足の陽明胃経の経穴に関する包括的な臨床的・科学的考察

序論

東洋医学における足の陽明胃経の枢要な役割

東洋医学の臓腑経絡理論において、足の陽明胃経(以下、胃経)は、生命維持の根幹をなす極めて重要な役割を担う。胃は、表裏関係にある脾と共に「後天の本」と称され、出生後に飲食物から気・血・津液といった生命エネルギーを生成する中心的な臓器と位置づけられる 。古典では「水穀の海」「倉廩の官」とも呼ばれ、全ての飲食物を受け入れ(受納)、それを初歩的に消化する(腐熟)機能を主る 。   

この経絡の重要性は、単なる消化機能にとどまらない。陽明経は「多気多血」の経絡として知られ、その経気が充実していることは、全身、特にその広範な流注路である顔面、胸部、腹部、下肢前面の筋肉や組織を滋養するために不可欠である 。したがって、胃経の機能失調は、消化器系の不調のみならず、全身の栄養失調、体力低下、さらには精神・情緒の不安定にも直結しうる 。   

古典の叡智と科学的エビデンスの統合という現代的要請

このページの目的は、この胃経の重要性を深く掘り下げ、その45の経穴(ツボ)の効能と作用機序を、古典医学の深遠な知見と現代科学の客観的エビデンスの両側面から包括的に解明することにある。古典に記された胃の機能と精神状態との関連性、例えば「胃不和なれば則ち臥して安からず(胃の調和がとれていないと安眠できない)」や、胃経の病証としての「棄衣して走り、登高して歌う(衣服を脱ぎ捨てて走り回り、高所に登って歌う)」といった躁状態の記述は 、現代医学における脳腸相関(Brain-Gut-Microbiota Axis)という概念と驚くほど一致する 。   

本報告書では、この二つのパラダイムを架橋することを試みる。古典に記された病理(例:胃火、食滞)が、現代の病態生理学(例:神経性胃炎、消化管運動不全)とどのように対応するのかを分析する。さらに、機能的磁気共鳴画像法(fMRI)や陽電子放出断層撮影(PET)といった最先端の脳機能イメージング研究や、分子生物学的研究を駆使し、胃経経穴への刺激が自律神経系、神経内分泌系、免疫系、そして脳機能ネットワークに具体的にどのような変調をもたらすのかを明らかにする 。この統合的アプローチは、臨床における治療効果の再現性と有効性を高め、鍼灸医学の学術的基盤を強化するために不可欠であると確信する 。   

胃経は単なる「消化器系」の経絡ではなく、脳と腸を結ぶ主要な神経解剖学的・機能的経路そのものであると捉えることができる。その流注は、顔面の感覚器から腹部の臓器までを物理的に結びつけ、古典が記述するその機能は、消化器症状と精神・情緒状態の密接な連携を示唆している 。現代科学は、ST36(足三里)のような胃経の経穴刺激が、大脳辺縁系や前頭前野といった情動・認知を司る脳領域を調節し 、同時に胃の運動や分泌を制御することを証明している 。さらに、近年の研究では、鍼治療が腸内細菌叢の構成を変化させうることが示されており 、これは脳腸相関における新たな治療介入の可能性を開くものである。したがって、胃経への治療は、ストレス関連性消化器疾患、機能性ディスペプシア(FD)、過敏性腸症候群(IBS)といった、精神と身体の不調が複雑に絡み合う現代的な疾患群に対する、根源的かつ強力な治療戦略となりうるのである 。   

第一部 足の陽明胃経の基礎理論

1.1 経脈の流注(足の陽明胃経の走行)

足の陽明胃経は、正経十二経脈の中で最も多くの経穴(45穴)を持ち、その走行は頭部から足先まで、身体の前面を縦断する最も長く複雑な経路の一つである。この流注を理解することは、その広範な治療範囲を把握する上で不可欠である。

外経路

胃経の流注は、手の陽明大腸経の終点であるLI20(迎香)から気を受け、鼻根部(鼻の付け根)に上り、そこで左右の経脈が交会し、足の太陽膀胱経と連絡する。その後、下行して眼窩の下縁中央にあるST1(承泣)に至る。ここが胃経の実質的な起始点となる 。   

経脈は顔面を下り、口角(ST4)を巡り、下顎(ST5, ST6)を通過する。そこから耳前を上り、額の髪際に至りST8(頭維)に達する 。   

主たる経脈はST5(大迎)の前から下行し、頸部(ST9 人迎)を経て鎖骨上窩(ST12 缺盆)に入る。そこから体幹の前面を下り、乳頭線(前正中線の外方4寸)上を通過し、胸部(ST13-ST18)、腹部(ST19-ST25)へと至る。さらに臍の横(ST25 天枢)から下腹部(ST26-ST30)へと下行する 。   

鼠径部(ST30 気衝)からは大腿前外側を下り、膝蓋骨(ST34 梁丘、ST35 犢鼻)を通過する。下腿では脛骨の前縁の外側を下り(ST36 足三里)、足背に至り、第2趾外側の末端にあるST45(厲兌)で終わる 。   

内経路

胃経の真価は、その複雑な内経路にあり、臓腑との深い結びつきを示している。 鎖骨上窩(ST12)から分かれた内行性の支脈は、横隔膜を貫いて下降し、本経が属する「胃」に入り、表裏関係にある「脾」を絡う 。この古典的な記述は、『霊枢』において、胃と脾が膜(現代の結合組織に相当)を介して螺旋状に連結され、津液を共有していると説明されており、両者の機能的不可分性を強調している 。   

また、胃の下口(幽門)から別の支脈が腹腔内を下り、鼠径部のST30(気衝)で体表の経脈と合流する。これにより、上腹部から下肢への気血の連続性が確保される 。   

流注の臨床的意義

この広範な流注経路は、胃経がなぜ多岐にわたる疾患の治療に用いられるかを説明する。

  • 顔面・頭部疾患: 顔面神経麻痺、三叉神経痛、歯痛、副鼻腔炎、頭痛など、経脈が走行する領域のあらゆる症状を治療する 。   
  • 頸部・胸部疾患: ST9(人迎)は頸動脈洞に近接し、血圧調整や甲状腺腫の治療に用いられる。ST13~ST18の胸部の経穴は、乳腺炎や乳汁分泌不全といった乳房疾患に重要である 。   
  • 腹部疾患: 腹部を縦断する経路は、胃炎、胃潰瘍、腹部膨満、便秘、下痢など、あらゆる消化器症状の治療点となる。特にST25(天枢)は大腸の募穴であり、腸疾患治療の要穴である 。   
  • 下肢疾患および全身性疾患: ST36(足三里)やST40(豊隆)のような下肢の強力な経穴は、局所の痛みだけでなく、気血を補い、免疫機能を高め、痰湿を除くといった全身性の調整作用を持つ 。   

1.2 胃の生理と病理

中医学における「胃」の生理機能と病理を理解することは、胃経の臨床応用において不可欠である。

受納を主る(Governs Receiving)

胃の最も基本的な機能は、飲食物を受け入れて貯蔵することである。このため胃は「水穀の海」と称される 。この機能が失調すると、食欲不振や食物に対する嫌悪感が生じる。   

腐熟を主る(Governs Rotting and Ripening)

これは、胃が飲食物を初期消化し、粥状に変化させる過程を指す。この「腐熟」作用によって、脾が清なる精微物質を吸収し、全身の気血を生成することが可能となる。脾と胃が協調して働くことで「後天の本」「気血生化の源」としての役割が果たされる 。この機能が亢進すると(例:胃火)、異常な食欲(消穀善飢)が見られ、機能が低下すると消化不良となる 。   

通降を主る(Governs Transportation and Descending)

胃は、腐熟した内容物を下方の小腸へと送り出す「通降(つうこう)」あるいは「和降(わこう)」という作用を主る。この下降性の運動が正常に保たれることが、消化プロセス全体の鍵である。「胃は降をもって順と為す」と言われるように、この機能が失調すると胃気上逆という病態が生じ、噯気(げっぷ)、吃逆(しゃっくり)、悪心、嘔吐といった症状が現れる 。   

潤を好み燥を悪む(Prefers Moisture and Dislikes Dryness)

胃は陽腑でありながら、その生理機能の遂行には十分な陰液(胃陰)による滋潤を必要とする。したがって、胃は「潤」を好み、「燥」を嫌う。熱邪や辛いものの過食、慢性病などによって胃陰が消耗すると、口渇、空腹感はあるが食欲がない、便秘といった胃陰虚の症状が現れる 。これは、湿を嫌い燥を好む陰臓である脾とは対照的な性質であり、脾胃の陰陽バランスの重要性を示している 。   

1.3 臨床診断における主要な病理パターン(胃の弁証論治)

胃経の経穴を効果的に用いるためには、その背景にある病理パターンを正確に弁別する必要がある。

  • 胃寒(いかん)/ 胃気虚寒(いききょかん): 冷たいものの過食や、脾胃の陽気不足によって生じる。症状は、冷えを伴う鈍痛で、温めたり押さえたりすると軽減する。透明な液体を嘔吐し、温かいものを好み、舌は淡く、脈は遅い 。   
  • 胃熱(いねつ)/ 胃火上炎(いかじょうえん): 辛いものや脂っこいものの過食、あるいは精神的ストレス(肝火犯胃)により生じる。症状は、灼熱感を伴う上腹部痛、激しい口渇で冷たい飲み物を好む、口臭、歯肉の腫れや出血、赤く乾いた舌に黄色い苔、速い脈が特徴 。   
  • 食滞胃脘(しょくたいいわん): 暴飲暴食や消化不良によって飲食物が胃に停滞する状態。症状は、押さえると悪化する上腹部の脹満痛、腐敗臭のある噯気、酸っぱいものの逆流、未消化物の嘔吐、厚く膩(じ)たい(べっとりした)舌苔、滑脈 。   
  • 胃陰虚(いいんきょ): 熱病の後期や、慢性的な消耗性疾患、不規則な食生活により胃の陰液が枯渇した状態。症状は、空腹感はあるが食欲がない、あるいは灼熱感を伴う鈍痛、口や喉の乾燥、便秘、赤く乾燥した舌で苔が少ないか剥離している、細く速い脈 。   
  • 肝胃不和(かんいふわ): 精神的ストレスや怒りにより肝の疏泄機能が失調し、横逆して胃を犯すことで生じる。胃の和降作用が障害される。症状は、精神状態の変動に伴って増悪する脇腹や上腹部の脹痛、頻繁な噯気、ため息、呑酸(酸っぱいものの逆流)が特徴 。   

これらの古典的な病理パターンは、現代医学的な自律神経系の機能不全と深く関連している。例えば、「胃熱」は交感神経の過緊張や神経性炎症状態、「胃寒」は副交感神経(迷走神経)の緊張低下による機能低下状態と解釈できる。「肝胃不和」は、ストレスが中枢神経系を介して自律神経系を乱し、胃腸の運動や知覚に影響を及ぼす脳腸相関の典型例である。この統合的視点は、鍼灸治療がなぜこれらの病態に有効であるかを神経生理学的に説明する鍵となる。鍼灸刺激は、末梢神経から中枢神経系へと信号を伝え、自律神経のバランスを再調整することで、古典的な弁証論治に基づいた治療効果を発揮するのである。

第二部 足の陽明胃経の経穴に関する包括的分析

胃経に属する45の経穴は、顔面から足先まで広範囲に分布し、それぞれが独自の特性と治療効果を持つ。以下の表は、臨床における迅速な参照を目的として、各経穴の要点をまとめたものである。続く各論では、一つ一つの経穴について、古典的根拠から最新の科学的知見までを詳述する。

