慢性頸部痛に対する姿勢分析評価(第2報)ー 指圧療法によるdeep front lineへのアプローチ

【当症例報告はクライアント様に掲載許可を頂いた上で記事を執筆しています】

(1)はじめに

あん摩マッサージ指圧の臨床において、筋骨格系のアンバランスの改善や関節可動域制限の改善など、他覚的変化を記録することは極めて重要である。株式会社Sapeetの姿勢分析システム「シセイカルテ」を用いた症例について経過を追加報告する。

(2) 対象および方法

場所:つむぐ指圧治療室
性別
:男
年齢:48
主訴:2018年1月より左首が痛く、ひどい時は頭痛もひどかった。
最近は少し良くなったが姿勢が悪いと痛くなる。
寝ている間に痛みで目が覚めることがある。
整形外科は3ヶ所受診した。その時の診断は特に異常無し、ストレートネックなど。

現病歴, 既往歴, 合併症, 家族歴:無し

令和2年5月30日(初診)

浪越式全身指圧療法を適用

施術所見
左胸鎖乳突筋上部に硬いゲル状の硬結があり。大きさ7mmほどの円盤状
左斜角筋群の索状硬結
左大胸筋下部線維
左小胸筋
左三角筋前部線維に硬いゲル状の粒状硬結。
大胸筋・小胸筋は左右共に短縮。

令和2年6月4日 2回目

株式会社Sapeetの姿勢分析システム「シセイカルテ」を導入。首が前に出て猫背となっている姿勢の改善を主目的として、施術を行なった。初回の症例報告を行なった。

症例報告>慢性頸部痛に対する姿勢分析評価

令和2年6月11日 3回目

浪越式全身指圧療法を適用

(3) 指圧療法によるdeep front lineへのアプローチ

令和2年6月18日 4回目

施術前
姿勢

頭部がやや左に傾き、左肩もやや上がっている。左頸部深層筋の拘縮と左僧帽筋上部線維、左三角筋前部線維が短縮していることが推測される。


頭部が前に傾いている。斜角筋や胸鎖乳突筋、大胸筋・小胸筋の短縮が推測される。

可動域


右側屈の可動性が低い。左頸部の短縮に加え、左の側腹筋の短縮が疑われる。

痛みの症状が強い頸部、特に左側に対しては初回より注意してリリースを心がけている。回数を重ねる事に少しずつ楽になってきているとのことであるが、やはり痛みは続いている。胸郭の可動性を意識した呼吸を心がけ、胸部自体も少し柔軟性がついてきた感じがするとのこと。

上記の姿勢分析と前回の結果をふまえて、今回はThomas W. Myers の提唱する筋・筋膜理論におけるdeep front line(深前線)を意識した施術を行なうことにした。deep front lineは頸部筋や呼吸との関連性が深い筋・筋膜の繋がりであることが知られている。

deep front line(深前線)

【典拠】Anatomy Trains: Myofascial Meridians for Manual and Movement Therapists: Thomas W. Myer
【典拠】Thomas W. Myers(著):アナトミー・トレイン 第3版: 徒手運動療法のための筋筋膜経線, 医学書院, 2016

深前線は人体の筋筋膜線の中心軸をなし、骨盤を介して股関節と深く係わる他、胸郭を安定化させて呼吸のリズムを作り出す他、頸部を安定させ、その上にある重い頭部とのバランスを保つ働きがある。

施術方針としては、頸部筋や胸郭可動性に対するアプローチは継続して行なうとともに、deep front lineに属する骨盤周りの筋群、すなわち腸骨筋・大腰筋、内転筋群に対して徹底的なリリースを試みることにした。

施術内容

  • 左右の横臥位(側臥位)
    • 前頸部, 側頸部, 上項線, 項窩, 後頸部, 肩甲上部, 肩甲間部, 上肢帯周り, 肩甲下部, 殿部, 下肢
      ※ 横臥位にて筋裂孔並びに腸骨窩と寛骨後部に対して、左右の手指を用いて対立圧を加えて腸腰筋をリリース。
      ※ 横臥位にて、床面に接する下肢内側に対して、内転筋群起始部を深く母指圧。人字型母指圧にて内転筋群をリリース
  • 仰臥位
    • 腹部(掌圧にて腹直筋や側腹筋をリリース、母指圧にて腹部内臓をリリース)
    • 左右の下肢(横臥位で下肢の施術を行なったので、調節的な施術)
    • 右腸腰筋の短縮があったので、カウンターストレイン
    • 左右の上肢(胸郭並びに肩甲骨の可動性を良くするために、腋窩や胸筋、三角筋前部線維のリリースを重点的に行なった)
    • 仰臥位での頸部(両四肢にて頸椎に付着する棘筋、横突棘筋の調整 / 片手に後頭部を乗せ、反対側の手の母指と四肢で最長筋や斜角筋に対する把握圧)
    • アシュネル反射のための眼球掌圧
    • 胸部の可動性向上のための、肋間部押圧並びに呼吸法を伴った掌圧
    • 腹部(最後の仕上げとして、腹部掌圧を軽く行い、振動圧)
  • 終了を告げたところ、左腕の橈側〜母指にかけてしびれた感じがあるとのこと。左肩甲挙筋が上角に付着する部位に対するジャプセン(腱引き)を行なったところしびれ感が消失したとのこと。

