指圧とマインドフルネス
つむぐ指圧治療室 黒澤一弘
指圧療法とマインドフルネスを組み合わせることによる可能性は、かなり有効であると思っています。指圧師本人の集中力や感覚を高めて施術をより良くする効果も期待できますし、患者さんに伝えることにより、心が生じさせる過緊張や自律神経失調などにもよい作用が期待できます。3つのマインドフルネス瞑想(サマタ瞑想・ヴィパッサナー瞑想・ボディスキャン瞑想)とハートフルネス瞑想(コヒーレンス法)についてまとめ、指圧との関連性、活用の仕方などについて考察を加えました。
サマタ瞑想(止瞑想)
【注意対象】呼吸
【方法】自然な呼吸を観察する
【意義】注意作用の集中と持続の訓練
【目的】平静さ・集中力を養う
ありのままの呼吸を観察するのがサマタ瞑想(止瞑想)です。注意対象は「呼吸」で、外鼻孔の周辺に意識を集中させ、鼻の穴を空気が出入りする感覚を観察します。たとえば「少し冷たく乾燥している空気が鼻の穴から入ってくる」「肺から出て行く空気は、すこし湿っていて生暖かい」など。呼吸のリズムや滑らかさなど、一息一息違う呼吸をありのままに観察します。
いざ呼吸を観察しようと試みても、注意を1ヶ所に留めておくのは意外に難しいことがすぐにわかると思います。心はすぐに何かを「想い出し」、そして「考え」はじめます。これは私たちの脳がそのような構造でできているから当然のことです。これを禅の世界では「雑念」といいますが、雑念=ダメということではありません。あくまで思考活動(雑念)に気がついたら、それをそっと手放し、また呼吸の観察に戻ってあげる。それだけです。このように、次から次へと浮かんでくる想起や思考に気づき、それを一度受け入れ、やさしく手放す。それを繰り返していると、だんだんと平静さと集中力を獲得していきます。
ヴィパッサナー瞑想(観瞑想)
【注意対象】身体感覚、内なる感情・本音
【方法】身体の各部位に生じている感覚を観察し、対象部位を移動させていく
【意義】注意作用の移動・分割・拡大など自由に使う訓練
【目的】洞察力・俯瞰する力を養う
ヴィパッサナー瞑想は観瞑想とも言われます。こちらは注意の対象を次から次へと移動させていきます。具体的には頭より始めて足先まで、そして足先から頭まで。注意し観察する対象を移動させていきながら、その部位に生じているありのままの感覚を感じ取っていきます。まずは頭のてっぺんから。注意を向けますと、そこには大抵なにかしらの感覚が生じています。温度や湿度、むずむずする感じ、痒い感じなど。感覚の種類は重要ではありません。ただありのままの感覚を観察すること。そのプロセスが「注意作用の移動」のトレーニングとなります。頭が観察し終えましたら、次は顔、首と身体を降りていきます。まずは皮膚表面。そして筋肉の様子や骨の感覚にも心の眼を向けてみます。
上肢は左と右を別々に観察してもいいですし、左右同時に観察することも可能です。これは「注意作用の分割」のトレーニングとなります。上肢の観察が終わりましたら、また体幹へと戻り、足先まで注意を移動させながら、感覚を感じ取っていきます。
このようにヴィパッサナーでは、注意の対象を次から次へと移動させていきながら、身体の各部位の感覚を観察していきます。そして同時に思考が起きればその思考を。本音が湧いてくればその本音も観察対象とします。どのような感覚であれ、思考であれ、現われてきたことを一度やさしく受け入れ、そしてそっと手放します。何度でも何度でも。身体という枠組みの中で、注意作用を移動させることになれてきましたら、注意の対象を自分の身体より広げることも可能です。たとえば自分の周囲30cmまで観察対象を広げてみます。空気の流れなどは皮膚表面のうぶ毛により感じることができます。次は自分の周囲2mほどにまで広げてみます。もしくは部屋の空間全体まで広げてみます。場全体をまるごと包むような感覚です。これは注意作用をパノラマ的に広げる訓練となります。同時に、音として入ってくる外の世界の活動音や気配など。それらもありのままに認識していきます。
始めは観察対象は自分だけでした。それを自分の周囲と広げていくことで、自分を小さく・小さくしていきます。自分の内的状態を掌握しつつ、周囲の状況などを俯瞰する能力がついてきます。
ボディスキャン瞑想
【注意対象】身体感覚、痛み・過緊張・不安など
【方法】臥位で行なう。足先より始めて頭まで、身体各部位に生じている感覚を観察し、対象部位を移動させていく。吸気時に身体が充満し、呼気時に弛緩するとともに、観察対象の部位に生じている痛みや過緊張などを積極的に手放す意識を用いる
【意義】注意作用の移動に伴い、日常ではあまり感じないような筋の緊張などを観察し、解放する。身体反応への気づきの力が増す
【目的】心身の深いリラックス、解放
元来、上座部仏教の技法であったヴィパッサナー瞑想より宗教性を除き、ストレス低減法としてアメリカのジョン・カバット・ジンが開発したのがボディスキャン瞑想です。ヴィパッサナーと同じく、身体の各部位に注意を向け、そのままの感覚を感じ取ります。途中に無意識的な緊張などを観察できましたら、息を吸い、そして息を吐くときに解放します。普段は気がつかないような細かな身体の緊張も観察し、それに気づくことで解き放つことが可能となります。