表1: 足の陽明胃経の経穴(ST1-ST45)概要

WHOコード経穴名 (Pinyin / 日本語)要穴分類WHO標準取穴部位 (要約)古典的要約 (主治)現代的研究に基づく主な応用
ST1Chéngqì / 承泣瞳孔の直下、眼窩下縁と眼球の間   目の充血・痛み、夜盲症、顔面神経麻痺   眼疾患全般、視神経萎縮、顔面痙攣
ST2Sìbái / 四白瞳孔の直下、眼窩下孔部   顔面神経麻痺、三叉神経痛、目の痒み・痛み   顔面神経麻痺、三叉神経痛、副鼻腔炎
ST3Jùliáo / 巨髎瞳孔の直下、鼻翼下縁の高さ   顔面神経麻痺、歯痛、鼻出血   顔面神経麻痺、三叉神経痛、歯痛
ST4Dìcāng / 地倉口角の外方0.4寸、瞳孔の直下   口の歪み、流涎、顔面神経麻痺   顔面神経麻痺、三叉神経痛、流涎   
ST5Dàyíng / 大迎下顎角の前方1.3寸、顔面動脈拍動部   歯痛、顎関節症、顔面の腫れ   歯痛、顎関節症、耳下腺炎
ST6Jiáchē / 頬車下顎角の前上方一横指、咬筋隆起部   歯痛、顎関節症、顔面神経麻痺   歯痛、顎関節症、顔面神経麻痺   
ST7Xiàguān / 下関頬骨弓中央の下縁の陥凹部   耳鳴り、難聴、歯痛、顎関節症   顎関節症、三叉神経痛、耳疾患
ST8Tóuwéi / 頭維額角髪際の上方0.5寸、神庭の外方4.5寸   頭痛、めまい、目の痛み   片頭痛、前頭部痛、眼疾患
ST9Rényíng / 人迎喉頭隆起の高さ、総頸動脈拍動部   喉の腫れ痛み、喘息、高血圧、甲状腺腫   高血圧、甲状腺機能障害、咽喉頭炎   
ST10Shuǐtū / 水突人迎と気舎の中点、胸鎖乳突筋前縁   喉の腫れ痛み、咳、喘息   咽喉頭炎、気管支炎
ST11Qìshè / 気舎鎖骨上窩中央、胸骨端と肩峰端の中点   喉の腫れ痛み、しゃっくり、喘息   咽喉頭炎、しゃっくり
ST12Quēpén / 缺盆鎖骨上窩中央、乳頭線の直上   咳、喘息、胸痛、肩こり   呼吸器疾患、腕神経叢障害
ST13Qìhù / 気戸鎖骨中央の下際、前正中線の外方4寸   胸痛、咳、喘息   肋間神経痛、気管支炎
ST14Kùfáng / 庫房第1肋間、前正中線の外方4寸   胸痛、咳、気管支炎   肋間神経痛、気管支炎
ST15Wūyì / 屋翳第2肋間、前正中線の外方4寸   胸痛、咳、乳腺炎   肋間神経痛、乳腺炎
ST16Yīngchuāng / 膺窓第3肋間、前正中線の外方4寸   胸痛、咳、乳腺炎   肋間神経痛、乳腺炎、乳汁分泌不全   
ST17Rǔzhōng / 乳中乳頭の中央、第4肋間   (禁鍼・禁灸)(解剖学的ランドマークとして使用)
ST18Rǔgēn / 乳根第5肋間、乳頭の直下   胸痛、咳、乳腺炎、乳汁分泌不全   乳腺炎、乳汁分泌不全、肋間神経痛   
ST19Bùróng / 不容臍の上方6寸、前正中線の外方2寸   胃痛、嘔吐、食欲不振   胃炎、胃潰瘍、消化不良
ST20Chéngmǎn / 承満臍の上方5寸、前正中線の外方2寸   胃痛、腹部膨満、食欲不振   胃炎、胃痙攣
ST21Liángmén / 梁門臍の上方4寸、前正中線の外方2寸   胃痛、嘔吐、下痢、食欲不振   胃炎、胃潰瘍、機能性ディスペプシア   
ST22Guānmén / 関門臍の上方3寸、前正中線の外方2寸   腹痛、下痢、腹部膨満、浮腫   腸炎、消化不良
ST23Tàiyǐ / 太乙臍の上方2寸、前正中線の外方2寸   胃痛、精神疾患(癲狂)、下痢   神経性胃炎、過敏性腸症候群
ST24Huáròumén / 滑肉門臍の上方1寸、前正中線の外方2寸   胃痛、嘔吐、精神疾患(癲狂)   胃炎、神経性嘔吐
ST25Tiānshū / 天枢大腸の募穴臍の外方2寸   腹痛、下痢、便秘、月経不順   過敏性腸症候群、便秘、下痢、機能性消化管障害   
ST26Wàilíng / 外陵臍の下方1寸、前正中線の外方2寸   腹痛、ヘルニア、生理痛   腸痙攣、生理痛
ST27Dàjù / 大巨臍の下方2寸、前正中線の外方2寸   下腹部痛、便秘、排尿困難、遺精   膀胱炎、便秘、不妊症
ST28Shuǐdào / 水道臍の下方3寸、前正中線の外方2寸   下腹部痛、排尿困難、浮腫、ヘルニア   腎炎、膀胱炎、浮腫
ST29Guīlái / 帰来臍の下方4寸、前正中線の外方2寸   腹痛、ヘルニア、無月経、帯下   婦人科疾患(子宮内膜症、卵巣炎)、不妊症
ST30Qìchōng / 気衝恥骨結合上縁の高さ、前正中線の外方2寸   ヘルニア、生理不順、インポテンツ   泌尿生殖器疾患、鼠径部痛
ST31Bìguān / 髀関上前腸骨棘と膝蓋骨外側上縁を結ぶ線上   腰痛、股関節痛、下肢の麻痺・脱力   股関節障害、大腿神経痛
ST32Fútù / 伏兎膝蓋骨底外端の上方6寸、大腿直筋上   膝痛、下肢麻痺、ヘルニア   大腿四頭筋萎縮、下肢の運動障害
ST33Yīnshì / 陰市膝蓋骨底外端の上方3寸、大腿直筋上   膝痛、下肢の冷え・麻痺   膝関節痛、下肢の冷え
ST34Liángqiū / 梁丘郄穴膝蓋骨底外端の上方2寸、大腿直筋と外側広筋の間   急性胃痛、膝痛、乳腺炎   急性胃炎、胃痙攣、膝関節痛   
ST35Dúbí / 犢鼻膝を屈曲し、膝蓋骨下縁と膝蓋靭帯外側の陥凹部   膝痛、脚気、下肢麻痺   変形性膝関節症、膝関節炎
ST36Zúsānlǐ / 足三里合土穴、下合穴犢鼻の下方3寸、脛骨前縁の外方一横指   全ての消化器疾患、全身の虚弱、精神疾患   消化器疾患、免疫調整、疼痛、精神安定   
ST37Shàngjùxū / 上巨虚大腸の下合穴犢鼻の下方6寸、足三里の直下3寸   腹痛、下痢、便秘、虫垂炎   腸炎、赤痢、虫垂炎、下肢麻痺
ST38Tiáokǒu / 条口犢鼻の下方8寸、上巨虚の直下2寸   膝・下腿の痛み、肩関節痛(遠隔治療)   五十肩、下肢の運動障害
ST39Xiàjùxū / 下巨虚小腸の下合穴犢鼻の下方9寸、上巨虚の直下3寸   下腹部痛、下痢、乳腺炎   小腸疾患、乳腺炎
ST40Fēnglóng / 豊隆絡穴外果の上方8寸、条口の外方一横指   咳・痰、めまい、頭痛、精神疾患、便秘   呼吸器疾患(去痰)、めまい、高脂血症、精神疾患   
ST41Jiěxī / 解谿経火穴足関節前面中央、長母指伸筋腱と長趾伸筋腱の間   頭痛、めまい、腹部膨満、足関節痛   顔面浮腫、頭痛、足関節捻挫
ST42Chōngyáng / 衝陽原穴足背の最高点、第2・第3中足骨間、足背動脈拍動部   胃痛、顔面神経麻痺、歯痛、足の無力感   胃炎、顔面神経麻痺、動脈硬化(診断)
ST43Xiàngǔ / 陥谷輸木穴第2・第3中足趾節関節の近位の陥凹部   顔面・眼の浮腫、腹鳴、腹痛   全身の浮腫、腹水
ST44Nèitíng / 内庭滎水穴第2・第3趾間、みずかきの後方、赤白肉際   歯痛、喉の痛み、鼻出血、胃酸過多、下痢   胃熱(胃炎)、歯痛、扁桃炎、食中毒   
ST45Lìduì / 厲兌井金穴第2趾外側、爪甲根部角の外方0.1寸   顔面浮腫、歯痛、鼻出血、不眠、精神疾患   不眠、悪夢、精神安定、消化不良

World Health Organization. (2008). WHO standard acupuncture point locations in the Western Pacific Region(ISBN 978‑92‑9061‑383‑1).


以下、各経穴について各論を詳述する。

2.1 ST1 Chéngqì (承泣) – Tear Container

  • 取穴部位: 瞳孔の直下、眼窩下縁と眼球の間に取る 。 
  • 古典的基礎: ST1 承泣は、その名の通り「泣(なみだ)を承(う)ける」場所を意味し、単に涙が流れ落ちる物理的な位置だけでなく、「心の涙」をも受け止める感情の表出点と解釈される 。胃経の起始点として、視覚と感情の接点とされ、目の充血、視力低下、夜盲症、流涙症といった眼疾患全般に用いられてきた 。   
  • 現代科学的エビデンスと作用機序: 承泣は眼窩下神経や眼輪筋に近接しており、これらの神経や筋肉への刺激が局所の血流を改善し、眼精疲労やそれに伴う頭痛、肩こりを緩和すると考えられる 。美容鍼灸の分野では、目の下のくまやたるみ、むくみに対して、血行促進を目的として重視される 。現代のストレス社会において、PCやスマートフォンによる目の酷使や、感情の抑制によって感受性が鈍化した状態に対し、承泣への刺激は「目の再起動ボタン」として、視覚機能と感情の両面からの回復を促す可能性がある 。
  • 臨床応用と配穴
    • 眼疾患全般: ドライアイ、眼精疲労、花粉症による目のかゆみ、視力低下など、幅広い眼の症状に用いる。
    • 美容目的: 目の下のくま、たるみ、むくみの改善。
    • 精神・情緒の安定: 感情を溜め込みやすい人の感受性を回復させる目的で使用されることがある 。   

