感神経支配(T6-T10)を調節する体性-内臓反射を開始する。この自律神経系の調節は、胃の運動、消化酵素の分泌、内臓知覚などを変化させることができ、多岐にわたる消化器症状に対する伝統的な使用法に明確な神経生理学的根拠を与える。
- Yin, J., & Chen, J. D. Z. (2010). Gastrointestinal motility disorders and acupuncture. Autonomic Neuroscience: Basic & Clinical, 157(1–2), 31–37. https://doi.org/10.1016/j.autneu.2010.03.007 → 要約
- Moon, H., Lee, S., Yoon, D.-E., Lee, I.-S., & Chae, Y. (2024). Exploratory study of biomechanical properties and pain sensitivity at back-shu points. Brain Sciences, 14(8), 823. https://doi.org/10.3390/brainsci14080823 → 要約
- 臨床応用と配穴:
- 主要な臨床応用: 慢性胃炎、過敏性腸症候群、食欲不振、慢性疲労 。
- 配穴: 脾の募穴であるLR13(章門)、胃の合穴であるST36(足三里)と組み合わせ、後天の気を強力に補う。
BL21 Wèishū (胃兪) – Stomach Shu
- 取穴部位: 第12胸椎棘突起下縁の高さで、後正中線の外方1.5寸に取る 。
- 古典的基礎: 胃の背部兪穴であり、胃の気が背部に注ぐ場所である。胃は飲食物の受け入れと初期消化を担う。そのため、胃痛、嘔吐、腹部膨満感、消化不良など、胃の疾患に直接的に用いられる 。
- 現代科学的エビデンスと作用機序: T12レベルに位置し、胃を支配する交感神経(T5-T12)の分節領域と関連する 。体性-内臓反射を介して胃の蠕動運動や胃酸分泌を調節し、胃潰瘍や機能性ディスペプシアなどの症状を緩和する効果が期待される。BL21に特化した質の高いRCTは少ないものの、その作用機序は体性-内臓反射モデルによって強く支持される。
- 消化管運動の調節: 複数の基礎研究および臨床研究のレビューにおいて、背部兪穴を含む体幹部の経穴刺激が、自律神経系を介して消化管運動を調節することが示されている。鍼刺激は、胃の運動性が低下している場合にはそれを促進し、過剰に亢進している場合にはそれを抑制するという、双方向性の調節作用を持つことが報告されている。
- Li, H., He, T., Xu, Q., Li, Z., Liu, C.-Z., Liu, Y., Li, F., & Yang, B.-F. (2015). Acupuncture and regulation of gastrointestinal function. World Journal of Gastroenterology, 21(27), 8304–8313. https://doi.org/10.3748/wjg.v21.i27.8304 → 要約
- Yang, N.-N., Xie, X.-X., Yan, W.-L., Liu, Y.-D., Wang, H.-X., Yang, L.-X., & Liu, C.-Z. (2025). The Autonomic Nervous System in Acupuncture for Gastrointestinal Dysmotility: From Anatomical Insights to Clinical Medicine. International Journal of Medical Sciences, 22(11), 2620–2636. https://doi.org/10.7150/ijms.107643 → 要約
- 臨床応用と配穴:
- 主要な臨床応用: 胃潰瘍、胃下垂、機能性ディスペプシア、慢性胃炎 。
- 配穴: 胃の募穴であるCV12(中脘)と組み合わせる「兪募配穴」は、胃の機能を強力に調整する。
BL22 Sānjiāoshū (三焦兪) – Sanjiao Shu
- 取穴部位: 第1腰椎棘突起下縁の高さで、後正中線の外方1.5寸に取る 。
- 古典的基礎: 三焦の背部兪穴であり、三焦の気が背部に注ぐ場所である。「三焦」は、具体的な形態を持たない腑とされ、上焦(心・肺)、中焦(脾・胃)、下焦(腎・膀胱・腸)の3つの機能区画を統括し、全身の気・血・津液の通路(水道)としての役割を担う 。したがって三焦兪は、消化、吸収、水分代謝、排泄といった広範な生理機能の調節に関与するとされる。そのため、腹部膨満感、腸鳴、下痢、浮腫、排尿困難などに用いられる 。
- 現代科学的エビデンスと作用機序: BL22が位置するL1レベルは、胸髄と腰髄の移行部であり、腹腔内の多くの臓器(胃、腸、腎臓など)を支配する交感神経が出入りする重要な領域である。三焦の「水道を通利する」という機能は、腎臓や膀胱、腸における水分再吸収と排泄のバランスを調整する作用と解釈できる。BL22への刺激は、この胸腰部移行領域の自律神経叢に広範な影響を与え、古典的な「三焦の機能を調節する」という効能を発揮する可能性が考えられる。
- Cho, Y., Han, Y., Kim, Y., Han, S., Oh, K., Chae, H., Chu, H., & Ryu, M. (2022). Anatomical structures and needling method of the back-shu points BL18, BL20, and BL22 related to gastrointestinal organs: A PRISMA-compliant systematic review of acupoints and exploratory mechanism analysis. Medicine (Baltimore), 101(43), e29878. https://doi.org/10.1097/MD.0000000000029878 → 要約
- 臨床応用と配穴:
- 主要な臨床応用: 水分代謝異常、浮腫、腹水、消化不良。
- 配穴: 水分代謝の要穴であるSP9(陰陵泉)や、三焦の下合穴であるBL39(委陽)と組み合わせて、利水作用を強化する。
BL23 Shènshū (腎兪) – Kidney Shu
- 取穴部位: 第2腰椎棘突起下縁の高さで、後正中線の外方1.5寸に取る 。
- 古典的基礎: 腎の背部兪穴であり、腎の気が背部に注ぐ場所である。腎は生命力の根源である「先天の本」である。したがって、腎兪は腰痛、耳鳴り、めまい、頻尿や失禁などの泌尿器症状、インポテンツや不妊などの生殖器症状など、腎虚に関連する多種多様な症状に用いられる最重要穴の一つである 。
- 現代科学的エビデンスと作用機序: 慢性腰痛に対するRCTでは、腎兪が治療点として頻繁に選ばれ、その有効性が示されている 。また、L2レベルに位置し、腎臓および膀胱を支配する自律神経(交感神経T10-L2、副交感神経S2-S4)を調節する体性-内臓反射を介して、過活動膀胱や夜間頻尿などの泌尿器症状を改善する効果が報告されている 。
- 腰痛に対する効果: 複数のシステマティックレビューおよびメタアナリシスにおいて、BL23は慢性腰痛に対する鍼治療で最も頻繁に使用される経穴の一つであり、その有効性が確認されている。局所の筋緊張緩和作用に加え、中枢性の鎮痛機構の活性化が関与すると考えられる。
- Itoh, K., Itoh, S., Katsumi, Y., & Kitakoji, H. (2009). A pilot study on using acupuncture and transcutaneous electrical nerve stimulation to treat chronic non-specific low back pain. Complementary Therapies in Clinical Practice, 15(1), 22–25. https://doi.org/10.1016/j.ctcp.2008.09.003 → 要約
- Kim, G., Kim, D., Moon, H., Yoon, D.-E., Lee, S., Ko, S.-J., Kim, B., Chae, Y., & Lee, I.-S. (2023). Acupuncture and Acupoints for Low Back Pain: Systematic Review and Meta-Analysis. American Journal of Chinese Medicine, 51(2), 223–247. https://doi.org/10.1142/S0192415X23500131 → 要約
- 泌尿器系への作用: 過活動膀胱(OAB)や神経因性膀胱の治療プロトコルにおいて、BL23は頻繁に選択される。その作用機序は、L2レベルでの体性-内臓反射を介した膀胱機能の神経調節である。腎臓および膀胱上部を支配する交感神経はT10-L2から起始しており、BL23の位置と良好に一致する。
- Lee, J.-J., Heo, J.-W., Choi, T.-Y., Jun, J. H., Lee, M. S., & Kim, J.-I. (2023). Acupuncture for the treatment of overactive bladder: A systematic review and meta-analysis. Frontiers in Neurology, 13, 985288. https://doi.org/10.3389/fneur.2022.985288 → 要約
- Chen, B., Yin, P., Li, J., Hou, W., Fan, Q., Huai, Y., Liu, L., Hu, J., Chow, S. T., Li, X., Ming, S., & Chen, Y.-L. (2024). Electroacupuncture versus solifenacin succinate for female overactive bladder: study protocol for a multicentre, randomised, controlled, double-dummy, non-inferiority trial. BMJ Open, 14(9), e076374. https://doi.org/10.1136/bmjopen-2023-076374 → 要約
- Cabioglu, M. T., & Arslan, G. (2008). Neurophysiologic Basis of Back-Shu and Huatuo-Jiaji Points. The American Journal of Chinese Medicine, 36(3), 473–479. → 要約
- 神経-内分泌-免疫系への作用: 動物実験において、BL23を含む鍼刺激が、ストレス応答を司る視床下部-下垂体-副腎(HPA)系を調節し、ストレスホルモンの分泌を正常化させることが示されている。また、骨粗鬆症モデルラットを用いた研究では、BL23への鍼治療が血清中のエストラジオールや副腎皮質刺激ホルモン放出ホルモン(CRH)などを調節し、骨代謝に影響を与えることが報告されており、古典的な「腎は骨を主る」という理論の現代的解釈を提供する。
- Wang, S.-j., Zhang, J.-j., Yang, H.-y., Wang, F., & Li, S.-t. (2015). Acupoint specificity on acupuncture regulation of hypothalamic-pituitary-adrenal cortex axis function. BMC Complementary and Alternative Medicine, 15, Article 87. https://doi.org/10.1186/s12906-015-0625-4 → 要約
- Teng, Z., Zhu, J., Li, K., Tong, T., Li, W., Chu, H., & Sun, P. (2025). Efficacy and safety of acupuncture as an adjuvant therapy for osteoporosis: a systematic review and meta-analysis of randomized controlled trials. Frontiers in Endocrinology, 16, Article 1561344. https://doi.org/10.3389/fendo.2025.1561344 → 要約
- 直接的な神経連絡の証明: ラットを用いた神経トレーサー実験では、BL23領域と腎臓との間に、脊髄後根神経節(DRG)レベルでの直接的な感覚神経の連絡と、交感神経幹を介した交感神経の連絡が存在することが証明された。これは、BL23刺激が腎機能に影響を及ぼす直接的な神経解剖学的基盤を示す画期的なエビデンスである。
- 臨床応用と配穴:
- 主要な臨床応用: 慢性腰痛、泌尿器疾患、不妊症、更年期障害、耳鳴り、慢性疲労 。
