衛生仮説について

医学が発達しても喘息は増え続けている

医療は発達していますが、喘息の罹患率は昔より増えてます

 上のグラフは、児童・生徒の喘息率の割合の推移です。医療が発達し、感染症が激減して日本の平均寿命は伸びましたが、喘息の罹患率は近年までむしろ増え続けてきています。1)

衛生仮説(hygine hypothesis)とは

 アレルギー疾患には我が国の国民の30%以上が罹患しており、増加の一途をたどっています。

NHKスペシャル 病の起源 第6集 アレルギー~2億年目の免疫異変~より

 特に昭和30年代生まれ以降で、アレルギー体質の割合は著しく増加しています。どのような環境要因の変化がこのような急速なアレルギーの増加をもたらしたのでしょうか? さまざまな要因が考えられますが、ひとつの仮説として「衛生仮説」があげられます。これは、社会的な衛生環境の改善、生活水準の向上などによりアレルギー疾患が増えたという説をいいます。

 簡単に言えば、「世の中がキレイになりすぎて、免疫系がきちんと働く場所を失ってしまった」ことによりアレルギーが増加したという考えが「環境仮説」です。

Strachanの報告 (1989)

 衛生環境がアレルギー疾患の増加に影響を及ぼすということを最初に疫学調査から検討したのがStrachanの報告「Hay fever, hygiene, and household size」という論文です。2)

 Strachanらは英国で17,412人を23年間調査し、社会的環境的因子とアレルギーに関する調査を行ないました。11〜23歳時における花粉症および1歳までの湿疹の有病率は、兄弟数と有位な負の相関をもつことが示され、さらに花粉症の有病率は年少の兄弟の数より年長の兄弟の数に大きく影響を影響を受けていることが明らかとなりました。つまり、年上の兄弟がいる家庭の子供にアレルギーが少ないことが判明しました。

 何故、年上の兄弟がいるとアレルギーがアレルギーが少なくなるか?この結果について、さまざまな調査がなされました。

先進国における感染症と免疫疾患の発症頻度の変化

先進国における感染症と免疫疾患の発症頻度の変化(Bach JF 2002)

 先進国では感染性疾患は減少しているが、免疫疾患は増加の一途をたどっています 3),4)

農家の子供はアレルギーが少ない

農家の子供と非農家の子供のアレルギー発現率

妊娠中に農家で働いていた母と、そうでない母が出産した子供のアレルギー発現率

 先進国でも発展途上国でも、農村地方に住む小児は、農家ではない小児よりも花粉症や喘息の有病率およびアトピー感作の頻度が低いことが知られています 5)。また、Roduitらは2011年、農家の子どもは非農家の子どもに比べてアレルギーの発現率が低いということのみならず、妊娠中に農家で働いていた母が出産した子供はアレルギーの発現率が低いという調査結果を発表しました 6)

衛生仮説(Hygiene hypothesis)を支持する報告

  • 喘息患者は農村地区より都市で多い 7), 8)
  • 農家の子供はアレルギーや喘息の発症頻度が低い 9), 10)
  • 大家族で育った子供はアレルギー発症率が低い 2), 11)
  • 早くから保育園などの集団生活を開始するとアレルギー発症率が低い 12)
  • 出生前から犬やペットを家に飼っているとアレルギー発症率が低い 13)

エンドトキシンがアレルギーの発症を抑えることが判明した

エンドトキシンは大腸菌などの細胞壁の構成成分です

 Braun-Fahrlanderらは、ドイツ、オーストリアおよびスイスの農家と農家でない家庭の小児を対象とした研究により、小児が就寝時に用いているマットレスから採集した塵のエンドトキシン量と対象小児のアレルギー症状との間に負の相関関係があることを明らかにしました 14)

 エンドトキシンは、大腸菌などのグラム陰性菌の外側の細胞膜を形成している成分です。エンドトキシンは多くの哺乳類の糞便中に含まれていることから、牛、馬、豚のような動物農場の空気中に多く含まれます。

エンドトキシンはToll様受容体(TLR)により認識され免疫反応や炎症を引き起こす

エンドトキシンは菌体外毒素といい、グラム陰性菌が死滅破壊されることにより菌体外に遊離してくる毒素なので、身体にはそのような毒素に対応する仕組みを備えています。エンドトキシンは種々の病原体を関知して自然免疫を作動させるToll様受容体(TLR)により認識され、免疫反応や炎症を引き起こします。TLRは、病原体に特異的で宿主にはないものを認識し、免疫反応や炎症を誘導する反応を引き起こします。