2.2 ST2 Sìbái (四白) – Four Whites

  • 取穴部位: 瞳孔の直下、眼窩下孔部に取る 。
  • 古典的基礎: ST2 四白は、その名が示すように、刺激すると四方が明るく白く見えるようになる、あるいは顔の美白効果があることに由来するとされる。古典的には、顔面神経麻痺、三叉神経痛、目の痒みや痛み、副鼻腔炎などに用いられてきた 。
  • 現代科学的エビデンスと作用機序: 四白は眼窩下神経・動脈・静脈が通る眼窩下孔に位置するため、この部位への刺激は顔面中央部の血流と神経機能を直接的に調節する。美容鍼灸の分野では、顔面部の血行を促進し、肌のトーンを改善する目的で多用される。3次元画像解析を用いた研究では、美容鍼が顔面形状に客観的な変化をもたらす可能性が示唆されており、四白のような経穴がその効果に寄与していると考えられる 。
  • 臨床応用と配穴
    • 顔面神経麻痺・三叉神経痛: ST4(地倉)、ST6(頬車)などと共に、顔面部の局所治療点として使用する。
    • 副鼻腔炎・鼻炎: 鼻周辺の炎症と鬱血を緩和するため、LI20(迎香)と組み合わせて用いる。
    • 美容鍼灸: 顔全体の血色改善、しみ、くすみの軽減を目的として使用する。

2.3 ST3 Jùliáo (巨髎) – Great Bone-Hole

  • 取穴部位: 瞳孔の直下、鼻翼下縁の高さに取る 。
  • 古典的基礎: ST3 巨髎は、頬骨(巨骨)の下にあるくぼみ(髎)に位置することから名付けられた。顔面部の気血を調整する要穴であり、顔面神経麻痺、歯痛(特に上歯)、鼻出血、三叉神経痛などに用いられる 。
  • 現代科学的エビデンスと作用機序:
    巨髎は、顔面神経の頬骨枝や三叉神経第2枝(上顎神経)の支配領域にあり、これらの神経疾患に対する治療効果が期待される。特に顔面神経麻痺や三叉神経痛の治療プロトコルにおいて、局所的な神経機能の回復と血流改善を目的として、他の顔面部の経穴と組み合わせて使用されることが多い 。
  • 臨床応用と配穴
    • 顔面神経麻痺: ST4(地倉)、ST6(頬車)などと組み合わせて、顔面筋の動きを回復させる。
    • 三叉神経痛(第2枝領域): ST2(四白)やSI18(顴髎)と共に用いて疼痛を緩和する。
    • 歯痛(上歯痛)・副鼻腔炎: 局所の炎症を鎮め、痛みを緩和する。

2.4 ST4 Dìcāng (地倉) – Earth Granary

  • 取穴部位: 口角の外方0.4寸、瞳孔の直下に取る 。
  • 古典的基礎: ST4 地倉は、顔面と口を主る陽明経の重要な局所経穴である。その名称「地倉」は、大地の穀物を収める倉を意味し、飲食物を受け入れる胃(土)の機能と口との関連性を示唆している。古典的には、口の歪み、流涎(よだれ)、眼を閉じられないといった顔面部の症状に用いられてきた 。また、胃経、大腸経、任脈、陽蹻脈の交会穴とされ、顔面部の気血を調整する要衝である。
  • 現代科学的エビデンスと作用機序:
    地倉は、現代の臨床研究において、特に顔面神経麻痺(ベル麻痺)および三叉神経痛の治療プロトコルで頻繁に用いられる 。システマティックレビューでは、研究の質の低さが指摘されつつも、その有効性の可能性が示唆されている 。その作用機序は、以下の複合的なものと考えられる。
    • 局所的な神経調節: 顔面神経の頬骨枝や三叉神経の末梢枝を直接刺激することで、神経の伝導を促し、興奮性を正常化させる 。   
    • 抗炎症作用: ベル麻痺の病態には神経の炎症性浮腫が関与するが、鍼刺激はサイトカインの調節などを通じてこの炎症カスケードを抑制する可能性がある 。   
    • 血流改善: 鍼刺激が局所の微小循環を改善し、酸素と栄養素の供給を促進することで、損傷した神経の再生と組織の修復を助ける 。
  • 臨床応用と配穴
    • 顔面神経麻痺: 麻痺側の主たる局所治療点。多くの場合、ST6(頬車)に向けて透刺(深く刺す)する。遠隔治療点として、経脈の気血を動かすLI4(合谷)やLV3(太衝)を組み合わせるのが定石である 。   
    • 三叉神経痛: 第2枝・第3枝領域の疼痛に対する重要な治療点。ST6(頬車)、ST7(下関)、SI18(顴髎)などと組み合わせて用いる 。   

2.5 ST5 Dàyíng (大迎) – Great Reception

  • 取穴部位: 下顎角の前方1.3寸、顔面動脈の拍動部に取る 。
  • 古典的基礎: ST5 大迎は、下顎骨(頤)が食物を「迎え」入れる場所であることから名付けられた。古典的には、歯痛(特に下歯)、顎関節症、頬の腫れ、顔面神経麻痺などに用いられてきた 。
  • 現代科学的エビデンスと作用機序: 大迎は顔面動脈の拍動部に位置し、この部位への刺激は下顎部や口腔内の血流を促進する効果がある。また、三叉神経第3枝(下顎神経)の枝である下歯槽神経にも影響を与え、下顎の歯痛や顎関節周囲の痛みを緩和すると考えられる。顔面神経麻痺の治療では、口角の動きを改善するためにST4(地倉)などと組み合わせて使用される 。   
  • 臨床応用と配穴
    • 歯痛(下歯痛): 局所の鎮痛点としてLI4(合谷)と組み合わせて用いる。
    • 顎関節症: ST6(頬車)、ST7(下関)と共に、顎関節周囲の筋緊張を緩和し、痛みを軽減する。
    • 耳下腺炎: 局所の炎症と腫脹を緩和する。

2.6 ST6 Jiáchē (頬車) – Jaw Bone

  • 取穴部位: 下顎角の前上方一横指、歯を噛み締めると咬筋が隆起する部位に取る 。
  • 古典的基礎: ST6 頬車は、下顎骨が車の蝶番のように動く場所にあることから名付けられた 。古典的には、顔面神経麻痺、三叉神経痛、歯痛、顎関節症、耳下腺炎など、顔面下部の幅広い疾患に用いられる 。
  • 現代科学的エビデンスと作用機序: 頬車は咬筋の中に位置し、咬筋の過緊張や痙攣を直接的に緩和する作用がある。これは顎関節症や歯ぎしりによる痛みに有効である。また、顔面神経の頬筋枝や下顎縁枝、三叉神経の下顎神経を刺激することで、顔面神経麻痺や三叉神経痛の症状を改善する。顔面神経麻痺の治療では、ST4(地倉)から頬車への透刺がしばしば行われ、口輪筋や頬筋の機能回復を促す 。   
  • 臨床応用と配穴
    • 顔面神経麻痺・三叉神経痛: ST4(地倉)やST7(下関)と組み合わせる局所治療の要穴 。   
    • 顎関節症・歯痛: 咬筋の緊張を直接緩和し、痛みを鎮める。
    • 美容鍼灸: エラの張りを改善し、フェイスラインを整える目的で使用される。

2.7 ST7 Xiàguān (下関) – Below the Joint

  • 取穴部位: 頬骨弓中央の下縁の陥凹部、口を開けるとくぼみが深くなる場所に取る 。
  • 古典的基礎: ST7 下関は、顎関節の「下」にある要衝(関)であることから名付けられた 。顎関節症、歯痛、耳鳴り、難聴など、顎関節およびその周辺器官の疾患に用いられる 。   
  • 現代科学的エビデンスと作用機序: 下関は顎関節そのものに非常に近い位置にあり、顎関節症の治療における中心的な経穴である。この部位への刺激は、外側翼突筋などの咀嚼筋の緊張を緩和し、関節円板の位置異常を是正する助けとなる。また、三叉神経の枝である耳介側頭神経を刺激することで、顎関節痛だけでなく、関連痛として生じる耳の症状(耳鳴り、耳痛)にも効果を発揮する。三叉神経痛(特に第2枝、第3枝領域)の治療においても重要な役割を担う 。   
  • 臨床応用と配穴
    • 顎関節症: 開口障害、クリック音、顎関節痛に対して、ST6(頬車)、GB2(聴会)、SI19(聴宮)などと組み合わせて用いる。
    • 三叉神経痛: 疼痛領域に応じて、ST2(四白)やST6(頬車)と配穴する。
    • 耳鳴り・難聴: 顎関節の機能異常が関連している場合に特に有効。

2.8 ST8 Tóuwéi (頭維) – Head Corner

  • 取穴部位: 額角髪際の上方0.5寸、神庭(GV24)の外方4.5寸に取る 。 
  • 古典的基礎: ST8 頭維は、頭部の隅(維)に位置することから名付けられた。胃経の顔面部から上行する経脈の終着点の一つであり、頭痛(特に前頭部痛、側頭部痛)、めまい、目の痛みなどに用いられる 。   
  • 現代科学的エビデンスと作用機序: 頭維は側頭筋の中に位置し、この筋肉の緊張が原因となる緊張型頭痛や片頭痛の緩和に有効である。また、三叉神経の枝である頬骨側頭神経や、顔面神経の側頭枝が分布しており、これらの神経を介して鎮痛作用や局所血流改善作用を発揮すると考えられる。眼精疲労からくる頭痛に対しても、目の周囲の血流を改善することで効果を示す。
  • 臨床応用と配穴
    • 頭痛: 片頭痛、緊張型頭痛、前頭部痛に対して、GB20(風池)やLI4(合谷)、LV3(太衝)などと組み合わせて用いる。
    • めまい: 頭部の気血の巡りを改善し、めまいを鎮める。
    • 眼疾患: 目の痛みや眼精疲労に用いる。

2.9 ST9 Rényíng (人迎) – Man’s Welcome

  • 取穴部位: 喉頭隆起(のどぼとけ)と同じ高さで、胸鎖乳突筋の前縁、総頸動脈の拍動が感じられる部位に取る 。※ 注意:総頸動脈に近いため、動脈を避けて慎重に刺鍼する必要がある。
  • 古典的基礎: ST9 人迎は、「天の窓」と呼ばれる経穴群の一つで、頭部と体幹の間の気の流れを調節する重要な役割を持つ。その名称は、この部位の拍動を触れて胃の気の盛衰を診断したことに由来する。古典的には、瘰癧(るいれき、頸部リンパ節結核)、甲状腺腫、喉の腫れと痛み、喘息、そして高血圧などに用いられてきた。
  • 現代科学的エビデンスと作用機序:
    現代の研究は、人迎の血圧調節作用に焦点を当てている。
    • 頸動脈洞と圧受容器反射: この経穴は、身体の主要な圧受容器(バロレセプター)が存在する頸動脈洞の直上に位置する。人迎への刺激は、血圧の短期的調節における鍵となるメカニズムである圧受容器反射弓を直接的に変調させる可能性がある 。   
    • 臨床・動物実験: 自然発症高血圧ラット(SHR)およびヒトを対象とした研究で、人迎への刺鍼が血圧を降下させることが示されている 。その作用機序として、レニン・アンジオテンシン系の調節、血管平滑筋の収縮や炎症に関連する視床下部の遺伝子発現への影響、そして尿中ナトリウム排泄の促進などが関与している可能性が示唆されている 。また、椎骨動脈型頸椎症患者において、頸部の血流速度を改善することも報告されている 。   
  • 臨床応用と配穴
    • 高血圧: 特に肝陽上亢タイプなど、上部に気が昇っている状態の高血圧に用いる。陽気を下降させ、根本を補うためにLI11(曲池)やST36(足三里)と組み合わせることが多い 。   
    • 咽喉頭部疾患: 甲状腺腫、咽頭炎、梅核気(ヒステリー球)などに対する局所治療点として用いる 。   