- 配穴: 腎の原穴であるKI3(太谿)と組み合わせる「兪原配穴」で、腎の機能を根本から補強する。
BL24 Qìhǎishū (気海兪) – Sea of Qi Shu
- 取穴部位: 第3腰椎棘突起下縁の高さで、後正中線の外方1.5寸に取る 。
- 古典的基礎: 腹部にある元気の集まる場所「気海(CV6)」に対応する背部の経穴とされている。気海(CV6)と連携して、全身の気、特に下半身の気を補い、巡らせる作用が期待される。腰痛、痔疾、月経痛など、下焦(下腹部)の気血の滞りに関連する症状に用いられる。
- 現代科学的エビデンスと作用機序: L3レベルに位置し、腰方形筋や脊柱起立筋群の中にある。腰痛、特にL3/L4レベルの椎間板や関節の問題に関連する痛みの治療に有効である。臨床的には、隣接するBL23(腎兪)やBL25(大腸兪)と類似の作用を持つと考えられ、腰仙骨神経叢への刺激を介して腰痛や下腹部臓器の機能に影響を及ぼすことが推測される。
- 臨床応用と配穴:
- 主要な臨床応用: 腰痛、坐骨神経痛、月経痛。
- 配穴: 腰痛に対しては、BL25(大腸兪)や腰陽関(GV3)と組み合わせて局所の治療効果を高める。
BL25 Dàchángshū (大腸兪) – Large Intestine Shu
- 取穴部位: 第4腰椎棘突起下縁の高さで、後正中線の外方1.5寸に取る 。
- 古典的基礎: 大腸の背部兪穴であり、大腸の気が背部に注ぐ場所である。大腸は便を排泄する機能を持つため、大腸兪は便秘、下痢、腹痛などの腸疾患、および局所である腰痛、坐骨神経痛に用いられる 。
- 現代科学的エビデンスと作用機序: 過敏性腸症候群(IBS)患者を対象とした研究では、大腸兪を含む経穴への鍼灸治療が、腹痛や腹部膨満感を改善することが示されている 。BL25の作用機序は、IBSの病態生理と深く関連しており、特に腸管神経系(ENS)と中枢神経系(CNS)からなる「腸脳相関(Gut-Brain Axis)」への調節作用が注目されている。この効果は、L4レベルの脊髄分節を介して大腸の運動および知覚神経を調節する体性-内臓反射によるものと考えられる。下痢型IBSには灸治療が、便秘型IBSには鍼通電療法が有効であるとの報告もある 。
- IBSに対する臨床効果: データマイニングを用いた研究では、IBS治療のRCTにおいて、BL25はST25(天枢)、ST37(上巨虚)などと共に最も頻繁に使用される中核的な経穴であることが示されている。メタアナリシスでは、鍼治療がIBSの症状を有意に改善することが報告されている。
- Tang, Y., Tang, X., & Wen, Q. (2025). Analysis of electroacupuncture parameters for irritable bowel syndrome: A data mining approach. Journal of Pain Research, 18, 2175–2189. https://doi.org/10.2147/JPR.S483750 → 要約
- Wang, X., Wang, H., Guan, Y.-Y., Cai, R.-L., & Shen, G.-M. (2021). Acupuncture for functional gastrointestinal disorders: A systematic review and meta‐analysis. Journal of Gastroenterology and Hepatology, 36(11), 3015–3026. https://doi.org/10.1111/jgh.15645 → 要約
- セロトニン(5-HT)系の調節: IBSの病態には、腸管の運動と知覚を調節する神経伝達物質であるセロトニン(5-HT)の異常が深く関与している。下痢型IBS(IBS-D)モデルラットを用いた研究では、BL25への電気鍼(EA)刺激が、腸管のセロトニン産生細胞である腸クロム親和性細胞(EC細胞)の数を減少させ、セロトニン合成酵素(TPH)の発現を抑制し、結果として結腸内および糞便中の5-HT濃度を低下させることが示された。これにより、過剰な腸管蠕動と内臓知覚過敏が抑制されると考えられる。他の研究でも、EAが5-HTおよびその受容体である5-HT3Rの発現を低下させることが確認されている。
- Zhu, X., Liu, Z., Niu, W., Wang, Y., Zhang, A., Qu, H., Zhou, J., Bai, L., Yang, Y., & Li, J. (2017). Effects of electroacupuncture at ST25 and BL25 in a Sennae-induced rat model of diarrhoea-predominant irritable bowel syndrome. Acupuncture in Medicine, 35(3), 216–223. https://doi.org/10.1136/acupmed-2016-011180 → 要約
- Yang, Y., Wang, J., Zhang, C., Guo, Y., Zhao, M., Zhang, M., Li, Z., Gao, F., Luo, Y., Wang, Y., Cao, J., Du, M., Wang, Y., Lin, X., & Xu, Z. (2023). The efficacy and neural mechanism of acupuncture therapy in the treatment of visceral hypersensitivity in irritable bowel syndrome. Frontiers in Neuroscience, 17, 1251470. https://doi.org/10.3389/fnins.2023.1251470 → 要約
- 内臓知覚過敏の抑制: BL25を含む経穴への刺激は、IBSモデル動物において内臓知覚過敏を改善することが示されている。これは、末梢の5-HT系の調節に加え、痛覚伝達に関わるイオンチャネル(例:Piezo2)や受容体(例:PAR2)の発現を抑制し、脊髄後角や上位中枢における痛覚信号の伝達を修飾することによると考えられる。
- Guo, J., Chen, L., Wang, Y.-h., Song, Y.-f., Zhao, Z.-h., Zhao, T.-t., Lin, Z.-y., Gu, D.-m., Liu, Y.-q., Peng, Y.-j., Pei, L.-x., & Sun, J.-h. (2022). Electroacupuncture Attenuates Post-Inflammatory IBS-Associated Visceral and Somatic Hypersensitivity and Correlates With the Regulatory Mechanism of Epac1–Piezo2 Axis. Frontiers in Endocrinology, 13, 918652. https://doi.org/10.3389/fendo.2022.918652 → 要約
- Xu, W., Yuan, M., Wu, X., Geng, H., Chen, L., Zhou, J., Song, Y., Pei, L., & Sun, J. (2018). Electroacupuncture Relieves Visceral Hypersensitivity by Inactivating Protease-Activated Receptor 2 in a Rat Model of Postinfectious Irritable Bowel Syndrome. Evidence-Based Complementary and Alternative Medicine, 2018, 7048584. https://doi.org/10.1155/2018/7048584 → 要約
- BL21からBL28に至る胸腰部の背部兪穴群は、消化器系と泌尿器系という、生命維持に不可欠な二大システムの調節に深く関与している。これらの作用を統合的に理解する鍵は「腸脳相関」である。IBSの研究で示されたように、BL25への刺激は末梢の腸管神経系(特にセロトニン系)に直接作用し、その信号が迷走神経などを介して中枢に伝わり、中枢での痛覚認知(内臓知覚過敏)や情動反応を変化させる。逆に、中枢からの自律神経出力が変化し、腸管の運動や分泌機能を正常化させる。BL21やBL23、BL28への刺激も同様に、それぞれの臓器に対応する分節レベルでこの双方向性のコミュニケーションループに介入していると考えられる。したがって、これらの背部兪穴への治療は、単に末梢の臓器機能を調節するだけでなく、ストレスや情動が消化器・泌尿器症状に影響を及ぼす心身相関のメカニズムそのものに働きかける、高度な神経調節療法と位置づけることができる。
- 臨床応用と配穴:
- 主要な臨床応用: 機能性便秘、過敏性腸症候群(IBS)、腰痛、坐骨神経痛 。
- 配穴: 腹部の募穴であるST25(天枢)と組み合わせる「兪募配穴」は、腸の機能を双方向に調節する。
BL26 Guānyuánshū (関元兪) – Gate of Origin Shu
- 取穴部位: 第5腰椎棘突起下縁の高さで、後正中線の外方1.5寸に取る 。
- 古典的基礎: 腹部にある生命力の源「関元(CV4)」に対応する背部の経穴である。関元(CV4)と共に用いることで、腎気を補い、泌尿生殖器系の機能を強化する効果が期待される。腰痛、腹部膨満感、下痢、小便不利など、下焦の虚弱や気血の滞りに関連する症状に用いられる 。
- 現代科学的エビデンスと作用機序: L5レベルに位置し、腰仙移行部の安定性に重要な役割を果たす。L5/S1の椎間板ヘルニアや仙腸関節障害に関連する腰痛や下肢痛の治療に重要な経穴である。
- 臨床応用と配穴:
- 主要な臨床応用: 慢性腰痛、坐骨神経痛、糖尿病。
- 配穴: 腹部の関元(CV4)に灸を併用することで、先天の気を補強し、根本的な体質改善を図る。
BL27 Xiǎochángshū (小腸兪) – Small Intestine Shu
- 取穴部位: 第1後仙骨孔の高さで、後正中線の外方1.5寸に取る 。
- 古典的基礎: 小腸の背部兪穴であり、小腸の気が背部に注ぐ場所である。小腸は清(栄養)と濁(不要物)を分別する機能を持つため、下腹部痛、遺精、血尿、下痢など、消化吸収や泌尿生殖器系の症状に用いられる 。
- 現代科学的エビデンスと作用機序: S1レベルに位置し、仙骨神経叢を介して骨盤内臓器に影響を与える 。クローン病や骨盤内炎症性疾患など、小腸や骨盤内の炎症性疾患に対して、神経調節を介した抗炎症作用や鎮痛作用が期待される。
- 過敏性腸症候群(IBS)治療の処方において、BL25と共に重要な経穴として同定されており、腸脳相関の調節に関与することが示唆される。
- 臨床応用と配穴:
- 主要な臨床応用: 骨盤内炎症性疾患、過敏性腸症候群(IBS)、クローン病、仙腸関節痛。
- 配穴: 小腸の募穴であるCV4(関元)と組み合わせる「兪募配穴」で、小腸の機能を調整する。
BL28 Pángguāngshū (膀胱兪) – Bladder Shu
- 取穴部位: 第2後仙骨孔の高さで、後正中線の外方1.5寸に取る 。
- 古典的基礎: 膀胱の背部兪穴であり、膀胱の気が背部に注ぐ場所である。膀胱の貯尿・排尿機能に直接関わる要穴であり、頻尿、尿閉、遺尿、排尿痛、残尿感など、あらゆる膀胱疾患に用いられる 。
- 現代科学的エビデンスと作用機序: 膀胱兪(S2レベル)は、膀胱を直接支配する仙骨神経叢(骨盤内臓神経、副交感神経)と同じ分節レベルに位置する 。このため、膀胱兪への刺激は、排尿機能を制御する神経回路に直接的な影響を及ぼし、過活動膀胱や前立腺肥大症などの症状を改善することが臨床的に報告されている 。
- 過活動膀胱(OAB)や神経因性膀胱、尿閉などの泌尿器疾患に対する治療の要穴である。BL28が位置するS2レベルは、膀胱の排尿筋を支配する骨盤内臓神経(副交感神経)が起始する仙髄S2-S4分節と一致する。BL28への刺激は、この仙骨神経叢を直接的・間接的に刺激し、膀胱の収縮・弛緩を制御する排尿反射を調節する。この作用は、現代医療で行われる仙骨神経刺激療法(Sacral Nerve Stimulation: SNS)と類似のメカニズムを持つと考えられる。
- 支配する交感神経はT10-L2から起始しており、BL23の位置と良好に一致する。
- Lee, J.-J., Heo, J.-W., Choi, T.-Y., Jun, J. H., Lee, M. S., & Kim, J.-I. (2023). Acupuncture for the treatment of overactive bladder: A systematic review and meta-analysis. Frontiers in Neurology, 13, 985288. https://doi.org/10.3389/fneur.2022.985288 → 要約