ジョンカバッドジンがマサチューセッツ大学医学部のストレス低減センターにて、ボディスキャンやヨガ、瞑想を組み合わせたマインドフルネスストレス低減法(MBSR)の提供を始めたのがきっかけとなり、マインドフルネスが世界中に広がりました。
心臓呼吸・コヒーレンス法(ハートフルネス瞑想)
【注意対象】心臓(ハート)
【方法】吸気と呼気を6秒ずつにし、ハートを感謝の気持ちで満たしていく
【意義】自律神経を整え、感謝の気持ちで裏付けされた活力を生み出す
【目的】能力をフルに発揮させる。周囲と調和し物事を成し遂げる。
コヒーレンス法は米ハートマス研究所で開発された手法です。仏教のメッター(慈悲瞑想)の要素に生理学を基礎とした呼吸法を加えたものです。
サマタやヴィパッサナーで集中していきますと、呼吸は非常にゆっくりになっていくことが多いです。このような状態、特に呼気が長くなると副交感神経が優位となってきます。これは呼吸生理学で吐く息は副交感神経を高め、吸う息は交感神経を高めるような仕組みとなっているからです。
たとえば、不安が強い場合などは吐く息を長くすることにより副交感神経が優位となりリラックスが得られやすくなりますが、スポーツやビジネスの現場などではリラックスしていながら昂揚した状態が自己効力感を高め、パフォーマンス向上に役立つと思われます。そこでおすすめの呼吸法が心臓呼吸(コヒーレンス法)です。これは吸う息と吐く息を6秒ずつに固定します。6秒で息を吸い、6秒で息を吐いていきます。この心臓呼吸(コヒーレンス法)を行なうと、自律神経の影響に伴う心拍変動が正弦波に近くなっていくことが知られています。
そして、パフォーマンス向上に高い効果が期待できるのが「感謝」の感情です。心臓呼吸(コヒーレンス法)では、注意対象を心臓として、心臓(ハート)を感謝の気持ちで満たしていきます。自分自身が今ここにいられること。自分をささえてくれている家族、友だち、そして愛する人。大切で無垢な存在であるペット。他のプレイヤーや選手達。この「感謝」の気持ちというものは、とても強力に自分自身と周囲の人々に良い影響を伝播させます。
なぜマインドフルネスが指圧に効果的なのか
1.集中力が向上する
私は浪越徳治郎先生が指圧三原則のひとつに何故「集中」をいれたのか。その真意についてとても興味があります。「術者は精神を集中させること」いたって当たり前のことを、わざわざ何故入れたのか。それが重要であるというのは間違えないと思います。いつどんなときであっても、患者様やお客様に指圧を行なう時は、気持ちがすっと切り替わる。精神を集中させる。楽しく明るく会話を交わしながらでも、指先の感覚に注意を絶やさない。サマタ瞑想の「集中力」のトレーニングに加えて、ヴィパッサナー瞑想の「洞察力・俯瞰力」のトレーニングもとても有効であると思います。
2.原始感覚が向上する
昔の著明な治療家たち、野口晴哉(野口整体)や増永静人(経絡指圧)、橋本敬三(操体法)が共通として大切にしていたキーワードとして「原始感覚」があります。識別性触圧覚で探るのではなく、触れて共感し、相手の全身がわかるような感覚のことだと言われています。理屈で考え差を感じとるのが大脳新皮質の働きであるとすれば、瞑想は大脳新皮質の過活動を抑える訓練となります。大脳辺縁系は情動や本能的欲求を司る部位ですが、瞑想で情動なども見つめて、過反応しない、一体化しない訓練を行ない大脳辺縁系を手懐けることにより、脳が本来もっていたであろう、奥底で眠る、物質文明で働きが鈍ってしまった感覚などが活性化できるのかもしれません。
3.フロー(ゾーン)の状態に入りやすくなる
フローとは穏やかなリラックスを伴う集中状態に適度な興奮が同居した状態をいいます。スポーツの世界ではゾーンと呼ばれることが多いようです。感覚が非常に鋭くなり、自分自身、そして周囲の状況などを俯瞰して把握でき、瞬時の直感的判断もより良い方向に働く場合が多いようです。非常に優れたパフォーマンスを発揮できる状態のことです。
フローの状態は、集中し没頭した状態です。余分な思考活動が入らない、「今・此処」の状態。そして「私」というのはとても小さくなっている状態です(無我)。マインドフルネスのトレーニングを積み重ねることで、フローに入るための準備を効率良く整えておくことができると考えます。
指圧賛歌の「我を忘れて押す指に ひびくは奇しき力ぞや」は、このようなフローの状態で指圧をしている状態だと推測しています。
指圧賛歌(三石勝五郎作詩)
開けば天地の華かおり
握れば神秘のかぎかくす
流れ流れて先祖の血
我が手に通う尊さよ五本の指はつながりて
一つ心に脈うてば
今日の息吹のあらたかさ
五体調和の応えあり沢山咸は易の道
その拇に感ず拇に感ず
指圧の心 母ごころ
おせば生命の泉わく日月あいおし時は往く
陰陽あい和し雲晴るる
我を忘れて押す指に
ひびくは奇しき力ぞや
終わりに
マインドフルネスは特別なものを追い求めることではなく、注意作用を自由に使うためのこころの筋トレのようなものです。積み重ねることにより、恩恵が得られてきます。木・土7:30~8:30はつむぐ指圧治療室にて朝活マインドフルネス実践会を行なっています。プラクティスの場として、ぜひご利用いただけたら幸いです。その他、質問などあればいつでもご連絡ください。本日はありがとうございました。
黒澤一弘
(2月23日 神奈川県指圧師会 にて)
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