2.10 ST10 Shuǐtū (水突) – Water Prominence

  • 取穴部位: 人迎(ST9)と気舎(ST11)の中点、胸鎖乳突筋の前縁に取る 。
  • 古典的基礎: ST10 水突は、水を飲み込むときにこの部位が突(つき)出て動くことから名付けられた。古典的には、喉の腫れや痛み、咳、喘息など、頸部の気道に関連する症状に用いられる 。   
  • 現代科学的エビデンスと作用機序: 水突に関する特異的な研究は少ないが、その位置から頸部の筋緊張を緩和し、咽喉頭部の血流を改善する効果が期待される。胸鎖乳突筋や舌骨下筋群の緊張は、嚥下困難や発声障害、喉の違和感に関与するため、これらの症状に対する局所治療点として応用できる。喘息や気管支炎に対しては、呼吸補助筋の緊張を和らげることで呼吸を楽にする効果が考えられる 。   
  • 臨床応用と配穴
    • 咽喉頭炎・扁桃炎: 局所の炎症を鎮めるため、LI4(合谷)やLU11(少商)と組み合わせて用いる。
    • 咳・喘息: 呼吸を楽にするため、CV22(天突)やBL13(肺兪)と配穴する。

2.11 ST11 Qìshè (気舎) – Qi Abode

  • 取穴部位: 鎖骨上窩の中央、胸骨端と肩峰端の中点、胸鎖乳突筋の胸骨頭と鎖骨頭の間に取る 。   
  • 古典的基礎: ST11 気舎は、宗気(胸中の気)が宿る「舎(やど)」という意味を持つ 。『鍼灸甲乙経』によれば、五穀から化生した宗気が胸中に舎り、喉頭部に出て呼吸を主るとされており、本穴はその重要な出入り口とされる 。喉の腫れ痛み、しゃっくり、喘息などに用いられる 。   
  • 現代科学的エビデンスと作用機序: 気舎は斜角筋や腕神経叢の近くに位置し、この部位への刺激は頸部から上肢への神経や血流に影響を与える。胸郭出口症候群のように、斜角筋の緊張によって神経や血管が圧迫される病態に対して、筋緊張を緩和する目的で用いられる。また、横隔神経にも影響を及ぼす可能性があり、しゃっくり(横隔膜の痙攣)の治療に応用される 。   
  • 臨床応用と配穴
    • 咽喉頭炎・喘息: 呼吸を整え、喉の炎症を鎮める。
    • しゃっくり: 横隔膜の痙攣を抑制するため、BL17(膈兪)と組み合わせて用いる。
    • 胸郭出口症候群: 頸部から腕への痛みやしびれに対し、局所治療点として用いる。

2.12 ST12 Quēpén (缺盆) – Empty Basin

  • 取穴部位: 鎖骨上窩の中央、乳頭線の直上に取る 。   
  • 古典的基礎: ST12 缺盆は、鎖骨上窩のくぼみが、水を入れる「盆」が欠けたように見えることから名付けられた。手の三陽経と足の陽明経が交会する交通の要衝であり、肺気がここから出入りするとも考えられている。咳、喘息、胸痛、肩こり、また鎖骨上窩の痛みに用いられる 。   
  • 現代科学的エビデンスと作用機序: 缺盆は腕神経叢の直上に位置するため、この部位への刺鍼は腕神経叢障害や、頸部・肩・上肢の痛みやしびれの治療に直接的に関与する 。また、肺尖部に近いため、呼吸器疾患にも影響を与える。咳や喘息に対しては、呼吸補助筋である斜角筋の緊張を緩和し、気道を広げる効果が期待される。   
    注意:深刺すると肺を損傷する危険(気胸)があるため、刺鍼の角度と深度には最大限の注意が必要である。
  • 臨床応用と配穴
    • 呼吸器疾患: 咳、喘息、胸のつかえ感に対して、CV17(膻中)やBL13(肺兪)と組み合わせて用いる。
    • 腕神経叢障害: 頸部から腕への放散痛やしびれに対して、局所治療点として慎重に用いる。
    • 肩こり: 僧帽筋や斜角筋の緊張を緩和する。

2.13 ST13 Qìhù (気戸) – Qi Door

  • 取穴部位: 鎖骨中央の下際、前正中線の外方4寸に取る 。   
  • 古典的基礎: ST13 気戸は、肺の「気」が出入りする「戸(と)」とされ、呼吸機能と密接に関連する 。古典的には、胸のつかえ感、痛み、咳、喘息など、胸郭内の気滞や肺の宣発・粛降機能の失調による症状に用いられる。   
  • 現代科学的エビデンスと作用機序: 気戸は大胸筋や肋間筋に位置し、これらの筋肉の緊張を緩和することで、胸郭の動きをスムーズにし、呼吸を楽にする効果がある。肋間神経痛に対しては、神経の走行に沿った局所治療点として痛みを緩和する 。また、気管支炎や喘息の際には、呼吸補助筋の負担を軽減する目的で用いられる。   
  • 臨床応用と配穴
    • 肋間神経痛: 痛む部位の阿是穴(圧痛点)として用いる。
    • 気管支炎・喘息: 咳や呼吸困難を緩和するため、BL13(肺兪)やCV22(天突)と組み合わせて用いる。
    • 胸痛: 胸部の気血の巡りを改善し、痛みを和らげる。

2.14 ST14 Kùfáng (庫房) – Storeroom

  • 取穴部位: 第1肋間、前正中線の外方4寸に取る 。   
  • 古典的基礎: ST14 庫房は、肺気が貯蔵される「庫(くら)」、あるいは胸郭という「房(へや)」を意味する 。気戸(ST13)と同様に、胸部の気血を調整し、胸痛、咳、気管支炎などに用いられる 。   
  • 現代科学的エビデンスと作用機序: 庫房は第1肋間に位置し、大胸筋、小胸筋の下にある。この部位への刺激は、胸郭上部の筋緊張を和らげ、特に巻き肩などで短縮しがちな小胸筋を弛緩させる効果がある。これにより、肩こりや呼吸の浅さを改善する。肋間神経痛や気管支炎に対する局所治療点としても応用される。   
  • 臨床応用と配穴
    • 肋間神経痛・胸痛: 局所の筋緊張を緩和し、痛みを鎮める。
    • 気管支炎・咳: 呼吸を楽にし、咳を鎮める。
    • 肩こり・巻き肩: 小胸筋の緊張を緩和し、姿勢を改善する。

2.15 ST15 Wūyì (屋翳) – Roof

  • 取穴部位: 第2肋間、前正中線の外方4寸に取る 。   
  • 古典的基礎: ST15 屋翳は、肺を覆う「屋根」のような位置にあることから名付けられた。胸痛、咳、乳腺炎などに用いられる 。   
  • 現代科学的エビデンスと作用機序: 屋翳は第2肋間にあり、乳腺組織の近くに位置するため、乳腺炎や乳房の張りといった症状に対して局所的な血流改善と消炎鎮痛作用が期待できる。また、肋間神経痛の治療点としても用いられる。呼吸器症状に対しては、胸郭の可動性を高め、呼吸を補助する役割を持つ 。   
  • 臨床応用と配穴
    • 乳腺疾患: 乳腺炎、乳房の張りや痛みに対して、ST16(膺窓)やST18(乳根)と共に用いる。
    • 肋間神経痛: 痛む部位の局所治療点として用いる。
    • 咳・胸痛: 胸部の気血の巡りを改善する。

2.16 ST16 Yīngchuāng (膺窓) – Breast Window

  • 取穴部位: 第3肋間、前正中線の外方4寸に取る 。   
  • 古典的基礎: ST16 膺窓は、「膺(胸)」にある「窓」とされ、胸部の気血の通りを良くする経穴である。古典的には、胸痛、咳、喘息のほか、乳汁分泌不全や乳腺炎といった乳房疾患に用いられてきた 。   
  • 現代科学的エビデンスと作用機序: 膺窓は乳腺組織の直上にあり、この部位への刺激は乳腺への血流を促進し、ホルモンバランスに影響を与えることで、乳汁分泌を促す効果が期待される。乳汁うっ滞による乳腺炎に対しては、局所の循環を改善し、炎症と痛みを緩和する。複数の研究で、乳汁分泌不全の治療プロトコルに膺窓が含まれている 。   
  • 臨床応用と配穴
    • 乳汁分泌不全・乳腺炎: 乳汁の分泌を促し、うっ滞を解消するため、SI1(少沢)、CV17(膻中)、ST18(乳根)などと組み合わせて用いる 。   
    • 肋間神経痛・胸痛: 局所の痛みと筋緊張を緩和する。

2.17 ST17 Rǔzhōng (乳中) – Breast Center

  • 取穴部位: 乳頭の中央、第4肋間に取る 。   
  • 古典的基礎と臨床応用: ST17 乳中は、乳頭の中心に位置する。古典的にも現代的にも、この経穴への刺鍼および施灸は禁忌とされている 。その理由は、乳頭組織が非常に敏感であり、損傷しやすく、感染のリスクが高いためである。臨床的には、胸腹部の経穴を取穴する際の重要な解剖学的ランドマークとしてのみ使用される。例えば、胃経の胸部経穴は乳頭線上(乳頭を通る垂直線)に位置するため、その基準点となる。   

2.18 ST18 Rǔgēn (乳根) – Breast Root

  • 取穴部位: 第5肋間、乳頭の直下に取る 。   
  • 古典的基礎: ST18 乳根は、乳房の「根元」に位置することから名付けられた。胸痛、咳、喘息のほか、乳腺炎や乳汁分泌不全といった乳房疾患の要穴として知られる 。   
  • 現代科学的エビデンスと作用機序: 乳根は乳腺のすぐ下にあり、この部位への刺激は乳腺組織への血流を増加させ、プロラクチンなどのホルモン分泌を調節する可能性がある。システマティックレビューやメタアナリシスにおいて、乳汁分泌不全(hypogalactia)に対する鍼灸治療の有効性が示されており、その治療プロトコルでは乳根が頻繁に使用される主要な経穴の一つである。乳腺炎に対しては、局所の循環を改善してうっ滞を解消し、炎症と痛みを鎮める効果がある。
  • 臨床応用と配穴
    • 乳汁分泌不全・乳腺炎: 乳汁分泌を促進し、炎症を鎮めるため、CV17(膻中)、SI1(少沢)、ST16(膺窓)などと組み合わせて用いる。
    • 胸痛・肋間神経痛: 局所の痛みと炎症を緩和する。
    • 咳・喘息: 横隔膜に近い位置にあるため、その動きを調整し、呼吸を楽にする。

2.19 ST19 Bùróng (不容) – Not Contained

  • 取穴部位: 臍の上方6寸、前正中線の外方2寸に取る 。   
  • 古典的基礎: ST19 不容は、胃が飲食物を受け入れられない(容れられない)状態、すなわち食欲不振や嘔吐といった症状に用いられることから名付けられた。胃痛、嘔吐、食欲不振、腹部膨満など、上腹部の症状に主治がある 。   
  • 現代科学的エビデンスと作用機序: 不容は胃体部の上方に位置し、胃の受納・腐熟機能と密接に関連する。この部位への刺激は、迷走神経を介して胃の運動や胃酸分泌を調節し、胃炎や胃潰瘍、消化不良による症状を緩和する効果が期待される 。特に、胃の内容物が逆流しやすい状態(胃気上逆)を改善する作用がある。   
  • 臨床応用と配穴
    • 胃炎・胃潰瘍: 胃痛、胸やけ、嘔吐に対して、CV12(中脘)やPC6(内関)、ST36(足三里)と組み合わせて用いる。
    • 食欲不振・消化不良: 胃の働きを整え、食欲を増進させる。