- Chen, B., Yin, P., Li, J., Hou, W., Fan, Q., Huai, Y., Liu, L., Hu, J., Chow, S. T., Li, X., Ming, S., & Chen, Y.-L. (2024). Electroacupuncture versus solifenacin succinate for female overactive bladder: study protocol for a multicentre, randomised, controlled, double-dummy, non-inferiority trial. BMJ Open, 14(9), e076374. https://doi.org/10.1136/bmjopen-2023-076374 → 要約
- 臨床応用と配穴:
- 主要な臨床応用: 過活動膀胱、膀胱炎、前立腺肥大症に伴う排尿障害。
- 配穴: 腹部の募穴であるCV3(中極)や、足の三陰経を調整するSP6(三陰交)と組み合わせる。
BL29 Zhōnglǚshū (中膂兪) – Central Backbone Shu
- 取穴部位: 第3後仙骨孔の高さで、後正中線の外方1.5寸に取る 。
- 古典的基礎: 「膂」は背骨の両側の筋肉を意味し、仙骨部の中央にある筋肉の間の経穴であることから名付けられた。疝気(下腹部や鼠径部の痛み)、下痢、腰痛などに用いられる 。
- 現代科学的エビデンスと作用機序: S3レベルに位置し、仙骨神経叢を介して骨盤底筋群や下部消化管の機能を調節する。仙腸関節上に位置するため、仙腸関節由来の腰痛や、殿部を走行する上殿皮神経の絞扼性障害に関連する痛みの治療に応用される。仙腸関節痛や、梨状筋症候群に伴う坐骨神経痛の治療点として有効である。
- 臨床応用と配穴:
- 主要な臨床応用: 仙腸関節痛、坐骨神経痛、下痢。
- 配穴: 局所の圧痛点や、腰部のBL25(大腸兪)、殿部のGB30(環跳)と組み合わせて使用する。
BL30 Báihuánshū (白環兪) – White Ring Shu
- 取穴部位: 第4後仙骨孔の高さで、後正中線の外方1.5寸に取る 。
- 古典的基礎: 「白環」は肛門を指す古い言葉とされ、肛門周囲の疾患に効果があることを示唆している。疝気、遺精、帯下(おりもの)、腰痛、痔疾などに用いられる 。
- 現代科学的エビデンスと作用機序: S4レベルに位置し、仙骨神経叢の最下部や陰部神経叢と関連する。骨盤内のうっ血状態を改善し、痔核や会陰部痛、骨盤底筋の機能不全に関連する症状を緩和する効果が期待される。
- 臨床応用と配穴:
- 主要な臨床応用: 骨盤内うっ血、痔疾、帯下、遺精。
- 配穴: 痔疾に対しては、頭頂の百会(GV20)と組み合わせ、気血を上方に引き上げる作用(昇提作用)を利用する。
C. 仙骨部の経穴 (Acupoints of the Sacral Region BL31-34)
仙骨部にある上髎、次髎、中髎、下髎の4対、計8つの経穴は、総称して「八髎穴」と呼ばれる。これらの経穴は仙骨孔(仙骨にある神経の通り道)の直上に位置するため、骨盤内の臓器、すなわち泌尿器、生殖器、そして下部消化器の機能を調節する上で極めて重要な治療点群である。
BL31 Shàngliáo (上髎) – Upper Crevice
- 取穴部位: 第1後仙骨孔の中に取る 。
- 古典的基礎: 八髎穴の最上部に位置し、月経不順、帯下(おりもの)、小便不利、腰痛、坐骨神経痛など、骨盤領域の広範な症状に用いられてきた 。
- 現代科学的エビデンスと作用機序: S1レベルの仙骨神経叢を刺激する。この神経は主に下肢への運動・知覚に関与するが、骨盤内臓器への自律神経線維も含まれる。上髎への刺激は、体性-内臓反射を介して、子宮や膀胱上部の機能を調節し、また仙腸関節や腰仙部の痛みを緩和する効果がある。
- 臨床応用と配穴:
- 主要な臨床応用: 婦人科疾患、泌尿器疾患、仙腸関節痛、坐骨神経痛。
- 配穴: 他の八髎穴、特に次髎(BL32)と組み合わせて使用されることが多く、婦人科疾患には三陰交(SP6)や関元(CV4)を加える。
BL32 Cìliáo (次髎) – Second Crevice
- 取穴部位: 第2後仙骨孔の中に取る 。
- 古典的基礎: 八髎穴は、古典的に男女の生殖器系疾患、泌尿器系疾患、そして腰仙部の痛みを治療する要穴群として知られている。その中でも次髎は八髎穴の中心的な経穴であり、月経痛、ヘルニア、腰痛、不妊症などに用いられてきた 。
- 現代科学的エビデンスと作用機序: 次髎は、八髎穴の中で最も研究が進んでいる経穴の一つである。S2レベルの仙骨神経叢の出口に位置し、この神経は膀胱、子宮、卵巣、直腸などを支配する骨盤内臓神経(副交感神経)の主成分である。そのため、次髎への刺激(特に電気鍼)は、骨盤内臓器の機能と血流を強力に調節する。
- 八髎穴の作用機序は、現代医学における「仙骨神経刺激療法(SNS)」と神経解剖学的にほぼ同一の原理に基づいている。後仙骨孔からは仙骨神経(S1-S4)が体表近くに出てきており、八髎穴への鍼刺激はこれらの神経を直接刺激する。仙骨神経は、骨盤内臓器(膀胱、子宮、直腸など)への副交感神経線維(骨盤内臓神経)と、骨盤底筋群や外肛門括約筋、外尿道括約筋を支配する体性運動神経線維(陰部神経)を含む。したがって、八髎穴への刺激は、この複雑な神経ネットワークを介して骨盤内臓器の機能を強力に調節する。
- 婦人科疾患: 多くのランダム化比較試験(RCT)で、月経困難症や子宮内膜症に対する鎮痛効果が示されている 。その機序は、鎮痛物質(エンドルフィンなど)の放出促進、子宮平滑筋の過剰な収縮の緩和、骨盤内の血流改善、炎症性サイトカインの抑制などが考えられる 。
- 不妊治療・分娩: 卵巣や子宮への血流を増加させ、卵胞の発育や子宮内膜の環境を改善する効果が期待され、不妊治療の補助療法として用いられる。八髎穴は陣痛緩和にも用いられる。そのメカニズムは、仙骨神経刺激が脊髄レベルで痛覚伝達のゲートコントロール機構を活性化させるとともに、エンドルフィンなどの内因性オピオイドの放出を促進することによると推測される。
- 泌尿器疾患: 膀胱兪(BL28)と同様に、排尿機能を調節する作用がある。ステマティックレビューやRCTにおいて、八髎穴(特にBL33、BL32)への電気鍼(EA)は、過活動膀胱(OAB)の症状(頻尿、尿意切迫、切迫性尿失禁)を有意に改善することが示されている 。ラットを用いた基礎研究では、BL33へのEAが酢酸誘発性の膀胱過活動を抑制し、排尿間隔を延長させることが確認された 。この作用は、仙骨神経の求心性線維を刺激し、脊髄および脳幹の排尿中枢における抑制性介在ニューロンを活性化することで、膀胱の異常な収縮(無抑制収縮)を抑制するメカニズムによると考えられる 。また、下位運動ニューロン障害による慢性尿閉に対しても、BL32、BL33、BL35へのEAが有効であることが報告されている 。
- Zhao, Y., Zhou, J., Mo, Q., Wang, Y., Yu, J., & Liu, Z. (2018). Acupuncture for adults with overactive bladder: A systematic review and meta-analysis of randomized controlled trials. Medicine, 97(8), e9838. https://doi.org/10.1097/MD.0000000000009838 → 要約
- 臨床応用と配穴:
- 主要な臨床応用: 月経困難症、子宮内膜症、不妊症、慢性骨盤痛、過活動膀胱、坐骨神経痛。
- 配穴: 婦人科疾患には関元(CV4)、三陰交(SP6)、太衝(LR3)と組み合わせる 。腰仙部痛には、局所の圧痛点や腰部の腎兪(BL23)、大腸兪(BL25)と配穴する。
BL33 Zhōngliáo (中髎) – Middle Crevice
- 取穴部位: 第3後仙骨孔の中に取る 。
- 古典的基礎: 八髎穴の一つで、便秘、帯下、腰痛などに用いられる 。
- 現代科学的エビデンスと作用機序: S3レベルの仙骨神経叢を刺激する。この神経は、排便をコントロールする直腸や内肛門括約筋、そして排尿に関わる膀胱排尿筋の機能に重要な役割を果たす。そのため、中髎への刺激は、特に排便・排尿機能の調整に有効である。
- 鍼治療は非侵襲的ニューロモデュレーション 八髎穴に関するエビデンスは、「鍼治療が非侵襲的な神経変調(ニューロモデュレーション)療法である」という概念を最も明確に示している。外科的に電極を埋め込む仙骨神経刺激療法(SNS)が、難治性のOABや便失禁、慢性骨盤痛に対して確立された治療法であることからも、体表から仙骨神経にアクセスできる八髎穴への刺激が同様の治療効果を発揮することは、神経生理学的に極めて合理的である。古典医学が経験的に見出した「八髎穴」という治療点は、現代の神経解剖学が明らかにした「仙骨神経叢」という機能的ハブそのものである。この理解は鍼灸を科学的な言葉で説明し、現代医療との連携を深める上で非常に強力な根拠となる。
- 泌尿器疾患: 膀胱兪(BL28)と同様に、排尿機能を調節する作用がある。ステマティックレビューやRCTにおいて、八髎穴(特にBL33、BL32)への電気鍼(EA)は、過活動膀胱(OAB)の症状(頻尿、尿意切迫、切迫性尿失禁)を有意に改善することが示されている 。ラットを用いた基礎研究では、BL33へのEAが酢酸誘発性の膀胱過活動を抑制し、排尿間隔を延長させることが確認された 。この作用は、仙骨神経の求心性線維を刺激し、脊髄および脳幹の排尿中枢における抑制性介在ニューロンを活性化することで、膀胱の異常な収縮(無抑制収縮)を抑制するメカニズムによると考えられる 。また、下位運動ニューロン障害による慢性尿閉に対しても、BL32、BL33、BL35へのEAが有効であることが報告されている 。
- Zhao, Y., Zhou, J., Mo, Q., Wang, Y., Yu, J., & Liu, Z. (2018). Acupuncture for adults with overactive bladder: A systematic review and meta-analysis of randomized controlled trials. Medicine, 97(8), e9838. https://doi.org/10.1097/MD.0000000000009838 → 要約
- Yang, L., Wang, Y., Mo, Q., & Liu, Z. (2017). A comparative study of electroacupuncture at Zhongliao (BL33) and other acupoints for overactive bladder symptoms. Frontiers of Medicine, 11(1), 129–136. https://doi.org/10.1007/s11684-016-0491-6 → 要約
- 臨床応用と配穴:
- 主要な臨床応用: 便秘(特に弛緩性便秘)、排尿障害、仙腸関節痛。
- 配穴: 便秘には大腸の募穴である天枢(ST25)や、下合穴である上巨虚(ST37)と組み合わせる。
BL34 Xiàliáo (下髎) – Lower Crevice
- 取穴部位: 第4後仙骨孔の中に取る 。
- 古典的基礎: 八髎穴の最下部に位置し、下腹部痛、便秘、小便不利、腰痛などに用いられる 。
- 現代科学的エビデンスと作用機序: S4レベルの仙骨神経叢および陰部神経叢を刺激する。これらの神経は、外肛門括約筋や外尿道括約筋といった随意筋や、骨盤底筋群を支配している。そのため、下髎への刺激は、意識的な排尿・排便のコントロールや、骨盤底筋群の機能不全に関連する症状に効果が期待できる。
- 臨床応用と配穴:
- 主要な臨床応用: 骨盤底筋群の機能不全、腹圧性尿失禁、排尿・排便困難、会陰部痛。
- 配穴: 泌尿器症状には中極(CV3)や膀胱兪(BL28)と、骨盤底筋の強化には会陽(BL35)と組み合わせることがある。
BL35 Huìyáng (会陽) – Meeting of Yang
- 取穴部位: 尾骨先端の外方0.5寸に取る 。
- 古典的基礎: 「会」は会合する、「陽」は陽経(特に督脈)を意味する。この経穴は、足の太陽膀胱経と督脈という二つの陽経が会合する場所であることから名付けられた。その位置から、肛門周囲の疾患である痔疾、生殖器系の問題であるインポテンツ、そして消化器系の症状である下痢など、下焦(下腹部および骨盤領域)の疾患に用いられてきた 。
- 現代科学的エビデンスと作用機序: 会陽は、骨盤底筋群(特に尾骨筋や肛門挙筋の一部)の上に位置し、その深部には肛門や直腸を支配する陰部神経叢や仙骨神経叢が存在する。会陽への刺激は、これらの神経や筋肉に直接作用し、以下のような効果を発揮すると考えられる。
- 局所血流の改善: 肛門周囲の血流を促進し、うっ血を改善することで、痔核の腫れや痛みを緩和する。
- 神経調節: 陰部神経を介して肛門括約筋の機能を調節し、下痢や便失禁の症状を改善する助けとなる。また、同じ神経経路を介して会陰部の痛みや掻痒感を鎮める効果も期待できる。
- 骨盤底筋群への作用: 骨盤底筋群の緊張を和らげ、機能を正常化することで、骨盤領域全体の不調に対応する。
- 臨床応用と配穴:
- 主要な臨床応用: 痔核、脱肛、肛門掻痒症、会陰部痛、インポテンツ、下痢。
- 配穴:
- 痔疾: 気を上方に引き上げる作用を持つ百会(GV20)や、痔疾の特効穴として知られる承山(BL57)と組み合わせる。
- インポテンツ: 腎気を補う腎兪(BL23)や関元(CV4)と組み合わせて、泌尿生殖器系の機能を強化する。