施術後
姿勢


可動域

施術前後の比較

姿勢

6月18日 施術前

6月18日 施術後

可動域

6月18日 施術前

6月18日 施術後

(4) 考察

施術4回目となる今回では、筋筋膜の機能的ラインであるdeep front line(深前線)を特に意識し、指圧療法にて筋筋膜の短縮や詰り感などを手指で感知し、その調整を念頭に施術を行なった。その中でも特に、腸腰筋(腸骨筋・大腰筋)と内転筋群(恥骨筋・長内転筋・短内転筋・大内転筋・薄筋)に対して重点をおいてリリースを行なった。

重点筋群へのアプローチ

腸腰筋

腸腰筋に対しては、横臥位の際に腸骨窩と筋裂孔に対して、四指圧にてひっかける様に緩圧法を加え、その支え圧として反対側の手掌にて寛骨後面(殿部)に対して手掌圧で保持をした。また仰臥位にて股関節・膝関節の屈曲位にて腸腰筋が弛む姿勢を保持することでカウンターストレインを行い、同時に四指で筋裂孔部に対する緩圧法を施し、腸腰筋の弛緩を促した。

内転筋群(特に大内転筋)

また内転筋群に対しては、仰臥位で行なう大腿内側部に対する基本圧法に加えて、横臥位の際に、床面に接する側の大腿内側(左横臥位であれば右大腿内側)への指圧を行なった。仰臥位での大腿内側では薄筋や長内転筋に対してアプローチが容易であるのに対して、横臥位でのアプローチでは大内転筋に対して効果的なアプローチができる。

結果の考察

今回の施術において施術前後の姿勢分析結果を見た場合、指圧療法によるdeep front lineへのアプローチは姿勢バランスへの改善効果に優れている可能性が示唆された。

一方、可動域に関しては大きな変化がなかった。腕上げ(右・左)、側屈(右・左)、前屈の施術前後における平均の変化率をみると、6月4日では108.96%、6月11日では103.54%可動域が変化したのに対し、今回(6月18日)では99%となり平均変化率では-1%となっている。

アナトミートレインの提唱者であるThomas W. Myersは、アナトミートレインのその他のラインが筋筋膜による単線としての「牽引線」として働くのに対して、deep front lineは三次元的に空間を占めると述べている。またdeep front lineは股関節の内転運動を除いて、運動には影響を及ぼさないとも述べている。しかるに、deep front lineは可動域への影響より、筋骨格のアライメントに深く関与するものと思われる。

また、可動域の時系列変化を見ると、指圧療法を重ねるにつれて施術前の可動域が上がっていることが示されている。これは指圧療法によって改善した柔軟性への効果が持続して積み重なっていることが推測される。また呼吸法や胸郭可動性に注目したセルフケアのアドバイスによりクライアント自身が日常生活において身体のメンテナンスを行なってくれたことも時系列でのの可動域改善に寄与していると思われる。このことより、今回はすでに可動域に関しては前回・前々回に比べて始めから改善されていたことから、可動域に対する施術の変化が少なかったことも推測される。

以上の結果より、指圧療法におけるdeep front lineへのアプローチは立位姿勢でのアライメントを整えるのに効果的である可能性がある。

また、施術前後の姿勢や関節可動域の変化について記録を残しておくことは、施術直後の効果判定だけでなく、時系列の変化を確認することができクライアントと施術者共に有用である。積極的に症例報告としてアウトプットすることにより、施術者にとって知識の再構築となり、時に新たな理論的発見なども伴い、知識と技術双方において向上させる効果も期待される。

参考文献・使用姿勢分析システム

Anatomy Trains: Myofascial Meridians for Manual and Movement Therapists: Thomas W. Myer
Thomas W. Myers(著):アナトミー・トレイン 第3版: 徒手運動療法のための筋筋膜経線, 医学書院, 2016
D.O. ロレンス H.ジョーンズ:Dr.ジョーンズのストレイン-カウンターストレイン, ジャパン・オステオパシック・サプライ

姿勢分析システム「シセイカルテ」:株式会社Sapeet

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