2.20 ST20 Chéngmǎn (承満) – Assuming Fullness

  • 取穴部位: 臍の上方5寸、前正中線の外方2寸に取る 。   
  • 古典的基礎: ST20 承満は、胃が飲食物で「満」たされた状態を「承」ける、すなわち胃の膨満感に関連する経穴である。胃痛、腹部膨満、食欲不振、消化不良などに用いられる 。   
  • 現代科学的エビデンスと作用機序: 承満は胃体部の中央付近に位置し、胃の蠕動運動が滞ることによって生じる胃もたれや膨満感の解消に有効である。ストレスによる自律神経の乱れが原因で起こる胃痙攣(神経性胃炎)に対しても、胃壁の筋肉の異常な緊張を緩和する効果がある 。   
  • 臨床応用と配穴
    • 胃痙攣・胃痛: 急な胃の痛みや差し込みに対して、郄穴であるST34(梁丘)と組み合わせて鎮痛効果を高める。
    • 腹部膨満・消化不良: 食滞を解消するため、CV12(中脘)やST21(梁門)と配穴する。

2.21 ST21 Liángmén (梁門) – Beam Gate

  • 取穴部位: 臍の上方4寸、前正中線の外方2寸に取る 。
  • 古典的基礎: ST21 梁門は、上腹部と中腹部を分ける「梁(はり)」のような位置にあり、胃気の出入りする「門」とされる。胃痛、嘔吐、下痢、食欲不振など、中焦(脾胃)の機能失調全般に用いられる要穴である 。
  • 現代科学的エビデンスと作用機序: 梁門は胃の幽門部に近く、胃から十二指腸への内容物の排出を調節する重要な役割を持つ。機能性ディスペプシア(FD)や胃潰瘍の研究において、梁門への刺激が胃の運動機能を改善し、胃粘膜の血流を増加させることが示唆されている 。特に、ストレスによる胃の痛みや食べ過ぎによる胃もたれに効果的である 。
  • 臨床応用と配穴
    • 胃炎・胃潰瘍・機能性ディスペプシア: 胃痛、消化不良、食欲不振に対して、CV12(中脘)とST36(足三里)と共に用いることで、脾胃の機能を総合的に調整する。
    • 食滞: 食べ過ぎによる胃のもたれや腹部膨満感を解消する。

2.22 ST22 Guānmén (関門) – Pass Gate

  • 取穴部位: 臍の上方3寸、前正中線の外方2寸に取る 。
  • 古典的基礎: ST22 関門は、水液の通り道における「関所」の役割を持つとされ、特に水液代謝の異常に関連する症状に用いられる。腹痛、下痢、腹部膨満のほか、浮腫や腹水にも効果があるとされる 。
  • 現代科学的エビデンスと作用機序: 関門は小腸の上部に位置し、小腸での水分吸収を調節する作用が考えられる。腸炎による下痢や、水分の停滞による腹部膨満、全身の浮腫に対して、利水作用(水液の巡りを良くする作用)を目的として用いられる。
  • 臨床応用と配穴
    • 腸炎・下痢: 水様便を伴う下痢に対して、ST25(天枢)やSP9(陰陵泉)と組み合わせて用いる。
    • 浮腫・腹水: 水分代謝を調整するため、CV9(水分)やST28(水道)と配穴する。

2.23 ST23 Tàiyǐ (太乙) – Supreme Unity

  • 取穴部位: 臍の上方2寸、前正中線の外方2寸に取る 。
  • 古典的基礎: ST23 太乙は、古代思想における宇宙の根源「太一」に由来し、精神活動との深い関連性を示唆する経穴である。古典的には、胃痛や下痢といった消化器症状に加え、癲狂(てんきょう)といった精神疾患にも用いられてきた 。
  • 現代科学的エビデンスと作用機序: 太乙は、ストレスや不安が原因で消化器症状が悪化する、いわゆる神経性胃炎や過敏性腸症候群(IBS)の治療に応用される。脳腸相関の考え方に基づき、この経穴への刺激が自律神経系を介して中枢の情動野と末梢の消化管機能の両方に働きかけ、心身のバランスを整える効果が期待される 。
  • 臨床応用と配穴
    • 神経性胃炎・過敏性腸症候群: 精神的ストレスに伴う胃痛、腹痛、下痢に用いる。精神を安定させるPC6(内関)やHT7(神門)、肝の疏泄を促すLV3(太衝)と組み合わせる。
    • 精神疾患: 不安、焦燥感、不眠などに対して、安神作用を目的として用いる。

2.24 ST24 Huáròumén (滑肉門) – Slippery Flesh Gate

  • 取穴部位: 臍の上方1寸、前正中線の外方2寸に取る 。
  • 古典的基礎: ST24 滑肉門は、「肉(ここでは内臓を指す)を滑らかに動かす門」という意味を持つ 。消化管の蠕動を円滑にし、内容物の停滞を防ぐ作用がある。古典的には、胃痛、嘔吐、特に精神的な要因による癲狂に用いられてきた 。
  • 現代科学的エビデンスと作用機序: 滑肉門は、脾の運化機能を補助し、特に湿邪の停滞を解消する働きがあるとされる 。神経性の嘔吐や、水分の摂りすぎによる胃の不調、悪阻(つわり)などに応用される。この経穴への刺激は、胃腸の過剰な蠕動や痙攣を鎮め、正常な消化運動を回復させる助けとなる。
  • 臨床応用と配穴
    • 胃炎・神経性嘔吐: 胃の気の上逆を鎮め、嘔吐を止める。PC6(内関)と組み合わせて効果を高める。
    • 悪阻(つわり): 妊娠初期の吐き気や嘔吐を緩和する。
    • 食滞・湿邪: 消化不良や水様の泥状便に用いる。

2.25 ST25 Tiānshū (天枢) – Heaven’s Pivot

  • 取穴部位: 臍(へそ)の中心から外方2寸に取る 。
  • 古典的基礎: ST25 天枢は、大腸の募穴(ぼけつ)であり、大腸の気が腹部に集まる場所である。そのため、あらゆる腸疾患の診断点かつ治療点として極めて重要である。その名称「天枢」は、天(上半身)と地(下半身)の気機を転回させる「枢(かなめ)」として、腹部の中央に位置することに由来する 。腸を調節し、湿を除き、腹部の気血を巡らせる作用を持つ 。
  • 現代科学的エビデンスと作用機序: 天枢は、現代の研究において過敏性腸症候群(IBS)および便秘の治療におけるキーポイントとして注目されている 。
    • 作用機序: 天枢への電気鍼刺激は、腸の運動性と内臓知覚過敏を調節する。IBSモデル動物を用いた研究では、天枢刺激が結腸のセロトニン作動性腸クロム親和性細胞におけるセロトニン(5-HT)の発現を抑制し、内臓痛を軽減することが示されている 。さらに、ストレス関連ペプチドであるコルチコトロピン放出因子(CRF)を抑制し、腸内細菌叢の異常(ディスバイオーシス)を調節することで、脳腸相関に介入することが示唆されている 。
    • 臨床試験: システマティックレビューやランダム化比較試験(RCT)において、天枢(多くは足三里と併用)への鍼治療が、機能性便秘や下痢型IBS(D-IBS)の症状を有意に改善することが報告されている 。
  • 臨床応用と配穴
    • 便秘: 腸の蠕動を促進するため、SJ6(支溝)やKI6(照海)と組み合わせる。
    • 下痢: 中焦を温め、湿を除くため、ST36(足三里)やSP9(陰陵泉)と組み合わせ、施灸を併用することが多い。
    • IBS(混合型): 腸を整えるST36(足三里)と、ストレス要素(脳腸相関)に対応するために肝を疏通するLV3(太衝)を組み合わせる。

2.26 ST26 Wàilíng (外陵) – Outer Mound

  • 取穴部位: 臍の下方1寸、前正中線の外方2寸に取る 。
  • 古典的基礎: ST26 外陵は、腹直筋が盛り上がった「陵(おか)」の「外」側に位置することから名付けられた 。古典的には、腹痛、特に下腹部の痙攣性の痛み(疝気)、生理痛などに用いられる 。
  • 現代科学的エビデンスと作用機序: 外陵は小腸や子宮に近い位置にあり、これらの臓器の平滑筋の痙攣を緩和する作用があると考えられる。腸痙攣による急な腹痛や、月経時の痙攣性疼痛(生理痛)に対して、局所の気血の巡りを改善し、痛みを鎮める目的で用いられる 。
  • 臨床応用と配穴
    • 腸痙攣・急性の腹痛: 局所の鎮痛点として用いる。
    • 生理痛: SP6(三陰交)やCV4(関元)と組み合わせて、下腹部の血行を促進し、痛みを緩和する。

2.27 ST27 Dàjù (大巨) – Great Gigantic

  • 取穴部位: 臍の下方2寸、前正中線の外方2寸に取る 。
  • 古典的基礎: ST27 大巨は、下腹部の「大きい」筋肉(腹直筋)が「巨大」に盛り上がる場所にあることから名付けられた。下腹部痛、便秘、排尿困難、遺精など、下焦の疾患に広く用いられる 。
  • 現代科学的エビデンスと作用機序: 大巨は膀胱や腸、生殖器に近い位置にあり、これらの臓器の機能を調整する作用を持つ。膀胱炎による排尿困難や頻尿、便秘による下腹部の張り、また不妊症などの生殖器系疾患に対して、骨盤内の血流を改善し、関連する神経機能を調節することで効果を発揮すると考えられる 。
  • 臨床応用と配穴
    • 便秘・下腹部痛: 大腸の機能を調整するため、ST25(天枢)と組み合わせて用いる。
    • 膀胱炎・排尿困難: 膀胱の機能を助けるため、CV3(中極)やBL28(膀胱兪)と配穴する。
    • 不妊症・生殖器疾患: CV4(関元)やSP6(三陰交)と共に、下腹部を温め、生殖機能を高める。

2.28 ST28 Shuǐdào (水道) – Water Passage

  • 取穴部位: 臍の下方3寸、前正中線の外方2寸に取る 。
  • 古典的基礎: ST28 水道は、その名の通り、体内の「水」の通り道(道)を調整する経穴である。特に泌尿器系の水分代謝に関与し、排尿困難、浮腫、腹水などに用いられてきた 。
  • 現代科学的エビデンスと作用機序: 水道は膀胱の高さに位置し、腎臓と膀胱の機能を調節して利水作用を促す。腎炎やネフローゼ症候群、膀胱炎などによる浮腫や排尿異常に対して、体内の余分な水分を排出させる目的で用いられる 。また、下腹部の冷えや張りを改善する効果もある 。
  • 臨床応用と配穴
    • 浮腫・腹水: 利水作用を高めるため、CV9(水分)、SP9(陰陵泉)、BL22(三焦兪)と組み合わせて用いる。
    • 腎炎・膀胱炎: 泌尿器系の炎症を鎮め、機能を回復させる。
    • 下腹部の冷え: CV4(関元)と共に施灸を行い、下焦を温める。