D. 下肢(大腿部〜膝窩まで)の経穴 (Acupoints of the Lower Limb from the Thigh to the Popliteal Fossa : BL36-BL67)
下肢の経穴は、局所的な筋骨格系の症状(坐骨神経痛、膝痛、足関節痛)に加えて、膀胱経全体の機能を調整する強力な遠隔治療点としての役割を持つ。
BL36 Chéngfú (承扶) – Holding and Supporting
- 取穴部位: 殿溝(お尻と太ももの境目のしわ)の中央に取る 。
- 古典的基礎: 「承」は下にあるものが上を支えること、「扶」は助けることを意味する。この経穴が殿部にあり、体幹を支え、歩行を助ける重要な場所であることから名付けられた 。古典では、その位置から腰痛、特に殿部から下肢にかけての痛み(坐骨神経痛)、そして痔疾の治療に用いられてきた 。
- 現代科学的エビデンスと作用機序: 承扶は、坐骨神経が殿部から大腿後面に現れるまさにその経路上に位置する。そのため、この経穴への刺鍼は坐骨神経に直接的な刺激を与え、神経の興奮を鎮め、痛みを緩和する効果がある。また、大腿二頭筋や半腱様筋、半膜様筋といったハムストリングスの起始部に近く、これらの筋肉の過緊張や肉離れの治療にも有効である。
- 近年の臨床研究において、BL36およびBL37は坐骨神経痛や腰痛に対する治療プロトコルに組み込まれている。特に注目すべきは、慢性坐骨神経痛患者を対象とした無作為化比較試験のプロトコル(NCT03489681)である。この研究では、鍼治療の「用量」、すなわち使用する経穴の数を比較するために、「高用量群(18穴)」と「低用量群(6穴)」が設定された。その「高用量群」の治療プロトコルには、BL36(承扶)とBL37(殷門)の両方が含まれている。これは、坐骨神経の全長にわたって刺激を与えることを目的とした治療戦略において、これら2穴が重要な役割を担うと臨床的に認識されていることを示唆している。この考え方は、坐骨神経痛が膀胱経の病証であるとする伝統的な理論とも一致しており、複数のシステマティックレビューでも膀胱経が坐骨神経痛治療の主要な経絡であることが指摘されている。
- Liu, C.-H., Kung, Y.-Y., Lin, C.-L., Yang, J.-L., Wu, T.-P., Lin, H.-C., Chang, Y.-K., Chang, C.-M., & Chen, F.-P. (2019). Therapeutic efficacy and the impact of the “dose” effect of acupuncture to treat sciatica: A randomized controlled pilot study. Journal of Pain Research, 12, 3511–3520. https://doi.org/10.2147/JPR.S210672 → 要約
- Ji, M., Wang, X., Chen, M., Shen, Y., Zhang, X., & Yang, J. (2015). The efficacy of acupuncture for the treatment of sciatica: A systematic review and meta-analysis. Evidence-Based Complementary and Alternative Medicine, 2015, 1928084. https://doi.org/10.1155/2015/1928084 → 要約
- 臨床応用と配穴:
- 主要な臨床応用: 坐骨神経痛、梨状筋症候群、ハムストリングスの肉離れや緊張、痔疾。
- 配穴: 坐骨神経痛に対しては、腰部の圧痛点(阿是穴)、殿部の環跳(GB30)、膝裏の委中(BL40)など、坐骨神経の走行に沿った経穴と組み合わせることで治療効果が高まる。
BL37 Yīnmén (殷門) – Gate of Abundance
- 取穴部位: 大腿後側、承扶(BL36)と委中(BL40)を結ぶ線上、承扶の下6寸に取る 。
- 古典的基礎: 「殷」は盛ん、豊かという意味、「門」は出入り口を意味する。大腿後面の筋肉が最も豊かに盛り上がっている場所にある気の通路であることから名付けられた。古典では、腰痛や大腿部の痛み、運動障害に用いられてきた 。
- 現代科学的エビデンスと作用機序: この経穴も坐骨神経の走行上にあり、ハムストリングスの筋腹中央に位置する。殷門への刺激は、坐骨神経痛に伴う大腿後面の放散痛やしびれを緩和する。また、スポーツなどで起こるハムストリングスの過緊張や硬結を直接的に弛緩させる効果があり、腰痛の治療においても重要な遠隔治療点となる。
- ハムストリングスの柔軟性に対するエビデンス: BL36とBL37の筋組織への影響を直接的に検証した研究として、Carvalhoらによる無作為化、盲検化、対照パイロット研究が挙げられる。この研究では、ハムストリングスの柔軟性に対する鍼治療の即時効果が検討された。研究では、BL36、BL37、BL40を含む経穴群への鍼治療(真の鍼治療群)、経穴近傍の非経穴への浅い刺鍼(偽鍼治療群)、そして皮膚に接触するだけの非侵襲的な刺激(プラセボ群)が比較された。その結果、柔軟性の指標である座位体前屈テストにおいて、真の鍼治療群でのみ統計的に有意な改善が認められた(p=0.03)。対照的に、偽鍼治療群(p=0.86)およびプラセボ群(p=0.18)では有意な変化は見られなかった 。
- この結果は、経穴の特異性を考察する上で非常に重要である。偽鍼治療群は、針が皮膚を通過することによる非特異的な生理的反応(微小な組織損傷や心理的期待効果など)を、プラセボ群は治療行為そのもの(触れられることや治療環境)による影響をコントロールする役割を果たす。これらの対照群と比較して、真の鍼治療群でのみ有意な効果が認められたという事実は、観察された柔軟性の改善が単なるプラセボ効果や一般的な刺激反応ではなく、選択された経穴の特定の解剖学的位置と適切な深度への刺激に起因することを示唆している。すなわち、ハムストリング筋群とその支配神経を標的とした神経生理学的なメカニズムが働いている可能性が高い。
- 坐骨神経の直接的な神経調節: BL36およびBL37への刺鍼は、その深層にある坐骨神経(脊髄神経L4~S3由来)に直接的な機械的刺激を与える。この求心性信号は脊髄後角に伝達され、痛みの伝達を抑制する「ゲートコントロールセオリー」を介した分節性の鎮痛効果や、さらに上位の中枢神経系に作用して下行性疼痛抑制系を賦活化させることで、広範な鎮痛効果を発揮すると考えられる。
- 筋・筋膜性のメカニズム: ハムストリング筋群は、特に長時間の座位やスポーツ活動により短縮・硬化しやすい。これらの経穴への刺鍼は、筋膜の緊張を解放し、筋硬結(トリガーポイント)を不活性化させる。これにより筋の過緊張が緩和され、血流が改善し、発痛物質が洗い流される。Carvalhoらの研究で示された柔軟性の向上は、この筋・筋膜性リリースの効果を直接的に反映していると考えられる 。
- 固有受容器への入力: 筋中にある筋紡錘や腱に存在するゴルジ腱器官といった固有受容器への刺激は、脊髄レベルでの運動ニューロンの活動を変化させ、筋の緊張度を再設定する。これにより、坐骨神経痛などで見られる防御的な筋スパズムを緩和する効果が期待できる。
- 臨床応用と配穴:
- 主要な臨床応用: 坐骨神経痛、大腿後面の筋緊張・疼痛、腰痛。
- 配穴: 承扶(BL36)、委中(BL40)、承山(BL57)など、膀胱経の下肢の経穴と組み合わせて、経脈全体の気血の流れを改善する。
BL38 Fúxì (浮郄) – Superficial Cleft
- 取穴部位: 委中(BL40)の上1寸、大腿二頭筋腱の内側に取る 。
- 古典的基礎: 「浮」は浅い、表層を意味し、「郄」は筋肉の隙間を意味する。膝窩の浅い部分にある筋肉の隙間に位置することから名付けられた。古典では、膀胱炎や便秘、下肢の麻痺やこわばりに用いられてきた 。
- 現代科学的エビデンスと作用機序: BL38(浮郄)は膝窩横紋の上方1寸、大腿二頭筋腱の内側に位置し、BL39(委陽)は膝窩横紋の外端、大腿二頭筋腱の内側縁に位置する。両穴ともに膝関節の外側後方にあり、坐骨神経が脛骨神経と総腓骨神経に分岐する領域に近い。特に、大腿二頭筋腱の内側縁に位置することから、総腓骨神経への刺激が可能な部位である。
- この経穴は膝窩部の痛みや、腓骨神経麻痺の初期症状(足首が上がりにくいなど)の治療に用いられる。膀胱炎や便秘への効果は、膀胱経の遠隔作用によるものと考えられる。
- 臨床応用と配穴:
- 主要な臨床応用: 膝窩部痛、腓骨神経麻痺、こむら返り。
- 配穴: 膝関節の症状には、委中(BL40)や委陽(BL39)などの局所穴と組み合わせて使用する。
BL39 Wěiyáng (委陽) – Yang of the Crook
- 取穴部位: 膝窩横紋の外側端、大腿二頭筋腱の内縁に取る 。
- 古典的基礎: 三焦経の下合穴である。下合穴は、陽経に属する腑の疾患を治療する要穴であり、三焦が「水道を通利」する機能、すなわち体内の水液代謝を調節する機能を持つことから、BL39は伝統的に浮腫(むくみ)や排尿困難といった泌尿器系の症状に用いられる。「委」は膝を曲げること、「陽」は膝窩の外側(陽側)にあることを意味する。
- 現代科学的エビデンスと作用機序: BL39については、古典理論と現代科学的検証との間に顕著な乖離が見られる。三焦経の下合穴として、水液代謝異常、特に泌尿器系の機能障害に対する治療の要穴であるはずだが、これを裏付けるRCTや基礎研究は皆無である 。この事実は、二つの可能性を示唆する。一つは、古典理論におけるBL39の機能割り当てが、現代的な検証に耐えうるものではない可能性。もう一つは、現代の研究がまだその特異的な作用を検出するための適切な実験モデルや評価指標を見出せていない可能性である。例えば、利尿作用や腎血流量の変化などを指標とした動物実験や、特定の病態モデル(例:心不全や腎疾患に伴う浮腫)における臨床試験などが、この古典理論を検証するためには必要となるだろう。このエビデンスの欠如は、今後の研究が取り組むべき重要な課題を提示している。解剖学的には、大腿二頭筋腱や外側側副靭帯に近く、膝関節外側部の痛みの治療点として有効である。
- 総腓骨神経への刺激: BL38およびBL39への刺鍼は、総腓骨神経を刺激しうる。これにより、同神経が支配する下腿前側および外側区の筋群(前脛骨筋、長・短腓骨筋など)の機能調節や、足関節の背屈・外反運動に関連する症状、あるいは同神経領域の知覚異常(痺れなど)に応用できる可能性がある。
- 局所的な筋・筋膜への作用: 大腿二頭筋腱の付着部周囲への刺激は、局所的な血流を改善し、膝関節外側部の痛みや緊張を緩和する効果が期待できる。
- 臨床応用と配穴:
- 主要な臨床応用: 膝関節外側痛、泌尿器疾患(排尿困難、浮腫)、腹部膨満感。
- 配穴: 水分代謝異常には、脾経の陰陵泉(SP9)と組み合わせて利水作用を強化する。膝痛には、胆経の陽陵泉(GB34)と組み合わせて膝関節内外のバランスを整える。
BL40 Wěizhōng (委中) – Middle of the Crook
- 取穴部位: 膝窩横紋の中央、膝窩動脈の拍動部に取る 。
- 古典的基礎: 膀胱経の合土穴である。また、「四総穴」の一つとして「腰背は委中に求む(腰背の病は委中を治療に求める)」という格言で知られ、古来より腰痛治療の第一選択穴とされてきた 。腰痛、坐骨神経痛、下肢の麻痺や痛み、さらには血中の熱を冷ます作用から皮膚病(蕁麻疹、湿疹)にも用いられる。
- 現代科学的エビデンスと作用機序: BL40(委中)は膝窩横紋の正確な中央に位置し、その深部には脛骨神経および膝窩動静脈が走行する、神経血管構造が豊富な重要部位である。委中は、腰痛治療における有効性がfMRIなどの脳機能イメージング研究によって科学的に裏付けられている。
- 腰痛および坐骨神経痛に対する強力な臨床エビデンス: 古典的な評価を裏付けるように、BL40は腰痛および坐骨神経痛に対する鍼治療研究において、最も頻繁に含まれ、その有効性が検証されている経穴の一つである。
- 複数のシステマティックレビューおよびメタアナリシスにおいて、BL40を含む鍼治療が、無治療や通常ケアと比較して、腰痛を有意に改善することが示されている。Leeらによるメタアナリシスでは、腰痛治療に最も頻繁に処方される経穴の一つとしてBL40が挙げられ、特に腰部の局所穴であるBL23(腎兪)との組み合わせ(BL23-BL40)が最も頻用される組み合わせの一つであることが報告されている。これは、局所と遠隔を組み合わせるという伝統的な治療原則が、現代の臨床においても広く実践され、有効であると認識されていることを示している。坐骨神経痛を対象としたRCTプロトコルにおいても、BL40は治療点として一貫して採用されている。
- Shim, J.-W., Jung, J.-Y., & Kim, S.-S. (2016). Effects of Electroacupuncture for Knee Osteoarthritis: A Systematic Review and Meta-Analysis. Evidence-Based Complementary and Alternative Medicine, 2016, Article ID 3485875. https://doi.org/10.1155/2016/3485875 → 要約