受容体 リガンド(結合基)
TLR2 グラム陽性菌のリポタンパク
TLR3 二本鎖RNA(一部のウイルスにある)
TLR4 グラム陰性菌のリポ多糖(エンドトキシン)
TLR5 細菌の鞭毛タンパク質(フラジェリン)
TLR9 細菌のDNA(非メチル化CpG DNA)

TLRの種類と認識する病原体

エンドトキシンはTh1系サイトカインを誘導することにより、細胞性免疫を賦活し、液性免疫を抑制させる

エンドトキシンは細胞性免疫を賦活し、液性免疫を抑制させます

 エンドトキシンはマクロファージなどがもつTLR4により認識されると、Th1系サイトカインであるIL-12やIFN-γを誘導します。Th1はキラーT細胞やマクロファージに働きかけ、細胞性免疫を活性化させると同時に、Th2の増殖抑制を行うことにより、液性免疫の機能を抑える働きがあります。

結論

これらの結果をふまえた上で言えることは、現代社会の綺麗すぎる環境による歪みが現われているのではないかということです。

幼少期のうちに、適度に細菌などにさらされることにより、細胞性免疫と液性免疫のバランスの安定化が図られることが示されています。

地球が誕生し、人類が生まれ、今日までの歴史を考えると、人はもっと自然環境に近い位置で生活をしていました。社会経済が発展し、医学の発達により数々の感染症を克服し、平均寿命は格段に伸びました。

特に子供の成長を考えた場合。自然と触れ合う時間が大切だと考えています。適度に汚れ、陽の光を浴び、こころから楽しむ。そんな時間を大切にすることは、人生を豊かにするだけでなく、免疫系のバランスもきっと良くなるものと思っています。

IV. 参考

1) 関連資料_子どもの健康と環境に関する全国調査(エコチル調査)_環境省
2) D. P. Strachan. Hay fever, hygiene, and household size. British Medical Journal, 299(6710): 1259–1260, 1989
3) Bach JF. The effect of infections on susceptibility to autoimmune and allergic diseases. New England Journal of Medicine. 347(12): 911-920, 2002
4) 近藤直実. Hygiene hypothesis と Th1・Th2 系のアンバランス―良好な地球規模的自然環境の重要性―, 日本小児アレルギー学会誌, 17(2): 155-162, 2003
5) 呉 艶玲, 山崎暁子, 毛 暁全, 白川太郎. アレルギーと衛生仮説, 化学と生物, 44(2): 21-26, 2006
6) Roduit, C., Wohlgensinger, J., Frei, R., Bitter, S., Bieli, C., Loeliger, S., et al. Prenatal animal contact and gene expression of innate immunity receptors at birth are associated with atopic dermatitis. Journal of Allergy and Clinical Immunology, 127(1): 179–185, 2011
7) Yemaneberhan H, Bekele Z, Venn A, Lewis S, Parry E, Britton J. Prevalence of wheeze and asthma and relation to atopy in urban and rural Ethiopia. Lancet, 350(9071): 85-90, 1997
8) Von Ehrenstein OS, Von Mutius E, Illi S, Baumann L, Bohm O, von Kries R. Reduced risk of hay fever and asthma among children of farmers. Clinical & Experimental Allergy, 30(2): 187-193, 2000
9) Braun-Fahrlander C, Gassner M, Grize L, Neu U, Sennhauser FH, Varonier HS, Vuille JC, Wuthrich B. Prevalence of hay fever and allergic sensitization in farmer’s children and their peers living in the same rural community. SCARPOL team. Swiss Study on Childhood Allergy and Respiratory Symptoms with Respect to Air Pollution. Clinical & Experimental Allergy, 29(1): 28-34, 1999
10) Ernst P, Cormier Y. Relative scarcity of asthma and atopy among rural adolescents raised on a farm. American Journal of Respiratory and Critical Care Medicine, 161(5): 1563-1566, 2000
11) Yazdanbakhsh M, Kremsner PG, van Ree R. Allergy, parasites, and the hygiene hypothesis. Science, 296(5567): 490-494, 2002
12) Kramer U, Heinrich J, Wjst M, Wichmann HE. Age of entry to day nursery and allergy in later childhood. Lancet, 353(9151): 450-454, 1999
13) Reijonen TM, Kotaniemi-Syrjanen A, Korhonen K, Korppi M. Predictors of asthma three years after hospital admission for wheezing in infancy. Pediatrics, 106(6): 1406-1412, 2000
14) Braun-Fahrländer C, Riedler J, Herz U. Environmental exposure to endotoxin and its relation to asthma in school-age children. The New England Journal of Medicine, 347 (12): 869-877, 2002

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