2.29 ST29 Guīlái (帰来) – Return

  • 取穴部位: 臍の下方4寸、前正中線の外方2寸に取る 。
  • 古典的基礎: ST29 帰来は、乱れた月経が正常に「帰り来る」ように、あるいは子宮脱が元の位置に「帰り来る」ように、といった婦人科系の機能を正常に戻す作用があることから名付けられた 。無月経、生理不順、帯下、子宮下垂、不妊症など、婦人科疾患の要穴とされる 。
  • 現代科学的エビデンスと作用機序: 帰来は子宮や卵巣の高さに位置し、骨盤内の血流を促進し、内分泌(ホルモン)系のバランスを整える作用がある。子宮内膜症、卵巣炎、子宮筋腫といった器質的な婦人科疾患に伴う痛みや月経異常の緩和に用いられる 。不妊治療においても、子宮や卵巣の機能を高める目的で重要な経穴とされる。
  • 臨床応用と配穴
    • 婦人科疾患全般: 月経不順、生理痛、無月経、不妊症などに対して、SP6(三陰交)、CV4(関元)、BL32(次髎)などと組み合わせて用いる。
    • 子宮内膜症・卵巣炎: 骨盤内の炎症と血行不良を改善する。

2.30 ST30 Qìchōng (気衝) – Rushing Qi

  • 取穴部位: 恥骨結合上縁の高さ、前正中線の外方2寸、大腿動脈の拍動部に取る 。
  • 古典的基礎: ST30 気衝は、胃経の経「気」が腹部から下肢へと「衝(つきぬけ)」ていく要衝であることから名付けられた 。腹部の経脈と下肢の経脈が合流する重要なポイントであり、ヘルニア、生理不順、インポテンツなど、下腹部および泌尿生殖器系の疾患に用いられる 。
  • 現代科学的エビデンスと作用機序: 気衝は大腿動脈の拍動部にあり、下肢への血流を調節する重要な部位である。鼠径部の痛み(グロインペイン)や、泌尿生殖器系の機能低下に対して、局所の循環を改善し、神経機能を調整することで効果を発揮する。特に、鼠径ヘルニアの治療において、腹壁の筋緊張を緩和する目的で用いられる 。
  • 臨床応用と配穴
    • 泌尿生殖器疾患: インポテンツ、遺精、生理不順など。
    • 鼠径部痛・ヘルニア: 局所の痛みと緊張を緩和する。
    • 下肢の血行障害: 下肢の冷えやしびれに対して、下肢への血流を促進する。

2.31 ST31 Bìguān (髀関) – Thigh Joint

  • 取穴部位: 上前腸骨棘と膝蓋骨外側上縁を結ぶ線上、縫工筋と大腿筋膜張筋の間に取る 。
  • 古典的基礎: ST31 髀関は、「髀(もも)」の「関節(股関節)」の近くにある経穴という意味を持つ。股関節痛、腰痛、下肢の麻痺や脱力感など、股関節および大腿部の運動器疾患に用いられる 。
  • 現代科学的エビデンスと作用機序: 髀関は大腿神経や外側大腿皮神経の近くに位置し、これらの神経が支配する領域の痛みやしびれ(大腿神経痛など)に有効である。また、股関節を屈曲させる大腿直筋や縫工筋の機能を調整し、股関節障害による歩行困難や可動域制限を改善する効果がある。
  • 臨床応用と配穴
    • 股関節障害: 変形性股関節症や股関節周囲炎による痛みや可動域制限に用いる。GB30(環跳)や局所の阿是穴と組み合わせる。
    • 大腿神経痛: 大腿前面の痛みやしびれを緩和する。
    • 腰痛: 股関節の動きの悪さが原因となっている腰痛に有効。

2.32 ST32 Fútù (伏兎) – Crouching Rabbit

  • 取穴部位: 膝蓋骨底外端の上方6寸、大腿直筋の隆起部に取る 。
  • 古典的基礎: ST32 伏兎は、大腿直筋が隆起した形が、うずくまった「兎(うさぎ)」のように見えることから名付けられた。膝痛、下肢の麻痺、脚気、ヘルニアなどに用いられる 。
  • 現代科学的エビデンスと作用機序: 伏兎は大腿四頭筋(特に大腿直筋)のモーターポイント(運動点)に近く、この筋肉の機能を直接的に活性化する作用がある。脳血管障害後遺症などによる下肢麻痺や、廃用性の大腿四頭筋萎縮に対して、筋力回復を促す目的で電気鍼治療などが応用される 。
  • 臨床応用と配穴
    • 下肢の運動障害・筋萎縮: 大腿四頭筋の筋力低下や萎縮に対して、ST34(梁丘)やST36(足三里)と共に用いる。
    • 膝関節痛: 大腿四頭筋の筋力バランスを整え、膝への負担を軽減する。

2.33 ST33 Yīnshì (陰市) – Yin Market

  • 取穴部位: 膝蓋骨底外端の上方3寸、大腿直筋と外側広筋の間に取る 。
  • 古典的基礎: ST33 陰市は、陽経である胃経上にありながら、下半身の冷えといった「陰」の症状を治す「市(市場、集まる場所)」であることから名付けられた 。膝痛、下肢の冷えや麻痺、脱力感に用いられる 。
  • 現代科学的エビデンスと作用機序: 陰市は大腿四頭筋の中にあり、膝関節の伸展機能に関与する。膝関節痛、特に膝を伸ばす際の痛みや不安定感に対して有効である。また、その名の通り、胃腸機能の低下に起因する足の冷えなど、虚寒性の症状にも応用される。この経穴への刺激は、局所の血流を改善し、深部を温める効果が期待される 。
  • 臨床応用と配穴
    • 膝関節痛: 膝の痛み、特に伸展障害を伴う場合に用いる。
    • 下肢の冷え・倦怠感: 胃腸を温め、気血を補うST36(足三里)やCV12(中脘)と組み合わせて用いる。

2.34 ST34 Liángqiū (梁丘) – Ridge Mound

  • 取穴部位: 膝蓋骨底外端の上方2寸、大腿直筋と外側広筋の間に取る 。
  • 古典的基礎: ST34 梁丘は、胃経の郄穴(げきけつ)である。郄穴は経脈の気血が深く集まる場所とされ、急性期の疼痛性疾患に特効があるとされる。古典的には、急性の胃痛、胃痙攣、膝痛、乳腺炎などに用いられてきた 。
  • 現代科学的エビデンスと作用機序: 郄穴としての特性から、梁丘は急性の胃痛や胃痙攣に対して顕著な鎮痛効果を発揮する。この作用は、体性-自律神経反射を介して、胃壁の平滑筋の異常な収縮を抑制し、胃粘膜の血流を改善することによるものと考えられる。複数の研究で、急性胃炎や胃痙攣の治療プロトコルに梁丘が含まれている 。また、局所治療点として、急性の膝関節痛(膝の捻挫など)にも有効である。
  • 臨床応用と配穴
    • 急性胃痛・胃痙攣: 胃の痛みを速やかに緩和するための要穴。CV12(中脘)やPC6(内関)と組み合わせて用いる。
    • 急性の膝関節痛: 膝関節の急な痛みや腫れに対して、阿是穴と共に用いる。
    • 急性乳腺炎: 乳房の急な痛みや腫れに対して、遠隔治療点として用いる。

2.35 ST35 Dúbí (犢鼻) – Calf’s Nose

  • 取穴部位: 膝を屈曲した際、膝蓋骨下縁と膝蓋靭帯の外側にできる陥凹部に取る 。
  • 古典的基礎: ST35 犢鼻は、そのくぼみの形が「子牛の鼻」に似ていることから名付けられた。膝痛、脚気、下肢麻痺など、膝関節周辺の疾患に対する重要な局所治療点である 。
  • 現代科学的エビデンスと作用機序: 犢鼻は膝関節の関節腔に最も近い経穴の一つであり、「外膝眼」とも呼ばれる。変形性膝関節症や膝関節炎の治療において、最も頻繁に用いられる経穴である。この部位への刺激は、関節内の炎症を抑制し、痛みを緩和し、関節液の循環を促進する効果がある。多くの臨床試験で、犢鼻を含む膝周囲の経穴への鍼治療が、変形性膝関節症の痛みと機能を改善することが示されている 。
  • 臨床応用と配穴
    • 変形性膝関節症・膝関節炎: 膝の痛み、腫れ、可動域制限に対して、内膝眼(奇穴)、ST36(足三里)、SP9(陰陵泉)、GB34(陽陵泉)などと共に用いる。
    • 膝の捻挫: 急性の痛みと腫れを緩和する。

2.36 ST36 Zúsānlǐ (足三里) – Leg Three Miles

  • 取穴部位: ST35(犢鼻)の下方3寸、脛骨前縁の外方一横指に取る 。
  • 古典的基礎: ST36 足三里は、鍼灸経穴の中で最も重要かつ有名なものの一つである。胃経の合土穴(ごうどけつ)であり、腹部の四総穴の一つでもある。その名は、この穴を刺激すれば疲れ果てていてもさらに「三里」歩けるようになると言われることに由来する。脾胃を補い、正気を支え、元気(原気)を養う第一の要穴である。あらゆる消化器疾患を治療し、衛気(防衛機能)を高め、気血を滋養することで神(精神)を安んじる作用も持つ 。
  • 現代科学的エビデンスと作用機序: 足三里は、科学的に最も広く研究されている経穴である。
    • 全身性の抗炎症作用: 画期的な研究により、足三里への電気鍼刺激が迷走神経-副腎髄質軸を駆動し、副腎でのドーパミン産生を介してマクロファージからの炎症性サイトカインの産生を抑制することが明らかにされた。これは、敗血症や全身性炎症モデルにおいて、足三里の抗炎症作用の具体的な神経解剖学的基盤を提供するものである 。
    • 脳腸相関の調節(fMRI/PET): fMRI研究のシステマティックレビューでは、足三里刺激が島皮質、前帯状皮質、海馬、前頭前野といった辺縁系-傍辺縁系-新皮質ネットワークや小脳を含む広範な脳領域を調節することが示されている 。これは、足三里が疼痛、情動、自律神経機能を統合的に制御することを示している。PET研究では、自律神経系の最高中枢である視床下部の糖代謝を変化させることが確認されている 。
    • 消化管機能: 術後イレウスの予防と治療に有効であることが臨床的に証明されており 、胃粘膜を保護し 、胃の運動を調節する作用を持つ。
  • 臨床応用と配穴
    • 全ての消化器疾患: あらゆる脾胃病証に対する基本穴。悪心・嘔吐にはPC6(内関)、腸疾患にはST25(天枢)、上腹部痛にはCV12(中脘)と組み合わせる。
    • 免疫力増強・全身の滋養強壮: 疲労、慢性疾患、免疫力低下に用いる。LI10(手三里)との組み合わせや、施灸により強壮作用が増す。
    • 精神・情緒の問題: 特に消化器症状を伴う不安、不眠、うつ病に用いる(脳腸相関)。HT7(神門)やPC6(内関)と組み合わせる 。

2.37 ST37 Shàngjùxū (上巨虚) – Upper Great Hollow

  • 取穴部位: 犢鼻(ST35)の下方6寸、足三里(ST36)の直下3寸に取る 。
  • 古典的基礎: ST37 上巨虚は、大腸の下合穴(げごうけつ)である。下合穴は、六腑の気が下肢の陽経に合流する特定の経穴であり、その腑の疾患を治療するのに特に有効とされる。『霊枢』には「大腸は巨虚の上廉に合す」と記されており、大腸疾患の治療における本穴の重要性を示している 。腹痛、下痢、便秘、細菌性赤痢、虫垂炎など、大腸に関連するあらゆる疾患に用いられる 。
  • 現代科学的エビデンスと作用機序: 下合穴としての理論に基づき、上巨虚は特に大腸の機能障害に起因する症状に用いられる。大腸炎や過敏性腸症候群(IBS)による下痢や便秘に対して、腸の蠕動運動を双方向に調節する作用がある。また、虫垂炎の初期における腹痛の緩和にも応用されることがある 。この作用は、体性-内臓神経反射を介して、大腸の運動および知覚機能を調節することによるものと考えられる。
  • 臨床応用と配穴
    • 大腸炎・赤痢・下痢: 腸の炎症を鎮め、下痢を止める。ST25(天枢)と組み合わせて効果を高める。
    • 便秘: 大腸の蠕動を促進する。
    • 虫垂炎: 右下腹部の圧痛(マックバーニー点)に対応する遠隔治療点として、急性の痛みを緩和する。