- Hsieh, D., Chen, Y.-C., Chang, H.-C., Wei, C.-C., & Lee, T.-H. (2024). Efficacy of Electroacupuncture Compared to Standard and Manual Needling Therapy for Nonspecific Low Back Pain: A Systematic Review and Meta-Analysis. Cureus, 16(10), e72577. https://doi.org/10.7759/cureus.72577 → 要約
- Kim, G., Kim, D., Moon, H., Yoon, D.-E., Lee, S., Ko, S.-J., Kim, B., Chae, Y., & Lee, I.-S. (2023). Acupuncture and Acupoints for Low Back Pain: Systematic Review and Meta-Analysis. American Journal of Chinese Medicine, 51(2), 223–247. https://doi.org/10.1142/S0192415X23500131 → 要約
- Liu, C.-H., Kung, Y.-Y., Lin, C.-L., Yang, J.-L., Wu, T.-P., Lin, H.-C., Chang, Y.-K., Chang, C.-M., & Chen, F.-P. (2019). Therapeutic efficacy and the impact of the “dose” effect of acupuncture to treat sciatica: A randomized controlled pilot study. Journal of Pain Research, 12, 3511–3520. https://doi.org/10.2147/JPR.S210672 → 要約
- 中枢神経系の変調: 委中への鍼刺激は、痛みの認知・情動処理に関わる脳領域(前頭前野、帯状回など)の活動を特異的に変調させる。慢性腰痛患者では異常をきたしているデフォルト・モード・ネットワーク(DMN)の活動を正常化させることが報告されている 。
- Zhou, S., Cao, H., Yu, L., Jin, Y., Jia, R., Wen, Y., & Chen, X. (2016). Changes of brain pain center and default mode network an electro acupuncture in Weizhong and Dachangshu acupoints: a task-fMRI study. Zhonghua Yixue Zazhi, 96(7), 531–534. https://doi.org/10.3760/cma.j.issn.0376-2491.2016.07.008 → 要約
- 2006年にShaらが行った画期的な研究では、健康な被験者のBL40に鍼刺激を行い、PET/CTを用いて脳の糖代謝の変化を観察した 。その結果、BL40への刺激は特定の脳領域の活動を選択的に変化させることが示された。
- 活性化領域: 左前頭葉(ブロードマンエリア BA10, 11, 44-46)、側頭葉(BA22, 38)、頭頂葉(BA39, 40)、両側の視覚野(BA18, 19)、そして左の小脳皮質や島皮質などが含まれた。
- 抑制領域: 両側の大脳辺縁系の一部である帯状回(BA24)や頭頂葉の一部(BA7)、黒質などが含まれた。
- Shapo, G., Ma, L., & Liu, C. (2006). [Effects of acupuncture at Weizhong (BL40) on brain function with PET/CT]. Zhongguo Zhong Xi Yi Jie He Za Zhi, 26(11), 969–972. PMID: 17186722 → 要約
- 下行性疼痛抑制系の賦活: 慢性腰痛患者を対象とした研究では、BL40を含む鍼治療が下行性疼痛抑制系(DPMS)と報酬系という、痛みの制御に不可欠な二つのシステムの主要な結節点(ハブ)の結合性を変調させることが示された。具体的には、中脳の中脳水道周囲灰白質(PAG)および腹側被蓋野(VTA)と、情動処理の中核である扁桃体との間の安静時機能的結合性(rsFC)が、真の鍼治療によって有意に増強された。そして、この結合性の増強の度合いは脊髄レベルで痛みの伝達を強力に抑制し、患者が感じる痛みの「煩わしさ」の軽減度と正の相関を示した 。
- Kim, K.-W., Park, K., Park, H.-J., Jahng, G.-H., Jo, D.-J., Cho, J.-H., Song, E.-M., Shin, W.-C., Yoon, Y.-J., Kim, S.-J., Eun, S., & Song, M.-Y. (2019). Effect and neurophysiological mechanism of acupuncture in patients with chronic sciatica: protocol for a randomized, patient-assessor blind, sham-controlled clinical trial. Trials, 20, 56. https://doi.org/10.1186/s13063-018-3164-8 → 要約
- Yu, S., Ortiz, A., Gollub, R. L., Wilson, G., Gerber, J., Park, J., Huang, Y., Shen, W., Chan, S.-T., Wasan, A. D., Edwards, R. R., Napadow, V., Kaptchuk, T. J., Rosen, B., & Kong, J. (2020). Acupuncture treatment modulates the connectivity of key regions of the descending pain modulation and reward systems in patients with chronic low back pain. Journal of Clinical Medicine, 9(6), 1719. https://doi.org/10.3390/jcm9061719 → 要約
- これらの神経科学的知見は、「腰背委中求」という古典的原則の生物学的基盤を鮮やかに描き出す。膝裏のBL40を刺激することで生じた求心性の神経信号は、脊髄を上行し、脳幹のPAGやVTAといった高次中枢に到達する。PAGの活性化は、延髄の吻側延髄腹内側部(RVM)などを介して脊髄後角へと投射する強力な下行性疼痛抑制系を賦活化し、腰部から入力される侵害受容信号を脊髄レベルで「ゲート」する。同時に、報酬系の中枢であるVTAや情動の中枢である扁桃体との連携を強化することで、痛みに対する情動的・認知的な側面(例:痛みの煩わしさ、恐怖、不安)をも変調させる。このように、BL40への刺激は、痛みの感覚的側面と情動的側面の両方に介入する、極めて洗練された中枢性鎮痛メカニズムを起動させることが示唆される。
- 体性-自律神経反射と血流改善: BL40のもう一つの作用機序として、体性-自律神経反射を介した血流改善が挙げられる。Liuらが計画中の臨床試験プロトコルでは、健康な被験者のBL40に鍼または灸刺激を行い、腰部の皮膚温度を赤外線サーモグラフィで測定することが計画されている。これは、膝窩部への体性感覚刺激(鍼灸)が、自律神経系(交感神経)を介して、遠隔部である腰部の血管を拡張させ、血流を増加させる(=皮膚温度を上昇させる)という体性-自律神経反射の存在を検証するものである。腰部筋群の血流が改善すれば、筋緊張の緩和や発痛物質の洗い出しが促進され、腰痛の軽減に繋がる。これもまた、「腰背委中求」の科学的根拠の一つとなりうる。
- Zheng, S.-Y., Wang, X.-Y., Lin, L.-N., Liu, S., Huang, X.-X., Liu, Y.-Y., Yu, X.-S., Pan, W., Fang, J.-Q., & Liang, Y. (2025). Lumbar temperature change after acupuncture or moxibustion at Weizhong (BL40) or Chize (LU5) in healthy adults: A randomized controlled trial. Journal of Integrative Medicine, 23(2), 145–151. https://doi.org/10.1016/j.joim.2025.01.004 → 要約
- 臨床応用と配穴:
- 主要な臨床応用: 急性腰痛(ぎっくり腰)、椎間板ヘルニア、坐骨神経痛、変形性膝関節症、皮膚疾患 。
- 配穴: 急性腰痛には、腰部の圧痛点(阿是穴)と組み合わせる。この際、刺絡(少量の瀉血)が著効を示すことがある。皮膚疾患には、血の熱を冷ます曲池(LI11)や血海(SP10)と組み合わせる。
E. 背部第二側線の経穴 (Acupoints of the Second Lateral Line of the Back: BL41-54)
後正中線の外方3寸を走行するこの路線は、第一側線にある背部兪穴の作用を補助し、より慢性的で深層にある病態や、臓腑と関連する精神・情緒面の問題に対応する上で重要な役割を果たす。
BL41 Fùfēn (附分) – Attached Part
- 取穴部位: 第2胸椎棘突起下縁の高さで、後正中線の外方3寸に取る 。
- 古典的基礎: 「附」は付属する、「分」は分かれるを意味し、第一側線から分かれて付属する経穴であることを示す。風門(BL12)の外方にあり、風邪が侵入しやすい肩甲間部のこわばりや痛み、項強に用いられる 。
- 現代科学的エビデンスと作用機序: 肩甲骨内上角に近く、肩甲挙筋や菱形筋のトリガーポイントが好発する部位である。これらの筋肉の過緊張は、肩こりや肩甲間部痛の直接的な原因となるため、附分への刺鍼は局所の筋緊張を緩和し、血流を改善することで痛みを軽減する。
- 臨床応用と配穴:
- 主要な臨床応用: 肩甲間部痛、菱形筋のトリガーポイント、寝違え。
- 配穴: 肩甲骨内縁の痛みに対して、天宗(SI11)や膏肓(BL43)と組み合わせて使用する。
BL42 Pòhù (魄戸) – Door of the Corporeal Soul
- 取穴部位: 第3胸椎棘突起下縁の高さで、後正中線の外方3寸に取る 。
- 古典的基礎: 肺兪(BL13)の外方に位置する。「魄」は五神の一つで肺に宿るとされる「肉体の魂」を、「戸」は扉を意味する。肺の背部兪穴の傍らにある「魄の扉」として、肺の生理機能だけでなく、悲しみや憂いといった肺に関連する情緒を調整する作用を持つ。主治は咳嗽、喘息、項強などである 。
- 臨床応用と配穴:
- 主要な臨床応用: 肺兪(BL13)の補助穴として呼吸器疾患に、また、悲嘆や憂いからくる胸部の閉塞感や浅い呼吸などの症状に用いる。
- 配穴: 肺兪(BL13)と組み合わせて肺の機能を調整し、膻中(CV17)を加えて胸中の気を巡らせる。
BL43 Gāohuāng (膏肓) – Vital Region
- 取穴部位: 第4胸椎棘突起下縁の高さで、後正中線の外方3寸に取る 。
- 古典的基礎: 「膏」は心臓の下部、「肓」は横隔膜の上部を指し、病がこの深部に至ると治療が極めて困難になるとされたことに由来する。そのため、膏肓は「百病を主る」と言われ、特に慢性消耗性疾患、虚労、肺結核、健忘、遺精など、あらゆる難治性の疾患に用いられる伝説的な要穴である 。
- 現代科学的エビデンスと作用機序: 膏肓は、菱形筋と僧帽筋の間に位置し、肩甲骨内縁の頑固な痛みの治療点として極めて有効である。古典的な「虚労を治す」という効能は、自律神経系や免疫系に対する深いレベルでの調節作用を示唆している。膏肓への刺激は、胸郭の可動性を改善し、呼吸機能を補助するとともに、交感神経幹への影響を介して全身の恒常性を回復させる可能性がある。
- 臨床応用と配穴:
- 主要な臨床応用: 難治性の肩甲間部痛、慢性疲労症候群、呼吸器疾患(喘息、肺気腫)、免疫力低下状態。
- 配穴: 虚労に対しては、気血を補う足三里(ST36)や気海(CV6)と共に施灸する。
BL44 Shéntáng (神堂) – Hall of the Spirit
- 取穴部位: 第5胸椎棘突起下縁の高さで、後正中線の外方3寸に取る 。
- 古典的基礎: 心兪(BL15)の外方に位置する。「神」は心に宿る精神活動を、「堂」はそれが集まる広間を意味する。心の背部兪穴の傍らにある「神の殿堂」として、動悸、不眠、不安といった心に関連する症状、特に精神的な側面に作用する。主治は動悸、不眠、喘息、胸痛などである 。
- 臨床応用と配穴:
- 主要な臨床応用: 心兪(BL15)の補助穴として、不安感、精神的疲労、不眠症に用いる。
- 配穴: 心兪(BL15)、内関(PC6)、神門(HT7)と組み合わせて、心神を鎮める作用を強化する。
BL45 Yìxǐ (噫嘻) – “Oh, Yes!”