2.38 ST38 Tiáokǒu (条口) – Ribbon Opening

  • 取穴部位: 犢鼻(ST35)の下方8寸、上巨虚(ST37)の直下2寸に取る 。
  • 古典的基礎: ST38 条口は、下腿の筋肉が細長い「条(すじ)」のようになっている場所の「入り口」にあることから名付けられた。局所である膝や下腿の痛み、麻痺に用いられるほか、五十肩(肩関節周囲炎)の遠隔治療点として特に有名である 。
  • 現代科学的エビデンスと作用機序: 条口の最も特筆すべき応用は、五十肩の治療である。患者に条口に鍼を刺したまま肩を動かしてもらう「運動鍼」を行うと、劇的に肩の可動域が改善し、痛みが軽減することが経験的に知られている。この遠隔治療効果の明確なメカニズムは未解明であるが、鍼刺激が中枢神経系における疼痛抑制システムを活性化させることや、経絡システムを介した全身的なバランス調整作用などが仮説として考えられている 。
  • 臨床応用と配穴
    • 五十肩(肩関節周囲炎): 肩の痛みと可動域制限に対する特効穴の一つ。条口から承山(BL57)に向けて透刺し、運動鍼を行うことが多い。
    • 下肢の運動障害: 下腿の痛みやしびれ、麻痺に対する局所治療点として用いる。

2.39 ST39 Xiàjùxū (下巨虚) – Lower Great Hollow

  • 取穴部位: 犢鼻(ST35)の下方9寸、上巨虚(ST37)の直下3寸に取る 。
  • 古典的基礎: ST39 下巨虚は、小腸の下合穴である。『霊枢』には「小腸は巨虚の下廉に合す」とあり、小腸疾患の治療における要穴とされる 。下腹部痛、下痢、消化不良のほか、乳腺炎にも用いられる 。
  • 現代科学的エビデンスと作用機序: 下合穴として、下巨虚は小腸の機能を調整する作用を持つ。小腸性の下痢や吸収不良、腹部膨満感などに用いられる。乳腺炎への効果は、胃経が乳房を通過するという経脈の流注に関連していると考えられる。胃経の気血の流れを整えることで、乳房のうっ滞や炎症を遠隔的に治療する効果が期待される。
  • 臨床応用と配穴
    • 小腸疾患: 消化不良、下痢、下腹部痛に用いる。
    • 乳腺炎: 乳房の痛みや腫れに対して、ST18(乳根)などと共に用いる。

2.40 ST40 Fēnglóng (豊隆) – Abundant Bulge

  • 取穴部位: 外果(外くるぶし)の上方8寸、条口(ST38)の外方一横指に取る 。
  • 古典的基礎: ST40 豊隆は、胃経の絡穴(らくけつ)であり、ここから脾経へと連絡する。身体における痰(たん)を除去する最も重要かつ経験的な特効穴として知られる。この「痰」は、肺の痰だけでなく、頭部や経絡に停滞する無形の痰(めまい、精神錯乱の原因となる)も含む。その名称「豊隆」は、この経穴が位置する筋肉の豊かに盛り上がった様子に由来する 。古典的には、多量の喀痰を伴う咳、めまい、頭痛、胸苦しさ、そして痰が心竅を塞ぐことによる精神疾患に用いられてきた 。
  • 現代科学的エビデンスと作用機序: 豊隆の「化痰(けたん)」作用は、現代医学的にはその代謝調節作用と抗炎症作用に関連づけられる。
    • COPD・喘息: 慢性閉塞性肺疾患(COPD)の治療プロトコルに含まれ、気道の炎症(一種の「痰熱」)を軽減し、呼吸機能を改善すると考えられている 。
    • 代謝調節: 肥満は中医学ではしばしば「痰湿」の状態と見なされるが、豊隆を含む鍼治療が脂質や糖の代謝を調節することが示されている 。
    • めまい・眩暈: 「痰湿が清陽を阻害する」ことによるめまいに対して用いられる 。その機序は、脳の微小循環の改善や自律神経機能の調節が関与している可能性がある。
  • 臨床応用と配穴
    • 湿性咳嗽: 痰を除くための遠隔治療点として第一選択。肺と脾を調整するため、LU5(尺沢)やCV12(中脘)と組み合わせる。
    • めまい(痰湿タイプ): 痰を除き、上逆した気を下降させるため、CV12(中脘)やPC6(内関)と組み合わせる。
    • 肥満・メタボリックシンドローム: 湿を除き、代謝を整えるため、SP9(陰陵泉)やST36(足三里)と共に用いる。

2.41 ST41 Jiěxī (解谿) – Ravine Divide

  • 取穴部位: 足関節前面の中央、足首を背屈させたときに現れる2本の太い腱(長母指伸筋腱と長趾伸筋腱)の間の陥凹部に取る 。
  • 古典的基礎: ST41 解谿は、胃経の経火穴(けいかけつ)である 。その名は、腱が分かれる「谿(たに)」を「解き」放つような、靴紐を解く場所に位置することに由来する 。経穴として経脈の邪気を通じさせる作用があり、特に火穴であるため、胃経に滞った熱を清する力を持つ。古典的には、胃経の経絡が上行して至る顔面部の浮腫や、頭痛、めまい、そして局所である足関節の痛みや腫れ、腹部膨満などに用いられてきた。
  • 現代科学的エビデンスと作用機序: 解谿は、胃経の遠隔治療点として、特に頭顔部の症状に用いられる。この経穴への刺激は、経絡を介して頭部の血流や神経機能を調節し、緊張性頭痛やめまいを改善する可能性がある。また、自律神経のバランスを整え、ストレスや緊張を緩和する効果も期待される。局所的には、足関節の捻挫や痛みに対して、血行を促進し、炎症を鎮めることで効果を発揮する。解剖学的には、前脛骨動脈や深腓骨神経の近くに位置しており、これらの神経・血管系への刺激が作用機序に関与していると考えられる。
  • 臨床応用と配穴
    • 頭痛・めまい: 頭部の気血の巡りを改善し、特に前頭部の頭痛や、胃腸の不調を伴うめまいに用いる。
    • 顔面浮腫: 胃経の熱や湿が顔に上ったことによるむくみを、利水・清熱作用によって軽減する。
    • 足関節捻挫・痛み: 足関節の痛み、腫れ、運動制限に対する局所治療点として重要である。

2.42 ST42 Chōngyáng (衝陽) – Rushing Yang

  • 取穴部位: 足背の最も高いところ、第2・第3中足骨の間、足背動脈の拍動が感じられる部位に取る 。
  • 古典的基礎: ST42 衝陽は、胃経の原穴(げんけつ)である 。原穴は、その臓腑の元気(生命活動の根源的なエネルギー)が最も集まる場所であり、胃の機能状態を診断し、治療する上で極めて重要である。その名称は、足背動脈が力強く「衝(つき)」動く「陽(足の甲)」の部位であることに由来する。古典的には、胃痛、食欲不振といった胃の虚実に関わる症状、顔面神経麻痺や歯痛、足の無力感などに用いられてきた。
  • 現代科学的エビデンスと作用機序: 衝陽は、胃の機能を診断する上で重要な経穴とされる。この部位の足背動脈の拍動の強弱は、中医学的に「胃の気」の盛衰を反映すると考えられ、臨床的な診断の一助となる。また、動脈硬化の指標としても用いられることがある。機能性ディスペプシアや片頭痛の治療プロトコルにも遠隔治療点として含まれることがある。この経穴への刺激は、自律神経を介して消化器機能を調整し、特に胃の虚弱(胃気虚)による食欲不振や全身の倦怠感に有効である。
  • 臨床応用と配穴
    • 胃炎・消化不良: 胃の原穴として、胃の機能を根本から整える。胃痛にはCV12(中脘)、食欲不振にはST36(足三里)と組み合わせる。
    • 顔面神経麻痺・歯痛: 胃経の経絡を通じて顔面部の気血を調整し、症状を緩和する。
    • 診断: 足背動脈の拍動を触診し、胃気の強弱や動脈硬化の程度を推測する。

2.43 ST43 Xiàngǔ (陥谷) – Sunken Valley

  • 取穴部位: 足背、第2・第3中足趾節関節の近位(手前)の陥凹部に取る 。
  • 古典的基礎: ST43 陥谷は、胃経の輸木穴(ゆもくけつ)である 。輸穴は「体重節痛(体が重く、関節が痛む)」を主治とし、木穴であることから風邪(ふうじゃ)や肝との関連も示唆される。その名は、骨の間の「谷」のように「陥(おちくぼ)」んだ場所にあることに由来する。古典的には、顔面や眼の浮腫、腹鳴、腹痛、熱病などに用いられてきた 。
  • 現代科学的エビデンスと作用機序: fMRIを用いた研究では、陥谷(ST43)への刺激が、足三里(ST36)と同様に、前頭前野の一部である中前頭回(BA10)を活性化させることが示されている。これは、同じ胃経上の経穴が、脳内の特定の機能ネットワークに共通の作用を及ぼす可能性を示唆しており、経穴特異性の一端を解明するものである。臨床的には、体内の余分な水分(湿邪)を排出し、浮腫を軽減する作用が重視される。特に、胃腸の機能低下によって生じる顔のむくみに有効とされる。また、胃熱が精神に影響を及ぼすことによる焦燥感や不眠に対しても、熱を冷まし精神を鎮める目的で用いられることがある。
  • 臨床応用と配穴
    • 顔面・眼瞼浮腫: 脾の運化機能を助け、利水作用を促すため、SP9(陰陵泉)と組み合わせて用いる。
    • 腹痛・腹鳴: 胃腸の気滞を解消し、機能を整える。
    • 精神・情緒の安定: 胃熱に起因するイライラや焦燥感に対して、清熱作用のあるST44(内庭)と共に用いる。

2.44 ST44 Nèitíng (内庭) – Inner Courtyard

  • 取穴部位: 足背、第2趾と第3趾の間、みずかきの後縁、赤白肉際(足の甲と裏の皮膚の境目)に取る 。
  • 古典的基礎: ST44 内庭は、胃経の滎水穴(えいすいけつ)である 。「滎は身熱を主る」という原則の通り、滎穴は身体の熱を清する作用に優れる。特に内庭は、陽明経という多気多血で熱化しやすい経絡上の水穴であり、胃熱・胃火を強力に清する要穴とされる。古典的には、上顎の歯痛、喉の痛み、鼻血といった顔面部の熱症状や、胃酸過多、食中毒による下痢など、胃腸の熱に起因する様々な症状に用いられてきた。
  • 現代科学的エビデンスと作用機序: 内庭の清熱・鎮痛作用は、現代科学的研究によっても裏付けられている。fMRI研究では、内庭への刺激が、隣接する肝経の太衝(LR3)とは異なる、特異的な脳活動パターンを誘発することが示されている。特に、痛みの処理に関わる二次体性感覚野(SII)などを活性化させることが確認されており、これが歯痛や顔面痛に対する強力な鎮痛効果の神経基盤であると考えられる。また、動物実験では、食欲を抑制する作用も報告されており、代謝性の熱に対する調節作用も示唆されている。
  • 臨床応用と配穴
    • 胃熱(急性胃炎、口内炎、口臭): 胃火を清するための最も重要な遠隔治療点。陽明経全体の熱を瀉すため、手の陽明大腸経のLI4(合谷)と組み合わせる「清熱の四関」は非常に有名である。
    • 歯痛・扁桃炎: 特に上顎の歯痛や、赤く腫れて痛む扁桃炎に対して、即効性のある鎮痛効果が期待できる。
    • 食中毒・急性の下痢: 腸内の熱を清し、下痢を止める作用がある。

2.45 ST45 Lìduì (厲兌) – Severe Exchange

  • 取穴部位: 第2趾の外側、爪甲根部角(爪の付け根の角)から外方約0.1寸に取る 。
  • 古典的基礎: ST45 厲兌は、胃経の井金穴(せいこんけつ)であり、経脈の終点である 。井穴は経気の流れが転換する場所であり、急病や意識障害に用いられ、「心下満を主る」とされる。その名称は、「厲(激しい)」症状に効果があり、経脈の末端である「兌(門、交換)」を意味することに由来する。古典的には、顔面浮腫、歯痛、鼻血といった頭顔部の症状のほか、胃経が内的に心と連絡することから、不眠、悪夢、癲狂といった精神・情緒の問題にも用いられてきた。
  • 現代科学的エビデンスと作用機序: 井穴としての厲兌の作用は、意識を覚醒させ、精神を安定させる「開竅醒神(かいきょうせいしん)」作用が特徴である。これは、胃にこもった熱(胃火)が心神を乱すことによって生じる不眠、悪夢、精神的な興奮状態に対して、熱を清し、精神を鎮静させる効果を指す。この経穴への刺激は、末梢神経を介して中枢神経系に強力な信号を送り、自律神経系や情動を司る脳領域を調節すると考えられる。また、胃経の終点として、経脈全体の気血の流れを調整する作用も持つ。片頭痛の臨床試験では、陽明経の頭痛に対する遠隔治療点として選択されている。
  • 臨床応用と配穴
    • 不眠・悪夢・精神不安: 胃熱が原因で眠りが浅い、夢見が悪い、落ち着かないといった症状に用いる。精神を安定させる安神作用が期待できる。
    • 急性の消化不良: 食べ過ぎによる胸のつかえ感や吐き気など、急性の消化器症状に用いる。
    • 顔面部の熱症状: 歯痛、顔の腫れ、鼻血など、胃経に沿って上炎した熱症状を鎮める。
    • 意識障害・失神: 救急穴として、強く刺激するか、刺絡(少量の瀉血)を行うことがある。

第三部 統合的考察と高等臨床戦略

3.1 主要な胃の病理パターンに対する統合的治療プロトコル

個々の経穴の効能を理解した上で、臨床ではそれらを弁証論治に基づいて有機的に組み合わせ、治療効果を最大化する必要がある。以下に、胃の主要な病理パターンに対する統合的な配穴戦略を示す。

胃熱清泄法(胃火に対する治療)

  • 治則: 清胃瀉火、和胃護陰(胃火を清し、胃の機能を調和させ、陰液を保護する)。
  • 基本配穴: ST44(内庭) + LI4(合谷)。この組み合わせは、陽明経全体の熱を強力に清する。内庭は胃火を、合谷は顔面部と大腸の熱を除く。
  • 症状による加減: 激しい痛みや炎症には、急性症状に有効な郄穴であるST34(梁丘)を加える。歯肉出血には、気を補い血を収めるST36(足三里)を加える。

和胃降逆法(胃気上逆に対する治療)

  • 治則: 和胃降逆、止嘔制吐(胃を調和させて逆気を下降させ、嘔吐を止める)。
  • 基本配穴: PC6(内関) + ST36(足三里)。内関は悪心と胸部のつかえを治す要穴であり、足三里は胃を調節し気を下降させる。
  • 症状による加減: しゃっくりには、横隔膜を調節するBL17(膈兪)を加える。精神的ストレスが誘因となる場合(肝胃不和)、肝を疏通するLV3(太衝)を加える。

消食導滞法(食滞に対する治療)

  • 治則: 消食導滞、理気和胃(食滞を解消し、気の巡りを整え、胃を調和させる)。
  • 基本配穴: ST25(天枢) + CV12(中脘) + ST36(足三里)。これは大腸と胃の募穴に腹部の四総穴を組み合わせたもので、消化管全体の動きを促進する。
  • 症状による加減: 激しい腹部膨満にはST21(梁門)を加える。酸逆流にはPC6(内関)を加える。

益胃養陰法(胃陰虚に対する治療)

  • 治則: 滋養胃陰、生津和胃(胃の陰液を養い、津液を生み出し、胃を調和させる)。
  • 基本配穴: ST36(足三里) + SP6(三陰交)。足三里は後天の気と津液を生み出し、三陰交は足の三陰経(脾・肝・腎)全ての陰液を同時に補う。
  • 症状による加減: 便秘には、腎陰を補い腸を潤すKI6(照海)を加える。喉の乾燥には、肺陰を潤すLU10(魚際)を加える。

健脾温中法(脾胃虚寒に対する治療)

  • 治則: 温中散寒、健脾和胃(中焦を温めて寒邪を散らし、脾胃を丈夫にして調和させる)。
  • 基本配穴: CV12(中脘) + ST36(足三里) + BL20(脾兪) + BL21(胃兪)。これは募穴(腹部)と兪穴(背部)を組み合わせた募兪配穴であり、脾胃の臓腑を直接的に補う強力な処方である。これらの経穴への施灸は特に効果的である。
  • 症状による加減: 激しい冷えや痛みには、元気の源である陽気を温めるCV8(神闕、塩灸)やCV4(関元)を加える。

3.2 胃経の神経生理学的軸:脳腸相関の変調モデル

足の陽明胃経への鍼治療は、脳腸相関の異常によって引き起こされる機能性消化管障害(Disorders of Gut-Brain Interaction: DGBI)、特に機能性ディスペプシア(FD)や過敏性腸症候群(IBS)に対する強力な治療手段である。その有効性は、胃経が脳と腸という軸の両端に同時に介入し、その双方向性のコミュニケーションを再調整する能力に由来する。

FDやIBSのような疾患は、腹痛や腹部膨満といった消化器症状と、不安やうつ病といった高い精神的合併症率を特徴とする 。これは、脳と腸の間の情報伝達が破綻していることを示唆している。中医学では、この関係性は古くから認識されており、「肝胃不和」という病理パターンは、精神的ストレス(肝)が胃の機能(胃)に直接影響を及ぼすことを明確に示している 。これはまさに、脳腸相関の古典的な表現である。   

現代の神経科学は、この関係を裏付けるメカニズムを解明しつつある。 一つは、トップダウン制御の変調である。fMRIなどの脳機能イメージング研究により、ST36(足三里)、PC6(内関)、LV3(太衝)といった胃経および関連経穴への刺激が、情動や感覚処理に重要な脳領域(前帯状皮質、島皮質、扁桃体など)の活動を調節することが示されている 。これは脳腸相関における「脳」の部分への介入に相当する。これらの情動中枢を鎮静化することで、鍼治療は腸からの入力に対する過敏な知覚(内臓知覚過敏)を軽減させることができる。   

もう一つは、ボトムアップ制御の変調である。同じ鍼刺激が、自律神経系、特に副交感神経系の主要な構成要素である迷走神経の活動を調節することが証明されている 。迷走神経は、脳と内臓を結ぶ主要な情報伝達路であり、その活動の調節は腸管神経系(ENS)に直接影響を及ぼす。これにより、胃の運動、胃酸分泌、そして局所的な炎症反応が制御される 。これは脳腸相関における「腸」の部分への介入である。   

結論として、胃経への鍼治療は、単に胃を治療するのではなく、機能不全に陥ったコミュニケーションループ全体を再調整する。それは、「不安な脳」と「過敏な腸」を同時に鎮静化させ、恒常性(ホメオスタシス)を回復させる。この統合的な作用機序は、なぜ鍼治療が、軸の一端のみを標的とする薬物療法(例:胃に対するプロトンポンプ阻害薬、脳に対する抗うつ薬)よりも優れた効果を示すことがあるのかを説明するものである 。これは、胃経を基盤とした鍼治療を、DGBIに対する根治療法として位置づけるための、強力なエビデンスに基づいた論理的根拠を提供する。   

結論

本報告書は、足の陽明胃経の全45経穴について、その取穴、効能、作用機序を、古典医学の文献と現代の科学的研究の両面から網羅的に調査・分析した。

その結果、以下の点が明らかとなった。

  1. 古典理論の臨床的妥当性: 『黄帝内経』、『鍼灸甲乙経』などに記された胃経の流注、生理・病理機能、そして各経穴の主治効能は、数千年にわたる臨床経験に裏打ちされた、極めて精緻で実践的な理論体系である。「後天の本」としての胃の役割や、「胃熱」「胃寒」「食滞」といった病理パターンは、現代においても多くの消化器疾患や全身性疾患の診断と治療の指針として非常に有効である。ST36(足三里)、ST25(天枢)、ST44(内庭)といった要穴の古典的な適応は、現代の臨床においても一貫してその効果が確認されている。
  2. 科学的エビデンスによる作用機序の解明: 近年のfMRI、PET、免疫学、微生物学の研究により、胃経の経穴刺激が中枢神経系、自律神経系、内分泌系、免疫系、さらには腸内細菌叢にまで具体的な変化をもたらすことが客観的に示された。特にST36(足三里)は、迷走神経-副腎髄質軸を介した全身性の抗炎症作用や、脳の情動・疼痛・認知制御ネットワークの調節作用が証明されており、古典的な「扶正祛邪(正気を支え、邪気を除く)」という概念の神経免疫学的な裏付けとなっている 。   
  3. 古典と科学のシナジー: 古典理論は「何を」「なぜ」治療するのかという臨床的な羅針盤を提供する一方、現代科学はその作用機序、すなわち「どのように」効くのかを解明する。例えば、古典が示す「肝胃不和」というストレスと胃の不調の関連性は、現代科学が解明した脳腸相関の機能不全として理解できる。そして、ST36やLV3への鍼治療が、脳の情動回路と胃の自律神経機能の両方を同時に調節するというfMRIや動物実験の知見は、この古典的な治療原則の有効性を科学的に説明するものである 。両者は対立するものではなく、互いを補完し、より深く、より確かな臨床実践を可能にする相補的な関係にある。   

臨床家は、古典の弁証論治に基づいて病態の根本を把握し、それに基づいて経穴を選択すると同時に、現代科学が明らかにした神経生理学的な作用機序を理解することで、治療効果の予測、手技の最適化、そして患者への説明能力を飛躍的に向上させることができる。足の陽明胃経は、消化と栄養の源泉であると同時に、精神と身体を結ぶ脳腸相関の主要な調整経路であり、現代社会が抱える多くの複雑な健康問題に対応する上で、計り知れないポテンシャルを秘めている。その可能性を最大限に引き出すためには、古典の叡智に敬意を払いながら、科学的な探求を怠らないという統合的な姿勢が、今後の鍼灸医学に携わるすべての者にとって不可欠である。