- 取穴部位: 第6胸椎棘突起下縁の高さで、後正中線の外方3寸に取る 。
- 古典的基礎: この経穴を押圧した際に、患者が思わず「ああ、そこだ!」というような感嘆の声(噫嘻)を漏らすことから名付けられたとされる。主治は咳嗽、喘息、肩背部の痛みなどである 。
- 臨床応用と配穴:
- 主要な臨床応用: 肩甲間部の圧痛点(阿是穴)として、また肋間神経痛やしゃっくりに用いる。
- 配穴: 咳嗽や喘息には肺兪(BL13)や膈兪(BL17)と組み合わせて使用する。
BL46 Gēguān (膈関) – Diaphragm Gate
- 取穴部位: 第7胸椎棘突起下縁の高さで、後正中線の外方3寸に取る 。
- 古典的基礎: 膈兪(BL17)の外方に位置する。「膈」は横隔膜、「関」は関所を意味し、横隔膜の機能を調整する関門としての役割を示す。主治は嘔吐、しゃっくり、背部痛、食欲不振など、横隔膜や消化器に関連する症状である 。
- 臨床応用と配穴:
- 主要な臨床応用: 膈兪(BL17)の補助穴として、胃食道逆流症やしゃっくり、食欲不振に用いる。
- 配穴: 膈兪(BL17)と組み合わせて横隔膜の痙攣を緩和し、胃の募穴である中脘(CV12)を加えて胃の機能を整える。
BL47 Húnmén (魂門) – Gate of the Ethereal Soul
- 取穴部位: 第9胸椎棘突起下縁の高さで、後正中線の外方3寸に取る 。
- 古典的基礎: 肝兪(BL18)の外方に位置する。「魂」は五神の一つで肝に宿るとされる「精神的な魂」を、「門」は扉を意味する。肝の背部兪穴の傍らにある「魂の門」として、肝の疏泄機能や蔵血機能だけでなく、怒り、決断力、計画性といった肝に関連する精神活動を調整する。主治は胸脇痛、嘔吐、下痢などである 。
- 臨床応用と配穴:
- 主要な臨床応用: 肝兪(BL18)の補助穴として、ストレスによる消化器症状や、怒りっぽさ、抑うつ感などの精神症状に用いる。
- 配穴: 肝兪(BL18)と太衝(LR3)と組み合わせて、肝の気血と精神の両面を調整する。
BL48 Yánggāng (陽綱) – Yang’s Guiding Principle
- 取穴部位: 第10胸椎棘突起下縁の高さで、後正中線の外方3寸に取る 。
- 古典的基礎: 胆兪(BL19)の外方に位置する。「陽」は陽腑である胆を、「綱」は物事をまとめる大綱を意味する。胆の機能を統括し、補助する経穴であることを示す。主治は腹痛、腸鳴、下痢、黄疸など、胆汁の分泌や排泄に関連する症状である 。
- 臨床応用と配穴:
- 主要な臨床応用: 胆兪(BL19)の補助穴として、消化不良や下痢に用いる。
- 配穴: 胆兪(BL19)や、胆経の合穴である陽陵泉(GB34)と組み合わせて、肝胆の機能を整える。
BL49 Yìshè (意舎) – Residence of Thought
- 取穴部位: 第11胸椎棘突起下縁の高さで、後正中線の外方3寸に取る 。
- 古典的基礎: 脾兪(BL20)の外方に位置する。「意」は五神の一つで脾に宿るとされる「思考や記憶」を、「舎」は宿る場所を意味する。脾の背部兪穴の傍らにある「意の宿」として、脾の運化機能だけでなく、思慮過度や記憶力低下といった脾に関連する精神活動を調整する。主治は腹部膨満感、嘔吐、下痢などである 。
- 臨床応用と配穴:
- 主要な臨床応用: 脾兪(BL20)の補助穴として、消化不良や食欲不振、また考えすぎによる精神疲労などに用いる。
- 配穴: 脾兪(BL20)と足三里(ST36)を組み合わせて、脾胃の機能を物質・精神の両面から補う。
BL50 Wèicāng (胃倉) – Stomach Granary
- 取穴部位: 第12胸椎棘突起下縁の高さで、後正中線の外方3寸に取る 。
- 古典的基礎: 胃兪(BL21)の外方に位置する。「胃」は胃腑を、「倉」は穀物を貯蔵する蔵を意味する。胃の受納・腐熟機能を補助する経穴であることを示す。主治は腹部膨満感、胃痛、背部痛などである 。
- 臨床応用と配穴:
- 主要な臨床応用: 胃兪(BL21)の補助穴として、慢性胃炎や消化不良に用いる。
- 配穴: 胃兪(BL21)と中脘(CV12)と組み合わせて、胃の機能を調整する。
BL51 Huāngmén (肓門) – Gate to the Vital Region
- 取穴部位: 第1腰椎棘突起下縁の高さで、後正中線の外方3寸に取る 。
- 古典的基礎: 三焦兪(BL22)の外方に位置する。「肓」は横隔膜と心臓の間の深部、あるいは腹部の脂膜を指し、生命活動に重要な部位とされる。「門」は扉を意味し、この深部領域への入り口であることを示す。三焦と関連し、腹部の気血や水液の巡りを調整する。主治は腹痛、便秘、乳腺炎などである 。
- 臨床応用と配穴:
- 主要な臨床応用: 三焦兪(BL22)の補助穴として、腹部の気滞や水分代謝の異常に用いる。
- 配穴: 三焦兪(BL22)や、腹部の天枢(ST25)、水分(CV9)と組み合わせて使用する。
BL52 Zhìshì (志室) – Chamber of Will
- 取穴部位: 第2腰椎棘突起下縁の高さで、後正中線の外方3寸に取る 。
- 古典的基礎: 腎兪(BL23)の外方に位置する。「志」は五神の一つで腎に宿るとされる「意志力」を、「室」は部屋を意味する。腎の背部兪穴の傍らにある「志の部屋」として、腎の蔵精機能だけでなく、意志力、記憶力、恐怖心といった腎に関連する精神活動を調整する。主治は遺精、インポテンツ、小便不利、腰痛などである 。
- 現代科学的エビデンスと作用機序: 腎兪と共に、腰方形筋や広背筋の外縁に位置し、体幹の安定に関わる筋群の緊張緩和に有効である。特に「副腎疲労」のようなストレス関連の消耗状態に対して、腎兪と志室を組み合わせることで、視床下部-下垂体-副腎(HPA)系の機能を正常化する効果が期待される。
- 臨床応用と配穴:
- 主要な臨床応用: 腎虚を伴う慢性腰痛、副腎疲労、慢性疲労症候群、インポテンツ、精神的消耗 。
- 配穴: 常に腎兪(BL23)とセットで用いられることが多い。さらに、督脈の命門(GV4)や腹部の関元(CV4)への施灸を併用することで、腎陽を強力に補う。
BL53 Bāohuāng (胞肓) – Bladder’s Membrane
- 取穴部位: 第2後仙骨孔の高さで、後正中線の外方3寸に取る 。
- 古典的基礎: 膀胱兪(BL28)の外方に位置する。「胞」は膀胱の古い呼び名、「肓」はそれを支える膜を意味する。膀胱の機能を補助する経穴であることを示す。主治は腸鳴、腹部膨満感、腰痛、排尿困難などである 。
- 臨床応用と配穴:
- 主要な臨床応用: 膀胱兪(BL28)の補助穴として、骨盤内臓器疾患や仙腸関節痛に用いる 。
- 配穴: 膀胱兪(BL28)や次髎(BL32)と組み合わせて、泌尿器系の機能を調整する。
BL54 Zhìbiān (秩辺) – Order’s Border
- 取穴部位: 第4後仙骨孔の高さで、後正中線の外方3寸に取る 。
- 古典的基礎: 「秩」は秩序、「辺」は辺縁を意味し、仙骨の辺縁で気血の乱れた秩序を回復させる経穴であることを示す。主治は腰痛、坐骨神経痛、小便不利、痔疾などである 。
- 現代科学的エビデンスと作用機序: この経穴は梨状筋の直上に位置することが多く、梨状筋の緊張によって坐骨神経が圧迫されて生じる「梨状筋症候群」の治療において極めて重要な治療点である。秩辺への刺鍼は、梨状筋の緊張を直接的に緩和し、坐骨神経への圧迫を解放することで、殿部から下肢にかけての痛みやしびれを軽減する。
- 臨床応用と配穴:
- 主要な臨床応用: 梨状筋症候群、坐骨神経痛、仙腸関節障害、痔疾 。
- 配穴: 坐骨神経痛に対しては、環跳(GB30)、承扶(BL36)、委中(BL40)など、坐骨神経の走行に沿った経穴と組み合わせて使用する。
F. 下肢の経穴(下腿〜足部) (Acupoints of the Lower Limb from the Lower Leg to the Foot: BL55-BL67)
この領域の経穴は、局所的な筋骨格系の症状(こむら返り、アキレス腱炎、足関節痛)に効果的であると同時に、経脈の終点に向かうにつれて、経脈全体の気血を調整し、遠隔部の症状(腰痛、頭痛など)や全身状態に影響を与える強力な治療点としての役割を担う。
BL55 Héyáng (合陽) – Yang Union
- 取穴部位: 委中(BL40)の直下2寸、腓腹筋の内側頭と外側頭の間に取る 。
- 古典的基礎: 「合」は合流する、「陽」は陽経を意味し、委中で合流した膀胱経の気がさらに下行する場所であることを示す。古典では、腰痛、下肢の麻痺、疝気(下腹部痛)などに用いられてきた 。
- 臨床応用と配穴:
- 主要な臨床応用: こむら返り、坐骨神経痛、下腿後面の痛み。
- 配穴: 坐骨神経痛に対して、腰部の圧痛点や委中(BL40)、承山(BL57)と組み合わせて使用する。
BL56 Chéngjīn (承筋) – Supporting the Sinews
- 取穴部位: 合陽(BL55)と承山(BL57)を結ぶ線の中点、腓腹筋が最も隆起した中央部に取る 。
- 古典的基礎: 「承」は支える、「筋」は筋肉を意味し、腓腹筋を支える中心的な経穴であることを示す。古典では、腰痛、下肢の痙攣(こむら返り)、痔疾などに用いられてきた 。
- 臨床応用と配穴:
- 主要な臨床応用: こむら返り、腓腹筋の痛みや疲労。
- 配穴: 承山(BL57)と共に用いることで、腓腹筋全体の緊張を効果的に緩和する。
BL57 Chéngshān (承山) – Supporting the Mountain
- 取穴部位: 委中(BL40)と崑崙(BL60)を結ぶ線上、腓腹筋の筋腹の下縁にある陥凹部に取る。つま先立ちをすると、腓腹筋の内側頭と外側頭の間にできる「人」の字の頂点にあたる 。
- 古典的基礎: 山の形に盛り上がる腓腹筋を「支える」場所にあることから名付けられた。下腿部の痙攣(こむら返り)、アキレス腱の痛み、坐骨神経痛、そして経脈が肛門と連絡することから痔疾の特効穴としても知られる 。
- 現代科学的エビデンスと作用機序: 承山は、腓腹筋とヒラメ筋のトリガーポイントが好発する部位であり、これらの筋の過緊張を直接的に緩和する 。
- 神経筋機構: 承山への刺鍼は、筋紡錘やゴルジ腱器官を刺激し、脊髄反射を介して腓腹筋の緊張を弛緩させる。これが、こむら返りに対する即時的な効果のメカニズムである 。
- 鎮痛機序: 鍼刺激は、局所のAδ線維やC線維といった求心性神経線維を活性化させ、中枢神経系に信号を送り、下行性疼痛抑制系を賦活化して鎮痛効果をもたらす 。
- 臨床応用と配穴:
- 主要な臨床応用: こむら返り(腓腹筋痙攣)、アキレス腱炎、坐骨神経痛、痔疾、便秘、レストレスレッグス症候群 。
- 配穴: 坐骨神経痛には、委中(BL40)、環跳(GB30)、腰部の圧痛点と組み合わせる。痔疾には、百会(GV20)と組み合わせる(昇提作用を利用)。
BL58 Fēiyáng (飛揚) – Flying Upward
- 取穴部位: 崑崙(BL60)の直上7寸、腓骨の後方に取る 。
- 古典的基礎: 膀胱経の絡穴(らくけつ)であり、ここから表裏関係にある足の少陰腎経へと連絡する支脈が分岐する。「飛」は速い、「揚」は飛び上がるを意味し、経気がここから腎経へ飛ぶように速く流れていく様子を表している 。絡穴として、膀胱経と腎経の両方に関わる症状、例えば頭痛、めまい、腰痛、痔疾などを治療する。
- 臨床応用と配穴:
- 主要な臨床応用: 腎虚を背景に持つ腰痛やめまい、浮腫、膀胱経と腎経のバランス失調。
- 配穴: 腎経の原穴である太谿(KI3)と組み合わせて、表裏二経の機能を同時に調整する。
BL59 Fūyáng (跗陽) – Instep Yang
- 取穴部位: 崑崙(BL60)の直上3寸に取る 。
- 古典的基礎: 奇経八脈の一つである陽蹻脈の郄穴(げきけつ)である。郄穴は急性の痛みに効果があるとされる。古典では、頭痛、腰痛、外果(外くるぶし)の腫れや痛みに用いられてきた 。
- 臨床応用と配穴:
- 主要な臨床応用: 急性の腰痛(ぎっくり腰)、足関節捻挫、下肢の麻痺。
- 配穴: 急性の腰痛に対して、遠隔治療点として用いる。足関節捻挫には、局所の崑崙(BL60)や丘墟(GB40)と組み合わせる。
BL60 Kūnlún (崑崙) – Kunlun Mountains
- 取穴部位: 外果尖とアキレス腱の間の陥凹部に取る 。
- 古典的基礎: 膀胱経の経火穴(けいかけつ)である。中国の伝説的な山脈「崑崙山」にちなんで名付けられ、その重要性を示唆している。経火穴として経脈の熱を清する作用を持ち、後頭部痛、項強、腰痛、坐骨神経痛、足関節痛など、膀胱経の走行上にあるあらゆる痛みに効果を発揮する 。また、気を下方に強く引く作用があるため、難産の治療にも用いられる。
- 現代科学的エビデンスと作用機序: 崑崙への電気鍼(EA)刺激は、強力な抗炎症・鎮痛作用を持つことが基礎研究で示されている。その機序は、炎症と痛みのメディエーターであるCOX-2やNK-1受容体の発現を制御するシグナル伝達経路を抑制することによると考えられている 。また、末梢、脊髄、脳の各レベルで鎮痛に関わる化学物質(エンドルフィン、セロトニンなど)を放出させ、下行性疼痛抑制系を活性化させる 。
- 臨床応用と配穴:
- 主要な臨床応用: 後頭部痛、片頭痛、寝違え、腰痛、坐骨神経痛、足関節捻挫。
- 注意: 気を強く下降させる作用があるため、妊婦には禁忌である 。
- 配穴: 後頭部痛・項強には、局所の天柱(BL10)、風池(GB20)と組み合わせる遠隔治療点として用いる。
BL61 Púcān (僕参) – Subservient Visitor
- 取穴部位: 崑崙(BL60)の直下、踵骨外側面、赤白肉際(皮膚の色の境目)に取る 。
- 古典的基礎: 「僕」はしもべ、「参」は仕えるを意味し、崑崙(BL60)に従属する経穴であることを示す。古典では、下肢の麻痺、足関節痛、てんかんなどに用いられてきた 。
- 臨床応用と配穴:
- 主要な臨床応用: 足底筋膜炎、踵の痛み、足関節の不安定性。
- 配穴: 踵の痛みに対して、腎経の太谿(KI3)や照海(KI6)と組み合わせて使用する。
BL62 Shēnmài (申脈) – Extending Vessel
- 取穴部位: 外果尖の直下にある陥凹部に取る 。
- 古典的基礎: 奇経八脈の一つである陽蹻脈(ようきょうみゃく)が合流する八脈交会穴である。「申」は伸びる、「脈」は経脈を意味し、刺鍼すると経脈の流れが良くなり、筋が伸びやかになることから名付けられた 。陽蹻脈は身体の陽側の運動能力や覚醒・睡眠のリズムを司るため、申脈は不眠や過眠、日中のてんかん、めまい、頭痛などに用いられる 。
- 現代科学的エビデンスと作用機序: 申脈の作用は、陽蹻脈の主治から、視床下部や松果体に存在する概日リズム(サーカディアンリズム)の中枢への調節作用が推測される。申脈への刺激が、睡眠と覚醒に関わる神経伝達物質(セロトニン、メラトニンなど)のバランスを整えることで、睡眠障害を改善する可能性がある。
- 臨床応用と配穴:
- 主要な臨床応用: 不眠症(特に寝つきが悪い、目が冴えるタイプ)、日中の過度な眠気、めまい、足関節の内反捻挫。
- 配穴: 不眠症には、陰蹻脈の会穴である照海(KI6)と組み合わせるのが定番の配穴である。
BL63 Jīnmén (金門) – Golden Gate
- 取穴部位: 申脈(BL62)の前下方、第5中足骨粗面の後下方にある陥凹部に取る 。
- 古典的基礎: 膀胱経の郄穴(げきけつ)である。郄穴は急性の痛みに効果があるとされる。「金」は重要、「門」は要衝を意味し、重要な経穴であることを示す。古典では、てんかん、小児のひきつけ、急性の腰痛などに用いられてきた 。
- 臨床応用と配穴:
- 主要な臨床応用: 急性の腰痛(ぎっくり腰)、足関節痛、てんかん発作。
- 配穴: 急性の腰痛に対して、委中(BL40)などと共に遠隔治療点として用いる。
BL64 Jīnggǔ (京骨) – Capital Bone
- 取穴部位: 第5中足骨粗面の後下方、赤白肉際に取る 。
- 古典的基礎: 膀胱経の原穴(げんけつ)である。原穴は臓腑の原気が集まる場所であり、その臓腑の根本的な機能を調整する。「京」は大きい、「骨」は骨を意味し、足の外側にある大きな骨(第5中足骨粗面)の下にあることから名付けられた。古典では、頭痛、項強、腰痛など、膀胱経全体の気血を調整する目的で用いられる 。
- 臨床応用と配穴:
- 主要な臨床応用: 後頭部痛、膀胱経全体の機能調整、足の外側の痛み。
- 配穴: 膀胱の募穴である中極(CV3)と組み合わせる「募原配穴」で、膀胱腑の機能を調整する。
BL65 Shùgǔ (束骨) – Bundled Bone
- 取穴部位: 第5中足指節関節の遠位(足先側)にある陥凹部、赤白肉際に取る 。
- 古典的基礎: 膀胱経の兪木穴(ゆもくけつ)である。「兪は体、重節痛を主る」とされ、身体の重だるさや関節痛に効果がある。「束」は束ねる、「骨」は骨を意味し、足の指の骨が束ねられたように集まる場所にあることから名付けられた。古典では、頭痛、項強、めまい、てんかんなどに用いられる 。
- 臨床応用と配穴:
- 主要な臨床応用: 後頭部痛、背部痛、足の小指の痛み。
- 配穴: 膀胱経の熱証による頭痛や背部痛に対して、次の滎水穴である足通谷(BL66)と組み合わせて清熱作用を強める。
BL66 Zútōnggǔ (足通谷) – Foot Connecting Valley
- 取穴部位: 第5中足指節関節の近位(踵側)にある陥凹部、赤白肉際に取る 。
- 古典的基礎: 膀胱経の滎水穴(えいすいけつ)である。「滎は身熱を主る」とされ、経脈の熱を冷ます作用がある。「通」は通じる、「谷」は谷間を意味し、経気が谷間を通るように流れる場所であることを示す。古典では、頭痛、項強、鼻血など、膀胱経の上部に上がった熱に起因する症状に用いられる 。
- 臨床応用と配穴:
- 主要な臨床応用: 膀胱経の熱証(後頭部痛、鼻血など)の鎮静。
- 配穴: 経脈の熱をさらに強力に瀉すために、井金穴である至陰(BL67)と組み合わせることがある。
BL67 Zhìyīn (至陰) – Reaching Yin
- 取穴部位: 足の第五趾(小指)外側、爪甲根部外側角の近位0.1寸に取る 。
- 古典的基礎: 膀胱経の井金穴(せいかなけつ)であり、経脈の終点である。井穴は気の流れを急激に転換させる作用を持つ。至陰は、太陽経(陽)の終点から少陰経(陰)の始点へと気が移行する場所であり、「陰に至る」と名付けられた。その最も有名な効能は胎位不正(骨盤位、さかご)の矯正である 。また、頭頂部痛や眼痛にも用いられる。
- 現代科学的エビデンスと作用機序: 至陰への灸治療が骨盤位を矯正する効果は、数多くのRCTおよびシステマティックレビューによって裏付けられており、鍼灸治療の中で最も高いエビデンスレベルを持つものの一つである 。その作用機序は、至陰への温熱刺激(灸)が母体のホルモン(胎盤由来のエストロゲンやプロスタグランジンなど)の分泌バランスを変化させ、それが子宮筋の感受性を高めて軽度な収縮を誘発し、胎動を活発にすることで、胎児自身の自己回転を促すと考えられている 。
- 臨床応用と配穴:
- 主要な臨床応用: 骨盤位(さかご)の矯正。
- 治療法: 鍼ではなく、施灸(お灸)を用いる。両側の至陰に、米粒大のもぐさで温和灸を10〜20分程度、または透熱灸を数壮行う。これを1〜2週間、毎日または隔日で継続するのが一般的である。
- 注意: 専門家の指導のもとで行うことが望ましい。
第三部 統合的考察と高等臨床戦略
3.1 背部兪穴:古典理論と神経解剖学の架け橋
足の太陽膀胱経の第一側線上に並ぶ背部兪穴は、古典的な臓腑理論と現代の神経解剖学を結びつける最も鮮やかな実例を提供する。これらの経穴の臨床的有効性は、単なる経験則ではなく、明確な神経生理学的基盤の上に成り立っている。
古典理論と体性-内臓反射
古典医学では、背部兪穴は対応する臓腑の気が流れ込む「輸送点」であり、ここに現れる圧痛や硬結は内臓の不調を反映し、ここを刺激することで臓腑の機能を直接調整できるとされてきた 。一方、現代生理学には**体性-内臓反射(somato-visceral reflex)**という概念がある。これは、皮膚や筋肉といった体性組織への刺激が、求心性神経を介して脊髄に伝わり、そこから遠心性の自律神経(交感神経・副交感神経)の活動を変化させ、内臓機能に影響を及ぼす反射メカニズムである 。
神経解剖学的相関
背部兪穴の作用機序は、この体性-内臓反射によって見事に説明できる。各背部兪穴が位置する脊椎レベル(デルマトーム/マイオトーム)は、その兪穴が対応する内臓を支配する交感神経線維が脊髄から出るレベルと、驚くほど高い精度で一致しているのである 。
例えば、肺の兪穴であるBL13(肺兪)は第3胸椎(T3)レベルにあり、肺や気管支を支配する交感神経は主にT1-T5から出ている。心の兪穴であるBL15(心兪)はT5レベルにあり、心臓を支配する交感神経はT1-T5から出ている。腎の兪穴であるBL23(腎兪)はL2レベルにあり、腎臓を支配する交感神経はT10-L2から出ている。
つまり、肺兪に鍼を刺すという行為は、T3レベルの脊髄分節に求心性の体性神経信号を送り込み、それが脊髄内でシナプスを介してT1-T5レベルの交感神経節前ニューロンの活動を修飾し、結果として気管支の平滑筋の緊張や粘液分泌を調節するという、具体的な神経調節プロセスなのである。この理解は、背部兪穴治療を経験的な「おまじない」から、再現性のある「神経調節療法」へと昇華させる。
以下の表は、主要な背部兪穴とその位置、対応する臓器、そしてその臓器を支配する自律神経の脊髄レベルとの相関をまとめたものである。
表3: 背部兪穴と臓腑・自律神経支配の相関
背部兪穴 | 椎体レベル | 対応臓腑 | 主な交感神経支配(脊髄レベル) | 主な副交感神経支配 |
BL13 肺兪 | T3 | 肺 | T1-T5 | 迷走神経 |
BL14 厥陰兪 | T4 | 心包 | T1-T5 | 迷走神経 |
BL15 心兪 | T5 | 心 | T1-T5 | 迷走神経 |
BL18 肝兪 | T9 | 肝 | T6-T11 | 迷走神経 |
BL19 胆兪 | T10 | 胆 | T6-T11 | 迷走神経 |
BL20 脾兪 | T11 | 脾 | T6-T11 | 迷走神経 |
BL21 胃兪 | T12 | 胃 | T5-T10 | 迷走神経 |
BL23 腎兪 | L2 | 腎 | T10-L2 | 迷走神経 |
BL25 大腸兪 | L4 | 大腸 | T10-L2 (上部), S2-S4 (下部) | 迷走神経 (上部), 骨盤内臓神経 (下部) |
BL28 膀胱兪 | S2 | 膀胱 | T11-L2 | 骨盤内臓神経 (S2-S4) |
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この神経解剖学的な対応関係は、背部兪穴がなぜ内臓疾患に効果的なのかを説明する強力な科学的根拠となる。臨床家は、このモデルを念頭に置くことで、より論理的かつ効果的な治療戦略を構築することができる。
3.2 太陽病から神経免疫学へ
『傷寒論』が記述する太陽病の病態、すなわち悪寒、発熱、身体疼痛といった一連の症状は、現代医学の観点からは、病原体(ウイルスなど)の侵入に対する生体の組織的な防御反応、すなわち自然免疫応答とそれに伴う自律神経系の反応として理解できる 。悪寒は体温を上げるための筋肉の震え(シバリング)であり、発熱は免疫細胞の活性化と病原体の増殖抑制に有利な環境を作るための生理反応である。
ここで興味深いのは、太陽病における「中風(汗が出る)」と「傷寒(汗が出ない)」の区別である 。これは、発汗を制御する自律神経(交感神経)の反応様式の個体差を反映していると解釈できる。中風は、防御機能(衛気)が比較的弱く、自律神経系の統制が乱れて発汗が止められない状態。一方、傷寒は、強力な寒冷刺激(寒邪)により末梢血管と汗腺が収縮し、発汗が抑制された状態と見なせる。
この観点から、風門(BL12)や大椎(GV14)といった膀胱経上の経穴への鍼灸治療は、単に「風邪を追い出す」という古典的な表現に留まらず、神経免疫調節療法としての側面を持つ。これらの経穴への刺激は、脊髄を介して自律神経中枢に作用し、過剰な炎症反応(サイトカインストームなど)を抑制し、体温調節や発汗機能を正常化させることで、生体の防御反応を最適化し、病の回復を早め、病邪がより深部(陽明病や少陽病の段階)へ移行するのを防ぐ役割を果たすと考えられる。
3.3 膀胱経の遠隔治療効果の神経基盤
「腰背は委中に求む」という格言に代表されるように、膀胱経は下肢の経穴を用いて腰や頭といった遠隔部位の症状を治療することで知られる。この遠隔効果のメカニズムは、近年の脳科学研究によって、その神経基盤が解明されつつある。
刺激点が痛む部位から離れていても、その効果は中枢神経系を介して発揮される。委中(BL40)や崑崙(BL60)といった下肢の強力な経穴を刺激すると、その求心性信号は脛骨神経や腓骨神経を通り、脊髄を上行して脳へと到達する 。fMRIを用いた研究では、これらの刺激が単に体性感覚野を活性化させるだけでなく、痛みの認知、情動、記憶に関わる広範な脳内ネットワークの活動を動的に変化させることが示されている 。
特に重要なのが、以下の三つの脳内ネットワークの変調である。
- 下行性疼痛抑制系(DPMS): 中脳水道周囲灰白質(PAG)などを起点とし、脊髄後角での痛み信号の伝達を抑制するシステム。鍼刺激はこの系を強力に賦活化する 。
- サリエンス・ネットワーク(SN): どの情報に注意を向けるかを選択するネットワーク。慢性痛患者ではこのネットワークの活動が異常をきたしているが、鍼治療によって正常化されることが示唆されている 。
- デフォルト・モード・ネットワーク(DMN): 安静時に活動するネットワークで、自己認識や内省に関わる。慢性痛はDMNの活動にも影響を与えるが、鍼治療はこれを是正し、痛みへのとらわれを解放する助けとなる 。
さらに、至陰(BL67)への灸治療が骨盤位を矯正する例は、末梢への刺激がホルモン分泌という全身性の内分泌応答を引き起こすことを明確に示している 。これは、膀胱経の刺激が、神経系を介して内分泌系や免疫系をも含む、より広範な生体調節システムに介入する能力を持つことの証左である。
結論
足の太陽膀胱経の全67経穴について、その取穴、効能、作用機序を、古典医学の文献と現代の科学的研究の両面から網羅的に調査・分析した。
その結果、以下の点が明らかとなった。
- 膀胱経の多機能性: 膀胱経は、単に体表を走行する経脈ではなく、その内経路を介して脳、腎、膀胱と直結し、中枢神経系、自律神経系、泌尿生殖器系、免疫系を統合的に調節する、人体における極めて重要な機能的システムである。古典における「太陽」としての役割、すなわち外界からの防御と全身の陽気の統括という概念は、現代科学の知見によってその多面的な機能性が裏付けられている。
- 古典理論の科学的妥当性: 『傷寒論』に記された「太陽病」の概念や、『黄帝内経』に由来する「背部兪穴」の理論は、数千年の臨床経験に裏打ちされた精緻な体系である。そして、これらの理論は、それぞれ神経免疫学や体性-内臓反射といった現代科学の概念と高い相関性を示し、その作用機序が合理的に説明可能であることが示された。特に、背部兪穴と脊髄神経分節支配の一致は、古典の洞察の的確さを物語るものである。
- 経穴効能の科学的検証: 睛明(BL1)のドライアイへの効果、至陰(BL67)の骨盤位矯正効果、委中(BL40)の腰痛緩和効果など、多くの膀胱経の経穴の特異的な効能が、質の高いRCTや脳機能イメージング研究によって客観的に証明されつつある。これらの研究は、鍼灸治療の作用機序を解明し、その効果の再現性を高める上で不可欠である。
- 統合的アプローチの重要性: 古典理論は「何を」「なぜ」治療するのかという臨床的な羅針盤を提供する一方、現代科学はその作用機序、すなわち「どのように」効くのかを解明する。この両者を統合的に理解することで、臨床家は病態の本質をより深く把握し、治療効果の予測、手技の最適化、そして患者や他の医療専門家への説明能力を飛躍的に向上させることができる。
足の太陽膀胱経は、その広大な走行範囲と深遠な生理機能により、筋骨格系の疼痛から内臓疾患、精神神経症状に至るまで、現代社会が抱える多種多様な健康問題に対応する計り知れないポテンシャルを秘めている。その可能性を最大限に引き出すためには、古典の叡智に敬意を払いながら、科学的な探求を怠らないという統合的な姿勢が、今後の東洋医学に携わるすべての者にとって不可欠である。